29 / 56
第11話「祭りの夜」③
しおりを挟む
「千鶴!」
首の下に手を回し、すくい上げるようにして抱き寄せる。千鶴はまだ苦しそうにしながらも、薄く目を開けてこちらに向けた。そんな…じゃあやっぱり…。
「ごめ……樹……」無理に笑おうとする千鶴。どうする…携帯電話なんて持っていない。
この神社に公衆電話が無いことは知っていた。誰かに頼んで救急車を呼ぶか…いや、そんなことをしている余裕はなさそうだった。千鶴の顔と石段を見比べる。
「待ってろ!」意を決して千鶴を背負った。麓へ下りれば、遠野診療所がある。あそこなら、どうにかできるかもしれない。
見た目以上に軽いその体を背負ったまま、石段を慎重に下る。片足ずつ下りたので、かなり時間を使ってしまった。千鶴の呼吸は一向に落ち着く様子はない。
そこからは、急な坂道がしばらく続いた。転んでしまわないように、一歩一歩に全神経を集中する。急な坂は終わり、緩やかな場所へ差し掛かった。もう、診療所の看板も見えていた。思わず駆け出す。
「もうちょっと、もうちょっとで着くからな!」背中の千鶴を励ますように、声を掛け続けた。
そしてようやく診療所の前に着いた。生垣から中へ入り、玄関へと進む。そこには志保のおじいさんともう一人、年配の女性が立っていた。停留所横にある、駄菓子屋のおばあさんだった。直前まで何かを話していたようだったが、こちらに気付いて俺の背負った千鶴を見るや否や、血相を変えて駆けて寄って来た。そして、おじいさんが俺から千鶴を半ば奪い取るようにして抱きかかえると、大声でその名前を呼んだ。
「志保!志保っ!」
その声を聞きつけて診療所から看護師が飛び出してきた。一度こちらを見やって状況を確認すると、今度は担架を引いて戻ってきた。
「先生!こちらへ!」担架へ乗せられた千鶴……志保は、看護師と共に診療所の中へ消えていった。
「あ、あの…。遠野さん…!」どうしていいかわからず、志保のおじいさんへ駆け寄る。
おじいさんが振り向くと同時に、左頬に衝撃が走り、右肩から地面に倒れこんだ。
俺も小さな頃には何度かお世話になったこともあり、気さくで明るいその人となりをある程度知っていたが、仁王のような顔で俺を睨み付けるその人は、とても同じ人物とは思えなかった。
「あなた!」
その様子を見ていた駄菓子屋のおばあさんが、俺に覆いかぶさるようにして間に入った。志保のおじいさんはその表情を変えることのないまま、おばあさんへと視線を移す。最後に俺を一瞥すると足早に診療所の中へ入っていった。志保と呼ばれた少女と左頬の痛み。
『やっぱり』
『なぜ』
頭の中を二つの言葉が駆け巡る。そんな俺に、おばあさんが話しかけてくれた。
「樹くん…よね?志保ちゃんから話は聞いてるわ」優しいその語り口調に、少しずつ落ち着きを取り戻す。俺は力なく頷いた。
「少し話せるかしら。志保ちゃんはうちの旦那に任せるとして、一旦、お暇しましょう?」
内心、心配でたまらないはずの志保のおばあさんは、俺の手を取り立ち上がるのを手伝ったあと、ついて来なさいと坂を下り始めた。俺は診療所を振り返って見た。中で何かしらの処置が続いているのだろう。まだどの病室にも明かりはない。
俺は志保が気がかりでならなかったが、ひとまずおばあさんに従うことにして、あとからとぼとぼと坂を下りて行った。
首の下に手を回し、すくい上げるようにして抱き寄せる。千鶴はまだ苦しそうにしながらも、薄く目を開けてこちらに向けた。そんな…じゃあやっぱり…。
「ごめ……樹……」無理に笑おうとする千鶴。どうする…携帯電話なんて持っていない。
この神社に公衆電話が無いことは知っていた。誰かに頼んで救急車を呼ぶか…いや、そんなことをしている余裕はなさそうだった。千鶴の顔と石段を見比べる。
「待ってろ!」意を決して千鶴を背負った。麓へ下りれば、遠野診療所がある。あそこなら、どうにかできるかもしれない。
見た目以上に軽いその体を背負ったまま、石段を慎重に下る。片足ずつ下りたので、かなり時間を使ってしまった。千鶴の呼吸は一向に落ち着く様子はない。
そこからは、急な坂道がしばらく続いた。転んでしまわないように、一歩一歩に全神経を集中する。急な坂は終わり、緩やかな場所へ差し掛かった。もう、診療所の看板も見えていた。思わず駆け出す。
「もうちょっと、もうちょっとで着くからな!」背中の千鶴を励ますように、声を掛け続けた。
そしてようやく診療所の前に着いた。生垣から中へ入り、玄関へと進む。そこには志保のおじいさんともう一人、年配の女性が立っていた。停留所横にある、駄菓子屋のおばあさんだった。直前まで何かを話していたようだったが、こちらに気付いて俺の背負った千鶴を見るや否や、血相を変えて駆けて寄って来た。そして、おじいさんが俺から千鶴を半ば奪い取るようにして抱きかかえると、大声でその名前を呼んだ。
「志保!志保っ!」
その声を聞きつけて診療所から看護師が飛び出してきた。一度こちらを見やって状況を確認すると、今度は担架を引いて戻ってきた。
「先生!こちらへ!」担架へ乗せられた千鶴……志保は、看護師と共に診療所の中へ消えていった。
「あ、あの…。遠野さん…!」どうしていいかわからず、志保のおじいさんへ駆け寄る。
おじいさんが振り向くと同時に、左頬に衝撃が走り、右肩から地面に倒れこんだ。
俺も小さな頃には何度かお世話になったこともあり、気さくで明るいその人となりをある程度知っていたが、仁王のような顔で俺を睨み付けるその人は、とても同じ人物とは思えなかった。
「あなた!」
その様子を見ていた駄菓子屋のおばあさんが、俺に覆いかぶさるようにして間に入った。志保のおじいさんはその表情を変えることのないまま、おばあさんへと視線を移す。最後に俺を一瞥すると足早に診療所の中へ入っていった。志保と呼ばれた少女と左頬の痛み。
『やっぱり』
『なぜ』
頭の中を二つの言葉が駆け巡る。そんな俺に、おばあさんが話しかけてくれた。
「樹くん…よね?志保ちゃんから話は聞いてるわ」優しいその語り口調に、少しずつ落ち着きを取り戻す。俺は力なく頷いた。
「少し話せるかしら。志保ちゃんはうちの旦那に任せるとして、一旦、お暇しましょう?」
内心、心配でたまらないはずの志保のおばあさんは、俺の手を取り立ち上がるのを手伝ったあと、ついて来なさいと坂を下り始めた。俺は診療所を振り返って見た。中で何かしらの処置が続いているのだろう。まだどの病室にも明かりはない。
俺は志保が気がかりでならなかったが、ひとまずおばあさんに従うことにして、あとからとぼとぼと坂を下りて行った。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
17歳男子高生と32歳主婦の境界線
MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。
「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる