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第16話「帽子」②
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初めて海へ連れて行ったときだった。
志保はまだ三つか四つくらいで、さすがに船に乗せるわけにはいかず、波止場で釣りを楽しんだ。釣りなどはたまの休みに暇つぶしがてらやる程度で、お世辞にも達者とはいえなかったが、何故かその日は面白いほどよく釣れた。
孫娘へいい格好をしたいと密かに思っていただけに、内心とても気分が良かった。そんな様子を目を丸くしながら見ていたあの子が、嬉しそうに言ったのだ。
「じいちゃ!すごい!たいよーだね!たいよー!」
まだうまく話せないながらも、感動を一生懸命に伝えようとしているその姿が、とても愛おしかった。
「そうだろう。大漁大漁」にかっと笑ってそう返すと、志保も同じように笑った。
夕飯には食卓へ並んだその魚たちを見て、志保はますます上機嫌だった。まるで自分が釣ってきたかのように、身振り手振りで今日の釣りの様子を再現して見せる。
終いには、息子の貴志に魚の役をやらせ、私が魚と格闘する様子を演じてみせた。多佳子さんは、泣きながらお腹を抱えて笑っていた。
家中に笑い声があふれた。
「じいちゃすごいんだよ!おさかないっぱいとってね、ぼうしがね、とってもかっこいいの」
そう言って、私に帽子を被せテーブルの周りをぐるぐる走り回っていた。そんなこともあってか、愛着が湧いたこの帽子を、ずっと捨てることができずに持っている。
志保が療養のために帰ってきてからしばらくして、突然、外出の許可を求めにやってきた。それまでは外へ出たがることなどなかったので、心境の変化にまず驚いた。だが、真夏の炎天下で外を出歩くなどもってのほかだと、はじめこそ、その願いを聞き入れはしなかった。
しかし、切に訴えかけるその様子と、「帽子もかぶって行くって。それ貸してよ。おじいちゃんの。お守り代わりにさ」と言われてしまい、根負けする形で受け入れた。
私は少し後悔していた。やはり体へかかる負担はそれなりのもので、少し出かけては次の日に寝込むあの子に、「もう外出は禁じる」と何度言ったことだろうか。それでも、私の目を盗んでは抜け出して、帰ってきては寝込むの繰り返し。情けないことだとは思いながら、実の母親へ説得を頼んでも、あの子は聞く耳を持たなかった。
何があの子をそこまでさせるのかと訝しんでいたが、何のことはない、あの子も年頃の娘だということだった。
樹といったか、志保の選んだあの少年はとても澄んだ眼をしていた。貴志が...息子が命を投げ打ってまで救った命は、今、志保の命を救ってくれた。大げさかもしれないが、あの男の子との再会が無ければ、志保の手術を受けるという決断は遅れていたかもしれない。もし、それで手遅れになっていたらと思うと...。
何年かぶりに帽子をかぶってみた。志保の頭のサイズに調整されていて、少しだけ窮屈だったが、なんとなくそのままにしておくことにした。
「あなた」振り返ると千鶴が立っていた。
「千鶴か。どうした」なるべく、なんでもない風を装う。
「大丈夫。大丈夫ですからね」千鶴はそっと私に歩み寄り、そう言って私の手を握った。
全てお見通しということだろう。昔から妻だけは、騙し切れたことはなかった。
「ああ...わかっとる...」それだけ言って、帽子を深く被り直した。
志保はまだ三つか四つくらいで、さすがに船に乗せるわけにはいかず、波止場で釣りを楽しんだ。釣りなどはたまの休みに暇つぶしがてらやる程度で、お世辞にも達者とはいえなかったが、何故かその日は面白いほどよく釣れた。
孫娘へいい格好をしたいと密かに思っていただけに、内心とても気分が良かった。そんな様子を目を丸くしながら見ていたあの子が、嬉しそうに言ったのだ。
「じいちゃ!すごい!たいよーだね!たいよー!」
まだうまく話せないながらも、感動を一生懸命に伝えようとしているその姿が、とても愛おしかった。
「そうだろう。大漁大漁」にかっと笑ってそう返すと、志保も同じように笑った。
夕飯には食卓へ並んだその魚たちを見て、志保はますます上機嫌だった。まるで自分が釣ってきたかのように、身振り手振りで今日の釣りの様子を再現して見せる。
終いには、息子の貴志に魚の役をやらせ、私が魚と格闘する様子を演じてみせた。多佳子さんは、泣きながらお腹を抱えて笑っていた。
家中に笑い声があふれた。
「じいちゃすごいんだよ!おさかないっぱいとってね、ぼうしがね、とってもかっこいいの」
そう言って、私に帽子を被せテーブルの周りをぐるぐる走り回っていた。そんなこともあってか、愛着が湧いたこの帽子を、ずっと捨てることができずに持っている。
志保が療養のために帰ってきてからしばらくして、突然、外出の許可を求めにやってきた。それまでは外へ出たがることなどなかったので、心境の変化にまず驚いた。だが、真夏の炎天下で外を出歩くなどもってのほかだと、はじめこそ、その願いを聞き入れはしなかった。
しかし、切に訴えかけるその様子と、「帽子もかぶって行くって。それ貸してよ。おじいちゃんの。お守り代わりにさ」と言われてしまい、根負けする形で受け入れた。
私は少し後悔していた。やはり体へかかる負担はそれなりのもので、少し出かけては次の日に寝込むあの子に、「もう外出は禁じる」と何度言ったことだろうか。それでも、私の目を盗んでは抜け出して、帰ってきては寝込むの繰り返し。情けないことだとは思いながら、実の母親へ説得を頼んでも、あの子は聞く耳を持たなかった。
何があの子をそこまでさせるのかと訝しんでいたが、何のことはない、あの子も年頃の娘だということだった。
樹といったか、志保の選んだあの少年はとても澄んだ眼をしていた。貴志が...息子が命を投げ打ってまで救った命は、今、志保の命を救ってくれた。大げさかもしれないが、あの男の子との再会が無ければ、志保の手術を受けるという決断は遅れていたかもしれない。もし、それで手遅れになっていたらと思うと...。
何年かぶりに帽子をかぶってみた。志保の頭のサイズに調整されていて、少しだけ窮屈だったが、なんとなくそのままにしておくことにした。
「あなた」振り返ると千鶴が立っていた。
「千鶴か。どうした」なるべく、なんでもない風を装う。
「大丈夫。大丈夫ですからね」千鶴はそっと私に歩み寄り、そう言って私の手を握った。
全てお見通しということだろう。昔から妻だけは、騙し切れたことはなかった。
「ああ...わかっとる...」それだけ言って、帽子を深く被り直した。
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