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序章
第5話 白狼ハクと試練の狩り
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森に夜が訪れた。焚き火の火がぱちぱちと鳴り、オレンジ色の光が周囲を揺らめかせる。
クロハは尻尾を丸めて眠そうにしていたが、俺は目を閉じても眠れなかった。夕方に現れた白狼の金色の瞳が、まぶたの裏に焼きついて離れない。
「……あいつ、また来るやろな」
呟きに、黄緑色の瞳がうっすら開いた。
「そらそうや。白狼は神獣の末裔や。森を見守るんが役目みたいなもんやからな」
「俺がほんまに森で暮らせるか、見極めに来る……ってことか」
「せやな。せやけどアンタ、妙に物怖じせんかったな。普通やったら足腰立たんで」
「いや……正直、膝は震えとったわ」
「ぷっ、情けな」
クロハは笑い、また目を閉じた。
俺は火を見つめながら、胸の奥で小さく決意を固める。
――次に現れたときは、逃げも隠れもせえへん。正面から向き合うんや。
◆
その翌日。
畑の手入れを終え、泉の近くで水を汲んでいると、森の奥から重い気配が漂ってきた。
振り返ると、純白の毛並みを揺らしながら、白狼が姿を現した。金色の瞳が鋭く光っている。
「来たな……」
『人間。昨夜言ったこと、覚えているな?』
「森を荒らさず生きる姿を示せ、やろ?」
『そうだ。貴様に与える試練は“狩り”だ』
胸がざわついた。
農業を志してここに来たのに、狩り……? けど、これも森で生きるための一部なんやろな。
『ただし条件がある』
白狼の声が頭に響く。
『無闇に命を奪うことは許さぬ。必要な分だけを狩り、その命に感謝を示せ。――できるか?』
ごくりと喉が鳴る。
狩猟なんてやったことない――いや、一昨日少しやったな。
「……やってみる」
『ふん。ならば見せてみろ』
白狼は木陰に退き、その巨体を伏せた。金色の瞳が俺を試すように見つめている。
クロハが肩に飛び乗り、耳元で囁いた。
「アンタ、大丈夫か? 正直、素人にゃ骨折りやで」
「そやけどやるしかない。それに、生きていくには必要な事だしな」
「ほんならわいがちょっと手ぇ貸したる。……その代わり、魚はわいの取り分増やせや」
「交渉上手な猫やな……」
緊張の中でも、思わず笑みがこぼれた。
◆
まずは獲物探しや。
森を歩き、気配を探る。クロハが耳をぴくぴく動かし、進む方向を示した。
やがて木立の間に、小さな角を生やした獣――森鹿を見つけた。
「……あいつだ」
「せやけど突っ込んだら逃げられるで。罠や、罠」
クロハの助言を受け、俺は枝と蔓で簡単な落とし穴を作った。
けど正直、こんなんでうまくいくか不安だ。
「よし……」
森鹿が近づいてきた。落とし穴の縁に足をかけ――しかし、ひらりと避けて去っていった。
「ちっ……!」
「ほーら見てみぃ。やっぱ甘いな」
肩の上でクロハが尻尾を揺らす。
悔しいけど、その通りや。
◆
日が傾き始めたころ。
結局、落とし穴は何度も失敗。追い込みも空振り。腹も減って、足取りが重くなってきた。
その時――
「セツ、あれや!」
クロハが前足で指し示す。茂みの中に、小さなウサギに似た魔獣――ホーンラビットがいた。額に短い角を持ち、素早く動く。
「……あれなら」
俺は深呼吸し、無属性魔法を使う。
空気を圧縮して風の壁を作り、進路を塞ぐ。驚いたホーンラビットが横へ跳ねたところに――蔓を伸ばして絡め取った。
「……捕まえた!」
胸が高鳴る。
俺の腕の中で、小さな命が震えている。目が合った瞬間、罪悪感が押し寄せた。
「……こいつを、殺すんか」
呟くと、クロハが静かに答えた。
「せや。けどな、アンタが生きるためや。奪うだけやなく、感謝せぇ」
その言葉に頷き、俺は短剣を抜いた。
深く一礼し、心の中で「ありがとう」と呟く。そして一息で喉を突いた。
