いつかまた、バス停で。

おぷてぃ

文字の大きさ
21 / 56

第8話「母と娘」②

しおりを挟む
    父が亡くなってからというもの、その事実を忘れようとするかのように、母は仕事に打ち込むようになった。段々と帰りは遅くなり、独立して個人事務所を構えてからは二人で同じ食卓を囲むこともなくなった。私は私で母の邪魔をしたくなかったので、甘えてわがままを言わないようにしていた。
    いや、それは嘘かもしれない。実際は仕事で頭を一杯にして毎日を過ごす母に、鬼気迫るものを感じて内心怖かった。それに、私自身も父の死を受け入れる時間が欲しかったので、一人で過ごせるのは正直有り難かった。

    数週間振りの親子の再会にしては、妙な緊張感が二人の間に漂っていた。そんな中、先に口を開いたのは母だった。

「で、結局あんたはどうしたいの?このままずっと、目の前の嫌なことから目を背けていれば、いつの間にか物事が勝手に片付くとでも思っているの?」
「別に、そんなこと思ってない…」
「だったら手術を受けなさい。これ以上悪化して体力が落ちれば、それこそ手術どころじゃなくなるの、わかってるでしょ?」

    母の目が真っ直ぐ私を射抜く。私は思わず俯いた。手術の必要性については充分にわかっていたし、身をもって体験もしていた。

    倒れた日のことを思い出す。突然の胸の痛み。呼吸がどんどん浅くなって、目の前が真っ暗になる。手も足も思うように動かせない。恐怖が体を支配する。もう二度と、あんな思いをするのはごめんだった。


    しかし…

「もうちょっと…もうちょっとだけ、時間が欲しい…」理由は言えなかったが、きちんと母の目を見てそう言った。

    聞き分けのない娘に呆れてか、それとも情けなさからか、母の目元が一瞬歪んで、視線は床に向けられた。

「そう…分かったわ。好きにしなさい…」そう言うと、ひったくるようにバックを掴み取って、母は足早に病室を出て行った。

    私はひどい娘かもしれない。そう思うと悲しくてやりきれなかった。目から落ちる雫が、シーツを水玉に染めていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。 「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

盗み聞き

凛子
恋愛
あ、そういうこと。

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

処理中です...