いつかまた、バス停で。

第６話「時間」②

    手術の必要性も、自分の体のことも、よくわかっているつもりだった。でも、幼い頃から過度な運動は避けたり、気をつけることでうまく付き合えていると思ってもいた。『お前はおばあちゃんと体質がよく似ているから、くれぐれも気をつけろ』と、祖父に口すっぱく言われていたのも、はいはいと笑って聞き流してさえいた。
    やはり、祖母と同様に手術を受けるべきなのだろう。祖父が自ら執刀し命を救った結果、祖母は還暦を過ぎた今でも、毎日を元気に過ごしている。

    私も本心を言えば、祖父に手術を担当して欲しかったが、来年喜寿を迎える祖父にしてみれば、もうそんな大手術を行うには体がついてこないらしい。なので、孫娘を救いたい気持ちはあっても、リスクがある以上、誰かに頼むしかないとのことだった。
    祖父の伝手で、どこかの大きな病院の高名な外科医を紹介されてはいたが、祖母のようにうまくいくケースの方が少ないと事前の説明で聞かされて、二の足を踏んでいた。

「お父さんが生きてたらよかったのにな」

    祖父の息子である父も、祖父と同じ道を辿り医者になった。祖父のときと同じく、患者だった母と結婚した時には、“血は争えない”と周囲から冷やかされたそうだ。
    しかし、小学校に上がった年の夏休みに父は事故で死んでしまった。泳げもしないのに、海に落ちた子どもを助けようとして…。優しかった父の笑顔を思い出すたび、胸が張り裂けそうになる。
    びしょ濡れで横たわる父にすがりつき、泣き叫ぶ母、そばにたって泣くことしかできない私。少し離れたところで、それを見つめる男の子。

「そうだな....」

    祖父は力なくそう言った。祖父としても、息子が生きていたならと、そんな気持ちがあったのだろう。余計なことを言ったと後悔した。もうあまり、悩んでいられるだけの時間は無いのかもしれない。海に沈む夕日を眺めながら、そう思った。