いつかまた、バス停で。

第８話「母と娘」①

    病室に張り詰めた空気の中で、時計の針の《コチコチ》という音だけがやけに大きく聞こえた。気まずい沈黙の時間が、かれこれ三十分は続いている。
    椅子に座って足を組み、腕を組み、眉間にしわを寄せて目を瞑って、静かに怒りを鎮めているのは母だった。仕事を切り上げて直接こちらに来たのだろう。上下黒のスーツが、いつも以上に威圧的な雰囲気を醸し出すことに一役買っていた。

    母は弁護士をしていた。といっても、どこか大手の事務所に属しているわけではなく、地方法務局近くの小さなビルの小さな一室で、日々舞い込む依頼を一人でこなしていた。いわゆる一匹狼というやつだ。
    一時間程前にやってきた母は最近の私の様子を祖父から聞くやいなや、鬼のような形相で説教を始めた。

「あんたって子は！今の自分の状況がわかってるの！？おじいちゃんや、おばあちゃんにも心配ばっかりかけて！いい加減にしないと無理にでも転院させるからね！」

    病院中に響き渡るのではと思う程大きな声でまくし立てる。そもそも祖父の元へ身を寄せることにしても、合理主義者で無駄を嫌う母からすれば、『心の準備の為の療養』など馬鹿げてみえるらしく、家族の中で唯一の反対派だった。
    そんな母は、ほらみたことかとばかりに祖父にまで矛先を向ける。

「お義父さん！だから、私は反対だって言ったんです。『この子は昔から自分から進んで何かをするような子じゃ無い。私達大人が正しい選択をさせるべきだ』って！」
「多佳子さん、落ち着きなさい。それについては四人でしっかり話合ったはずだ。最終的には多佳子さんも納得したろう？」

    祖父は静かに母を諭した。

「そうですけど…」母は祖父から顔を背けて納得のいかない様子だ。

「まあ、そう言いたい気持ちも分からんではない。その点については、わしは多佳子さんと同じ立ち位置でおる」祖父が厳しい眼差しで私を見やる。

「しかしまあ、久々の親子水入らずの時間だろう。深呼吸でもして気を鎮めて、ゆっくり話をしてみるのもいい。今は志保の状態も落ち着いておることだし。その間、わしは野暮用を済ませてくるとしよう。生憎、今日は休診なんでな」

    そう言って祖父は病室を後にしたのだった。そして、母と二人きりになった。というわけだ。何か話さなければと考えれば考えるほど、どこからどう話をすればいいか分からなかった。ここのところ、口を開けば喧嘩ばかりしていた。