いつかまた、バス停で。

おぷてぃ

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第19話「いつかまた、バス停で」①

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    春が過ぎ、夏がやってきた。
    早いもので、志保と再会してから一年が経とうとしていた。俺は高校三年になった。いよいよ目前に迫った受験のために日々勉学に勤しみながらも、相変わらず千鶴さんのもとを訪れては、志保の様子を教えてもらっていた。

    おじいさんは診療所を一旦休むことにして、向こうでの治療を補佐することに専念するらしい。正月の事を根に持っているというのが、おじいさんらしい意地の張り方なのだと千鶴さんは笑った。
    志保はといえば、一進一退する病状に弱音を吐くこともなく、リハビリに取り組んでいるらしい。そしてそれは、二度目の手術の前哨戦の意味合いもあった。
    一度目の手術で完全な状態にまで回復に至らなかった弁の形成を、『自己心膜による再建』という方法で、もう一度復活させるとのことだった。

    その頃、渡米してから初めて、志保から手紙が届いた。お互いに何となく、落ち着くまでは連絡を控えようとする意思を感じていて、手紙はおろか、電話で声を聞くことも無かったため、とても嬉しく思った反面、なにか胸騒ぎがした。
    千鶴さん経由で受け取ったその手紙を、俺は何となく停留所で読むことにした。そうすれば、あの日隣で笑っていた志保を、近くに感じることができると思ったからだ。

    しばらく封筒を眺めた後、思い切って封を開けた。便箋を伸ばす指が震えている。

『ただの近況報告だろう』
    そう自分に言い聞かせても、気が落ち着くことはなかった。便箋を開くと、見かけによらず美しい字が並んでいた。

『やっほー樹。元気ー?』
    そんな書き出しで始まった手紙の冒頭は、ありきたりな近況報告がしばらく続いた。景色がでっかいだの、食べ物がおおざっぱだの、とりとめのない内容だ。しかし、読み進めるにつれてその内容は変わっていった。そこには、二度にわたる手術への不安や恐怖、日常への羨望が綴られていた。
    もう一年近く、言葉もろくに通じない異国の地で病と闘い続けている志保に、諦めや投げやりな気持ちも少なからず芽生えており、平静を装ったその文面から、そんな感情が見て取れた。

『もしかしたら...』
『やっぱり...』
そんな単語があちこちで目につく。

    最後の便箋に差し掛かった。徐々にその文字は震えて、書きながら泣いていたのか、最後のほうは滲んでしまっていた。
    それは、志保の涙のせいだったのかもしれないし、読みながら俺の目からこぼれた涙のせいだったのかもしれない。手の甲でそれを拭う。手紙を大事に元通りに畳んで、上着の内ポケットに入れた。

    自転車に乗り家路を急ぐ。

    家に着いてすぐ、散らかった学習机の上を片付けて、いつか志保に出すためにと買っておいた便箋に思いの丈を綴った。
    余計なことは一切書かずに、ただ伝えたい気持ちをペンに乗せてはしらせた。そして手紙の最後に、志保の涙で滲んだ願いに対して返事を書いた。もう一度、ポケットから便箋を取り出す。
    志保の手紙の最後は、こう結ばれていた。

『次の手術、怖いけど、受けることにした。でも、うまくいくかどうかは、正直わからないって』

『もし私に何かあっても、あの日のお父さんみたいに夢で樹に会えるかな』


『いつかまた、バス停で』


    答えなんて一つしか無かった。
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