いつかまた、バス停で。

おぷてぃ

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第11話「祭りの夜」①

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    いつもそうするように、約束の時間より少し早く待ち合わせの場所に向かった。海岸通りを自転車で駆け抜ける。西の空では真っ赤な太陽が、見慣れた町並みと入道雲を茜色に染めていた。頬を撫でる風が心地よい。
    数日前に発生した台風で、一時は開催が危ぶまれた夏祭りだったが、うまく進路がそれ、初日に少し雨に降られた程度ですんだ。台風が停滞していた高気圧を吹き払ったのか、今日は朝夕と快適な気温で、そんな些細な移り変わりに、夏の終わりを感じていた。
    バスの停留所が見えてきた。近づきながら千鶴の姿を探すが、中にその姿は見えない。

「ちょっと早かったかな…」自転車を降り、手で押しながら停留所の裏へ回ろうとした。


    そこに、千鶴はいた。

    浴衣姿の千鶴は、金魚柄のポーチを手に停留所の壁に背中を預けている。白地に淡い紺と紫の紫陽花柄。少しうつむき加減の横顔を、夕焼けが柔らかく照らす。いつもは自然に下ろしている髪も、後ろできれいに結ってかんざしで留めていた。
    蝶々の飾りが揺れてキラキラと眩しい。一瞬、二人の周りだけ時間が止まったように感じた。思わず目を奪われていると、俺に気付いた千鶴がこちらに顔を向けた。


    何故か千鶴は泣いていた。

「千鶴?」そっと話しかける。
「おっそーい!」千鶴は明るくそう言うと、俺に気付かれないようにさりげなく涙を拭いて笑ってみせた。

「大丈夫か?何かあったのか?」そう聞くと、千鶴は手をひらひらと小さく振って言った。
「大丈夫、大丈夫。ちょっとね…。ケンカしただけ…」

    無理に笑うその姿は、とても大丈夫そうには見えなかった。詮索することに気が引けながらも、俺は千鶴に聞いた。

「ケンカって、志保か?」
「………」

    千鶴は俯いて黙り込んだ。あまりこの話に触れて欲しくないようだった。千鶴は少しの間そうしてから、顔を上げて言った。

「もう、いいじゃん!その話は。気にしないで。ほら、行こう?」
「あ、ああ」

    自転車を停留所の裏へ停める。振り返る頃には、千鶴はいつもの屈託のない笑顔に戻っていた。

「それよりもほら!何か言うことがあるでしょ?」

    そう言うと、どうだとばかりに手を横に伸ばして、浴衣の柄を見せてくれた。そして、その場でくるっと一周回ってみせる。夕陽を背にはにかむ千鶴は、いつものお調子者の姿からは程遠かった。思わず、言葉をなくす。

「あ、ああ…」
「ああ?」
「いや、綺麗…だと思います」
「思います?」
「いや、その………綺麗…です」
「よろしい」

    そう言って、俺の腕を取ると、隣に並んで歩き始めた。

「お、おい!」
「いいから。早く」

    坂道に近づくにつれて、賑やかな祭囃子が聞こえてきた。神社へ向かう坂道は普段の人通りのなさが嘘のように、祭りに向かう人の姿で溢れていた。二人でゆっくり歩きながら、今日の祭りについて話した。
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