12 / 56
第6話「時間」①
しおりを挟む
今日は検査の日だったのに、それをすっぽかしてしまったので祖父にこっぴどく叱られた。
田舎の小さな診療所では、設備も充分ではないため大した検査もできない。なので、本格的な検査は街の大きな病院で受けることにしていた。それなのに、前日の無理がたたって私は夕方まで寝込んでしまった。そんな状態では連れ出すこともできず、受け入れ体制だった病院をキャンセルすることになった。祖父は大層ご立腹だった。
ひぐらしの鳴き声とともに、個室に夕陽が入り込む。ベッドに起き上がり、祖父の説教を聞きながら、シーツが夕焼け色に染まるのを眺めていた。
「まったく。お前には困ったもんだ」見舞客用の丸椅子にどかっと座り、腿に肘を置き頬杖をついて、祖父はそう言った。
「確かに、『考える時間をつくれ』と言ったのはわしだが、周りの人間に迷惑をかけてもいいと言った覚えはないぞ」
「わかってるよ…」
完全に私に非があるので、ぐうの音も出なかった。
「ちいちゃんは?」思わず味方を探す。
「おらん。店に行っとるんだろう」
祖父がぶっきらぼうに答えた。祖父のことは大好きだったが、私の病気のこととなると話は別だった。心配してくれているからとわかってはいても、その押しの強さにいつも萎縮してしまっていた。
祖父は若かりし頃、都会の大きな大学病院で、当時としては異例の三十代という若さで准教授を務めたほどの人物で、教授職のポストを巡ってライバルと日夜、熾烈な権力闘争を繰り広げていたという。
そんな祖父は、患者だった祖母に一目惚れして、周囲の反対を押し切り、それまでの地位も名誉も捨てて、半ば婿入りする形でこの町へやってきたらしい。普段の飄々とした風体と、お酒が入ると必ず聞かされる話だったこともあって、話半分に受け止めていた。
なんでも、重い心臓病を患う無垢で可憐な美少女との出会いで、若く血気盛んで権力志向の強い医者だった自分が、心を改め真の医者魂に目覚める。そんな一大ロマンスだそうだ。
「いい加減、わしの言うことも聞いたらどうだ。時間は充分に与えたはずだ」
黙って外を見る私に、祖父はなおも続けた。
「手術を受けん限り、その胸の苦しさはどうにもならん。徐々に体力は減り、しまいには…」
その先は言わなかった。きっと今年の春に、一人暮らしを始めたアパートで倒れたときのことを言っているのだろう。せっかく無理を言って許してもらった一人暮らしも、一月もしないうちに終わりを迎えた。
たまたまその日に約束があった母が訪ねてくれていなければ、どうなっていただろう。
「そうだよね…」
田舎の小さな診療所では、設備も充分ではないため大した検査もできない。なので、本格的な検査は街の大きな病院で受けることにしていた。それなのに、前日の無理がたたって私は夕方まで寝込んでしまった。そんな状態では連れ出すこともできず、受け入れ体制だった病院をキャンセルすることになった。祖父は大層ご立腹だった。
ひぐらしの鳴き声とともに、個室に夕陽が入り込む。ベッドに起き上がり、祖父の説教を聞きながら、シーツが夕焼け色に染まるのを眺めていた。
「まったく。お前には困ったもんだ」見舞客用の丸椅子にどかっと座り、腿に肘を置き頬杖をついて、祖父はそう言った。
「確かに、『考える時間をつくれ』と言ったのはわしだが、周りの人間に迷惑をかけてもいいと言った覚えはないぞ」
「わかってるよ…」
完全に私に非があるので、ぐうの音も出なかった。
「ちいちゃんは?」思わず味方を探す。
「おらん。店に行っとるんだろう」
祖父がぶっきらぼうに答えた。祖父のことは大好きだったが、私の病気のこととなると話は別だった。心配してくれているからとわかってはいても、その押しの強さにいつも萎縮してしまっていた。
祖父は若かりし頃、都会の大きな大学病院で、当時としては異例の三十代という若さで准教授を務めたほどの人物で、教授職のポストを巡ってライバルと日夜、熾烈な権力闘争を繰り広げていたという。
そんな祖父は、患者だった祖母に一目惚れして、周囲の反対を押し切り、それまでの地位も名誉も捨てて、半ば婿入りする形でこの町へやってきたらしい。普段の飄々とした風体と、お酒が入ると必ず聞かされる話だったこともあって、話半分に受け止めていた。
なんでも、重い心臓病を患う無垢で可憐な美少女との出会いで、若く血気盛んで権力志向の強い医者だった自分が、心を改め真の医者魂に目覚める。そんな一大ロマンスだそうだ。
「いい加減、わしの言うことも聞いたらどうだ。時間は充分に与えたはずだ」
黙って外を見る私に、祖父はなおも続けた。
「手術を受けん限り、その胸の苦しさはどうにもならん。徐々に体力は減り、しまいには…」
その先は言わなかった。きっと今年の春に、一人暮らしを始めたアパートで倒れたときのことを言っているのだろう。せっかく無理を言って許してもらった一人暮らしも、一月もしないうちに終わりを迎えた。
たまたまその日に約束があった母が訪ねてくれていなければ、どうなっていただろう。
「そうだよね…」
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
17歳男子高生と32歳主婦の境界線
MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。
「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる