今世はのんびり耕したい

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序章

第4話 森の恵みと初めての来訪者

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 朝露を含んだ森の空気は、吸い込むだけで肺の奥まで清められるようだった。
 焚き火の残り火を片付け、俺は昨日に植えたドン芋の畑へ足を運ぶ。まだ芽は出てないけど、整えられた土を見てるだけで胸が膨らむ。

「さて……今日の課題は水やな」

 森の泉から汲んでくることもできるけど、毎日バケツ運びだと大変や。そこで俺は魔法を試すことにした。

「水よ、畑に注げ――」

 両手をかざすと、空気の中から水の粒が集まり、じわじわと土に染み込んでいく。
 ……よし、できた。けど量の調整が難しい。油断すると土がぐちゃぐちゃになる。

「はー……まだ修行が足らんな」

 腰に手を当てていると、後ろから気だるげな声が飛んできた。

「アンタ、よう飽きんもんやなぁ」

 振り返れば、黄緑色の瞳をした黒猫クロハが、木の根っこに寝そべっていた。日向に体を預け、尻尾をゆったり揺らしている。

「農業は日々の積み重ねや。飽きるとかそういうもんやない」

「ふーん。わいから見りゃ、泥遊びと変わらんけどな」

「ほな手伝わんでええわ」

「もともと手伝う気なんかあらへん」

 にやりと口を吊り上げるクロハ。こいつ、わざとやっとるやろ。
 ……けど、不思議と腹は立たん。こうして言葉を交わせるだけで、心が和むんや。



 午前中は畑の世話、昼は食糧探し。森の中で生活のリズムができ始めた。
 今日は新しい食材を見つけようと、泉の下流を歩いていたら――

「おっ、魚や!」

 澄んだ水に銀色の魚影がいくつも泳いでいる。
 石を投げて追い込んでみたけど、すばしっこくて掴まらへん。

「クロハ、なんかええ方法ないか?」

「ふふん、魚取りはわいの得意分野や」

 クロハがしゅばっと飛び込む。水しぶきが上がり、数秒後には魚を咥えて戻ってきた。
 黄緑色の瞳がキラキラと輝いてる。さっきまでの不貞腐れた顔とえらい違いで、嬉しそうな表情に見える。

「どや? 鮮やかやろ?」

「うわ、猫ってほんまに魚好きなんやな……」

「当たり前や! 肉もええけど、魚は別腹や!」

 クロハは夢中で魚を平らげた。俺も焚き火で焼いて食ったが、淡白で旨みがあり、米が欲しくなる味だった。
 ……米。あの白い粒を食える日は来るんやろか。胸がちくりとした。



 夕暮れ。森の奥で木の実を拾っていた時だ。
 突然、鳥たちが一斉に飛び立った。風向きが変わり、ひんやりとした気配が流れてくる。

「……クロハ、なんか来るで」

「せやな。わいも毛が逆立っとる」

 黄緑の瞳が細められる。
 耳を澄ますと、地面を踏みしめる重い足音が近づいてきた。

 ――姿を現したのは、一頭の白狼やった。
 雪のように純白の毛並み。全身から淡い光が漂っており、目は鋭い金色に輝いてる。
 その存在感に、思わず息を呑んだ。

「……神獣、やと……?」

 クロハが低く呟いた。
 白狼は俺たちをじっと見据える。威圧感で膝が震えそうになる。

『……人間よ。なぜ、この森にいる?』

 声が――頭に響いた。言葉を発するではなく、直接頭に届く念話……だと思う。

「お、俺は……ただ畑を耕して、生きていきたいだけや。争う気はない!」

 必死に言葉を返すと、白狼の目が細まった。
 その金色の瞳は冷たくも、どこか試すようでもある。

『ふん……。貴様の心に偽りはないようだ。だが、この森は神獣の血を引く我らの縄張り。勝手に住みつくこと、許すと思うか?』

 背筋が凍る。
 クロハが前に出た。

「おい白狼。こいつはただの人間やない。わいと契約しとるんや。悪さするような奴ちゃう」

『……黒猫の従魔か。だが、貴様の言葉だけで信じるわけにはいかぬ』

 白狼は唸り、牙をのぞかせた。空気が張り詰める。
 俺は無意識に槍を構えた。けど――戦ったら絶対勝てん。体の奥でわかっとる。

「……それなら、どうすれば信用してもらえるんだ?」

 震える声で問うた。
 白狼はしばし黙り、そして静かに答えた。

『ならば示せ。森を荒らさず、命を無駄にせぬ生き方を。――もし本当にこの地で耕すつもりなら、その証を見せろ』

 そう言い残し、白狼は森の奥へと消えていった。
 残された俺とクロハは、しばし動けなかった。



 夜。焚き火を囲みながら、俺は息をついた。

「……とんでもない奴に会うたな」

「せやな。あれは“白狼”や。神獣の末裔。森の守護者みたいな存在や」

「白狼……。あいつ、また現れると思うか?」

「現れるやろな。アンタを監視しに」

 クロハは尻尾を丸めて眠そうに目を細めた。黄緑の瞳が焚き火に反射して揺れる。
 その姿を見ながら、俺は心に誓う。

「……なら、やったろうやないか。畑を育て、この森で生きる姿を見せつけたる」

 ――それが、白狼ハクとの本当の出会いの始まりやった。

――――――――――――
次回 第5話「白狼ハクと試練の狩り」


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