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第一章
六月の転校生
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梅雨のじめじめとした暑さで苛立ちが増す六月の中旬、時々吹く涼しい風を肌で感じながら、窓際の最後尾にある自分の席でイヤホンから流れる最近主流の音楽を聴きながら外を眺めるのが登校してからの日課だ。少し目線を落とすと、グラウンドでは運動部が朝練に励んでいる。そんな運動部から目線を戻せば高い空が見える。二階にある自分のクラス二年一組は外を眺めるにはいい高さだ。
ぼうっと、そんな事を思いながら過ごしていると、突然、後頭部にトンっと軽い衝撃が走った。
ビクっと肩を震わせ頭を押さえて振り返ると、そこには担任の仁藤が立っていた。生徒名簿で肩をトントンと叩きながら、またかという困った顔でこちらを見ている。チラッと横目に黒板の上に掛けてある壁時計を見ると、八時三十分とホームルームの時刻を差していた。どうやら朝の一時は終わったらしい。
先生は教卓へ向かい、俺はイヤホンをポケットにしまうと、号令の声がクラス委員長から掛かった。皆に聞こえる声で「起立、礼」と言うと、頭を下げて挨拶をして、「着席」と、誰もがやる一連の動きをスムーズに終えると、先生は点呼を始めた。
「えー、石田」
「はい」
「上野」
「はい」
「太田」
いつも通りの朝のやり取りが始まり、少しして自分の番が回って来た。
「佐藤」
目線だけを送り、すぐにズラす。
「オッケー、っと。よし次ー、鈴木」
これが俺と先生の点呼のやり取りだ。なぜ、このやり取りなのか点呼が終えるまでに簡単に説明すると、クラスに一人はいる無口な奴か、馴染めない奴、もしくはコミュ障か人付き合いが苦手なタイプ、俺はそんな類に入る。その為、呼ばれても返事をしなかったら最初は注意されたが毎度のことなので先生も諦めた。
説明を終えると同じタイミングで点呼が終わった。
「じゃあ、次、転入生を紹介するぞー」
その一言にクラスが騒めき出した。男子か女子か、誰の隣か、と言い合っていると、パンパンっと手を叩いて沈めた先生は一呼吸置いて話を進めた。
「気になるのは分かる。だがら、手っ取り早く行くぞー」
先生はドアの方を見て「入っていいぞ」と言うとガラガラと前のドアが開いた。一斉にドアへと注目がいく。静かに入って来た転校生は、女の子だった。彼女は視線を浴びながら教卓の横に立つと、おもむろにチョークを手に取り、黒板に名前を書き始めた。
チョークと黒板が触れる度に鳴る独特な高い音だけが響く。俺は耳に響くその音を聞きながら、空を見た。梅雨の湯鬱になりそうな空の変わる様子を見ながら、また雨になりそうと思っていると、音が止んだ。
再度、彼女の方へ向く。彼女は静かにチョークを置くと、ゆっくりと振り返った。肩甲骨まで伸びた黒く長い髪がふわりと靡いて遅れながら、元の位置に戻る。そして彼女は静かに口を開いて黒板に書いた自分の名前をつぶやく。
「結城、葵。です」
名前を言った彼女の声は、透き通る水のように綺麗だった。クラスが一瞬、いや、数秒時が止まったみたいに静かになる。そして一人の男子が「うっ、ウォォォォォォ!!!」っと声を上げると、吊り橋効果みたいに後に続いて他の男子も叫んだ。男子は叫び、女子は「可愛い!」や「綺麗な髪!」と、男子ほどではないが騒いでいた。
先生は彼女に指差しで空いてる席を指した。クラスで空いている席は、窓際の最後尾に一つ。つまり、俺の横になる。
彼女は先生の指した俺の横の席まで歩いて来ると椅子を引き、背負っていたリュックを椅子に掛けて座ると、こっちを見て微笑んで「よろしくね」と言った。俺も彼女に「よろしく」と返して、空を見た。雨がポツポツと降り始めている。
梅雨に転校して来た彼女との日々が始まり、この日彼女は皆に囲まれて質問攻めに合い、初日が終わった。放課後の帰路で、ふと気になった事を思い出した。最初の授業の時、小さく周りには聞こえない、それでも俺にだけは聞こえるくらいの声で「やっと会えた」そう言った気がした。先生の声と開けた窓の向こうで降る雨音でよく分からなかったが、そんな気がする。
この時は気のせいとも思っていた事が彼女と出会ってしばらくして分かる事も、彼女と過ごす日々がそう長くない事も、あんな事になる事も全部、この時の俺は何も知らないまま家に帰った。
