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第7話「見上げた夜空」⑤
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いつものバス停に着いた。つま先を見つめ、鬱々とした気分でバスを降りる。そういえばと、数日前に千鶴に頭を撫でられたことを思い出す。
『ぱーっと遊んじゃえばいいんだよ』
小さな体で、両手をめいっぱいに広げる千鶴の姿が、ふと脳裏に浮かんだ。少しだけ気分が上向いた気がした。
(さすがに今日はいないよな…)そう思って、顔を上げた。そして思わず「うおっ」と声を上げた。
そこには、停留所の蛍光灯の明かりの下で、ベンチにもたれ掛かってすやすや眠る千鶴がいた。
そっと近づいてみると、穏やかな寝息が聞こえる。頬を数回つついてみるが、起きる気配がない。とりあえず、並んでベンチに腰掛ける。
「いつからここに…」
夜になって涼しくなったとはいえ、よくこんなところで眠れるものだと感心した。第一、田舎とは言え女の子が外でうたた寝だなんて、物騒にもほどがある。
「おい、千鶴。おいってば」肩を揺する。まだ起きない。
どうしたものかと考えていると、千鶴の体がずりずりと滑ってこちらにもたれ掛かってきた。これでもまだ起きる様子がない。
十歩もすれば家に着く千鶴と違って、家で待つ父のことを思えばすぐに帰るべきなのだが、どのみちどやされるならばと、しばらくこのままにしておこうと思った。千鶴は今や俺の肩に頭を預けて、なおも眠り続けている。
風呂上がりに涼んででもいたのだろうか。千鶴から石鹸の香りがした。いやいやと頭を振り、雑念を振り払う。そしてまた、千鶴をみる。
なんとなく、頭を撫でてみる。『これはあれだ、あのときの仕返しなのだ』と、自分に言い聞かせる。そして、頬でもつねってみるかと、手を触れたそのときだった。
「いつき?」
心臓が危うく口から飛び出しそうになる。千鶴は目を覚ましていた。
「起きてたのかよ!」激しく動揺する。
「まあね」
「い、いつから…?」
聞きたくはないが、聞かないわけにもいかない。千鶴は相変わらず俺の肩に頭を置いたまま、どこか愉快げに答えた。
「ほっぺをつつかれた後。いつきが私の寝込みを襲おうとして、『いや、こんなことはしちゃダメだ!』って思いとどまったところ?」
「割と序盤じゃねぇか…。起きろよ」
「いやーほら…なんか可愛かったから?」
「ほ、ほほー…」
(こいつ、中学生のくせにませやがって)
「おかえり」
「え?」
「だから…おかえり」
「あ、ああ」
会えばいつも天真爛漫な千鶴が、今日はやけに静かだった。
「予備校?」
「ああ」
「どうだった?」
「あんまり」
「そっか」
口数が少ないことが気にかかったが、そのままにしておいた。話したくなったら話すだろう。なんとなく、そんな気がした。出会ってそれほど経っていないが、なんとも言い難い信頼関係のようなものが芽生えているように感じていた。
『ぱーっと遊んじゃえばいいんだよ』
小さな体で、両手をめいっぱいに広げる千鶴の姿が、ふと脳裏に浮かんだ。少しだけ気分が上向いた気がした。
(さすがに今日はいないよな…)そう思って、顔を上げた。そして思わず「うおっ」と声を上げた。
そこには、停留所の蛍光灯の明かりの下で、ベンチにもたれ掛かってすやすや眠る千鶴がいた。
そっと近づいてみると、穏やかな寝息が聞こえる。頬を数回つついてみるが、起きる気配がない。とりあえず、並んでベンチに腰掛ける。
「いつからここに…」
夜になって涼しくなったとはいえ、よくこんなところで眠れるものだと感心した。第一、田舎とは言え女の子が外でうたた寝だなんて、物騒にもほどがある。
「おい、千鶴。おいってば」肩を揺する。まだ起きない。
どうしたものかと考えていると、千鶴の体がずりずりと滑ってこちらにもたれ掛かってきた。これでもまだ起きる様子がない。
十歩もすれば家に着く千鶴と違って、家で待つ父のことを思えばすぐに帰るべきなのだが、どのみちどやされるならばと、しばらくこのままにしておこうと思った。千鶴は今や俺の肩に頭を預けて、なおも眠り続けている。
風呂上がりに涼んででもいたのだろうか。千鶴から石鹸の香りがした。いやいやと頭を振り、雑念を振り払う。そしてまた、千鶴をみる。
なんとなく、頭を撫でてみる。『これはあれだ、あのときの仕返しなのだ』と、自分に言い聞かせる。そして、頬でもつねってみるかと、手を触れたそのときだった。
「いつき?」
心臓が危うく口から飛び出しそうになる。千鶴は目を覚ましていた。
「起きてたのかよ!」激しく動揺する。
「まあね」
「い、いつから…?」
聞きたくはないが、聞かないわけにもいかない。千鶴は相変わらず俺の肩に頭を置いたまま、どこか愉快げに答えた。
「ほっぺをつつかれた後。いつきが私の寝込みを襲おうとして、『いや、こんなことはしちゃダメだ!』って思いとどまったところ?」
「割と序盤じゃねぇか…。起きろよ」
「いやーほら…なんか可愛かったから?」
「ほ、ほほー…」
(こいつ、中学生のくせにませやがって)
「おかえり」
「え?」
「だから…おかえり」
「あ、ああ」
会えばいつも天真爛漫な千鶴が、今日はやけに静かだった。
「予備校?」
「ああ」
「どうだった?」
「あんまり」
「そっか」
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