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第7話「見上げた夜空」②
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俺が五歳のときだった。
その日は母の一周忌を迎えたばかりで、なんとなく沈んだ気持ちを抱えたまま、『秘密基地』と呼んでいた波止場の先にあるテトラポットの隙間で一人、持ち込んだお菓子とジュースで暇を潰していた。 志保に初めて出会ったのもこの頃で、一緒に遊びまわるうちに少しずつ打ち解け、明るさを取り戻してはいたものの、一人になるとまた、母を思い出しながら泣いていた。
ちょうど台風が接近中で、空はどんより曇り、波がいつもより高かったのを覚えている。しかし、そんなことはお構いなしに海に近づいてしまった。
取り返しのつかないことが起きるとも知らずに。
夕飯までには帰ろうと思っていたのに、テトラポットに体を預けてうたた寝をしてしまった。目が覚めたとき、あたりはすっかり夜になっていた。
場所が場所だけに、自分の体も見えないくらいに真っ暗で、ざばざばという波の音だけがあちこちから聞こえる。泣きたいのをぐっと堪えて、手探りで隙間から抜け出そうとしたとき、声が聞こえた。
「いつきーーー!いつきーーー!」
父の声だ。しかし、声はもう一人分聞こえた。
「いつきくーーーん!聞こえるか!いつきくーーーん!」
聞きなれない男の人の声、父の知り合いだろうか。どちらにしても、早くここから出してもらわなければ。返事をしようと声のする方へ身をよじった。そのときだった。
《ズルッ》
(あっ…!)
そう思ったと同時に、一瞬体が浮いた感覚がして、右頬と右胸に衝撃を感じた。それはじわじわと激痛に変わる。右手は海に浸かっていて、押し寄せる波で体の右半分が濡れた。どうやら、足を滑らせて落ちてしまったらしい。
痛みと恐怖で声が出せないでいると、父ともう一人の声が、さっきまでの叫び声から話し声になった。声のする方向から、自分が落ちた真上あたりに二人はいるようだった。
「若先生、二人まとまって探したって埒があかねえや。手分けしようぜ」父の声には焦りがみえた。
「俺は今度は向こうを見てくるから、若先生はもうちょいここ頼むわ」そう言うが早いか、誰かが走り去る足音が聞こえた。きっと父だろう。
(お父さん……!)
胸が痛くて、うまく声が出せない。そうこうしているうちに波はどんどん激しさを増し、雨も降り出した。痛みに堪え、どうにか居場所を知らせようと、足場を確かめながらよろよろと立ち上がる。次の瞬間。
「わっ」
強い力で大きく押されたと思ったら、一瞬のうちに波にさらわれて、海へと連れ去られた。ぐるぐると体が舞う。視界はほとんど真っ暗で、方向感覚が狂う。パニックに陥りながらも、目に入った街灯らしき明かりに向かって無我夢中で泳ぐ。
海面はわりと近くにあったようで、数秒のうちには顔を出すことができた。水泳は得意な方だったが、荒れ狂う波でうまく姿勢が保てないばかりか、口を開くと海水が飛び込んでくる。
(誰か!助けて!)
その日は母の一周忌を迎えたばかりで、なんとなく沈んだ気持ちを抱えたまま、『秘密基地』と呼んでいた波止場の先にあるテトラポットの隙間で一人、持ち込んだお菓子とジュースで暇を潰していた。 志保に初めて出会ったのもこの頃で、一緒に遊びまわるうちに少しずつ打ち解け、明るさを取り戻してはいたものの、一人になるとまた、母を思い出しながら泣いていた。
ちょうど台風が接近中で、空はどんより曇り、波がいつもより高かったのを覚えている。しかし、そんなことはお構いなしに海に近づいてしまった。
取り返しのつかないことが起きるとも知らずに。
夕飯までには帰ろうと思っていたのに、テトラポットに体を預けてうたた寝をしてしまった。目が覚めたとき、あたりはすっかり夜になっていた。
場所が場所だけに、自分の体も見えないくらいに真っ暗で、ざばざばという波の音だけがあちこちから聞こえる。泣きたいのをぐっと堪えて、手探りで隙間から抜け出そうとしたとき、声が聞こえた。
「いつきーーー!いつきーーー!」
父の声だ。しかし、声はもう一人分聞こえた。
「いつきくーーーん!聞こえるか!いつきくーーーん!」
聞きなれない男の人の声、父の知り合いだろうか。どちらにしても、早くここから出してもらわなければ。返事をしようと声のする方へ身をよじった。そのときだった。
《ズルッ》
(あっ…!)
そう思ったと同時に、一瞬体が浮いた感覚がして、右頬と右胸に衝撃を感じた。それはじわじわと激痛に変わる。右手は海に浸かっていて、押し寄せる波で体の右半分が濡れた。どうやら、足を滑らせて落ちてしまったらしい。
痛みと恐怖で声が出せないでいると、父ともう一人の声が、さっきまでの叫び声から話し声になった。声のする方向から、自分が落ちた真上あたりに二人はいるようだった。
「若先生、二人まとまって探したって埒があかねえや。手分けしようぜ」父の声には焦りがみえた。
「俺は今度は向こうを見てくるから、若先生はもうちょいここ頼むわ」そう言うが早いか、誰かが走り去る足音が聞こえた。きっと父だろう。
(お父さん……!)
胸が痛くて、うまく声が出せない。そうこうしているうちに波はどんどん激しさを増し、雨も降り出した。痛みに堪え、どうにか居場所を知らせようと、足場を確かめながらよろよろと立ち上がる。次の瞬間。
「わっ」
強い力で大きく押されたと思ったら、一瞬のうちに波にさらわれて、海へと連れ去られた。ぐるぐると体が舞う。視界はほとんど真っ暗で、方向感覚が狂う。パニックに陥りながらも、目に入った街灯らしき明かりに向かって無我夢中で泳ぐ。
海面はわりと近くにあったようで、数秒のうちには顔を出すことができた。水泳は得意な方だったが、荒れ狂う波でうまく姿勢が保てないばかりか、口を開くと海水が飛び込んでくる。
(誰か!助けて!)
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