そして、彼女と俺に起きた事も、全部。本当に何も知らなかった。
ぼうっと、そんな事を思いながら過ごしていると、突然、後頭部にトンっと軽い衝撃が走った。
ビクっと肩を震わせ頭を押さえて振り返ると、そこには担任の仁藤が立っていた。生徒名簿で肩をトントンと叩きながら、またかという困った顔でこちらを見ている。チラッと横目に黒板の上に掛けてある壁時計を見ると、八時三十分とホームルームの時刻を差していた。どうやら朝の一時は終わったらしい。
先生は教卓へ向かい、俺はイヤホンをポケットにしまうと、号令の声がクラス委員長から掛かった。皆に聞こえる声で「起立、礼」と言うと、頭を下げて挨拶をして、「着席」と、誰もがやる一連の動きをスムーズに終えると、先生は点呼を始めた。
「えー、石田」
「はい」
「上野」
「はい」
「太田」
いつも通りの朝のやり取りが始まり、少しして自分の番が回って来た。
「佐藤」
目線だけを送り、すぐにズラす。
「オッケー、っと。よし次ー、鈴木」
これが俺と先生の点呼のやり取りだ。なぜ、このやり取りなのか点呼が終えるまでに簡単に説明すると、クラスに一人はいる無口な奴か、馴染めない奴、もしくはコミュ障か人付き合いが苦手なタイプ、俺はそんな類に入る。その為、呼ばれても返事をしなかったら最初は注意されたが毎度のことなので先生も諦めた。
説明を終えると同じタイミングで点呼が終わった。
「じゃあ、次、転入生を紹介するぞー」
その一言にクラスが騒めき出した。男子か女子か、誰の隣か、と言い合っていると、パンパンっと手を叩いて沈めた先生は一呼吸置いて話を進めた。
「気になるのは分かる。だがら、手っ取り早く行くぞー」
先生はドアの方を見て「入っていいぞ」と言うとガラガラと前のドアが開いた。一斉にドアへと注目がいく。静かに入って来た転校生は、女の子だった。彼女は視線を浴びながら教卓の横に立つと、おもむろにチョークを手に取り、黒板に名前を書き始めた。
チョークと黒板が触れる度に鳴る独特な高い音だけが響く。俺は耳に響くその音を聞きながら、空を見た。梅雨の湯鬱になりそうな空の変わる様子を見ながら、また雨になりそうと思っていると、音が止んだ。
再度、彼女の方へ向く。彼女は静かにチョークを置くと、ゆっくりと振り返った。肩甲骨まで伸びた黒く長い髪がふわりと靡いて遅れながら、元の位置に戻る。そして彼女は静かに口を開いて黒板に書いた自分の名前をつぶやく。
「結城、葵。です」
名前を言った彼女の声は、透き通る水のように綺麗だった。クラスが一瞬、いや、数秒時が止まったみたいに静かになる。そして一人の男子が「うっ、ウォォォォォォ!!!」っと声を上げると、吊り橋効果みたいに後に続いて他の男子も叫んだ。男子は叫び、女子は「可愛い!」や「綺麗な髪!」と、男子ほどではないが騒いでいた。
先生は彼女に指差しで空いてる席を指した。クラスで空いている席は、窓際の最後尾に一つ。つまり、俺の横になる。
彼女は先生の指した俺の横の席まで歩いて来ると椅子を引き、背負っていたリュックを椅子に掛けて座ると、こっちを見て微笑んで「よろしくね」と言った。俺も彼女に「よろしく」と返して、空を見た。雨がポツポツと降り始めている。
梅雨に転校して来た彼女との日々が始まり、この日彼女は皆に囲まれて質問攻めに合い、初日が終わった。放課後の帰路で、ふと気になった事を思い出した。最初の授業の時、小さく周りには聞こえない、それでも俺にだけは聞こえるくらいの声で「やっと会えた」そう言った気がした。先生の声と開けた窓の向こうで降る雨音でよく分からなかったが、そんな気がする。
この時は気のせいとも思っていた事が彼女と出会ってしばらくして分かる事も、彼女と過ごす日々がそう長くない事も、あんな事になる事も全部、この時の俺は何も知らないまま家に帰った。
そして、彼女と俺に起きた事も、全部。本当に何も知らなかった。
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何で表現するか悩みながら書いてます。
自分も書いてて、あぁ、この二人はどうなるのか、何が起きたのかドキドキしながら書いてます。
早めに上げれるよう、頑張ります!
描写が丁寧で見入ってしまいました……!
更新お待ちしております!