ホーンラビットの体が静かに動かなくなり、温かさが無くなっていく。
胸が苦しくなったが、不思議と涙は出んかった。代わりに、強い覚悟が芽生えた。
◆
焚き火の上で、肉を焼く。香ばしい匂いが漂い、腹が鳴る。
クロハがぱっと目を輝かせた。
「うわぁ……うまそうやん! はよ食お!」
「お前、さっきまで説教臭かったのに……」
「食いもんは別や!」
思わず吹き出す。
串を手に取り、焼けた肉を口へ運んだ。噛んだ瞬間、野性味ある旨味が広がる。――涙が出そうなほど、うまかった。
「……ごちそうさま」
食べ終えたあと、俺は手を合わせて呟いた。
クロハが横目で見て、にやりと笑う。
「へぇ……ちょっとは様になっとるやん」
◆
その時、森の闇から静かに白狼が歩み出た。金色の瞳が焚き火に映え、夜空の星のように輝いている。
『……見事だ』
「白狼……」
『命を奪う重みを知り、感謝を示した。――その心、偽りはないな』
胸が熱くなる。
白狼は一歩、また一歩と近づき、俺の目の前に立った。威圧感はあるのに、不思議と恐怖はなかった。
『人間よ。貴様、名は?』
「……セツ。セツ・アラタ」
『セツ。――ならば我が名を預けよう。ハク。森を護る者だ』
その瞬間、金色の瞳が優しく細められた。
胸の奥で、なにかが繋がったような感覚が走る。温かく、力強い絆の気配。
『いずれ、我と契約を結ぶ時が来よう。その時まで……己を磨け』
そう言い残し、白狼ハクは夜の闇に溶けるように消えていった。
焚き火の音だけが残り、俺はしばし言葉を失った。
「……クロハ」
「ん?」
「俺……この森で、生きていけるかもしれん」
「ふん、最初からそう言うたやろ」
黄緑色の瞳が揺れ、尻尾が俺の腕に絡んだ。
胸の奥に広がるのは、不安よりも希望。
――新しい仲間との出会いが、俺を確かに強くしてくれていた。
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次回 第6話「森に芽吹く畑と小さな脅威」
クロハは尻尾を丸めて眠そうにしていたが、俺は目を閉じても眠れなかった。夕方に現れた白狼の金色の瞳が、まぶたの裏に焼きついて離れない。
「……あいつ、また来るやろな」
呟きに、黄緑色の瞳がうっすら開いた。
「そらそうや。白狼は神獣の末裔や。森を見守るんが役目みたいなもんやからな」
「俺がほんまに森で暮らせるか、見極めに来る……ってことか」
「せやな。せやけどアンタ、妙に物怖じせんかったな。普通やったら足腰立たんで」
「いや……正直、膝は震えとったわ」
「ぷっ、情けな」
クロハは笑い、また目を閉じた。
俺は火を見つめながら、胸の奥で小さく決意を固める。
――次に現れたときは、逃げも隠れもせえへん。正面から向き合うんや。
◆
その翌日。
畑の手入れを終え、泉の近くで水を汲んでいると、森の奥から重い気配が漂ってきた。
振り返ると、純白の毛並みを揺らしながら、白狼が姿を現した。金色の瞳が鋭く光っている。
「来たな……」
『人間。昨夜言ったこと、覚えているな?』
「森を荒らさず生きる姿を示せ、やろ?」
『そうだ。貴様に与える試練は“狩り”だ』
胸がざわついた。
農業を志してここに来たのに、狩り……? けど、これも森で生きるための一部なんやろな。
『ただし条件がある』
白狼の声が頭に響く。
『無闇に命を奪うことは許さぬ。必要な分だけを狩り、その命に感謝を示せ。――できるか?』
ごくりと喉が鳴る。
狩猟なんてやったことない――いや、一昨日少しやったな。
「……やってみる」
『ふん。ならば見せてみろ』
白狼は木陰に退き、その巨体を伏せた。金色の瞳が俺を試すように見つめている。
クロハが肩に飛び乗り、耳元で囁いた。
「アンタ、大丈夫か? 正直、素人にゃ骨折りやで」
「そやけどやるしかない。それに、生きていくには必要な事だしな」
「ほんならわいがちょっと手ぇ貸したる。……その代わり、魚はわいの取り分増やせや」
「交渉上手な猫やな……」
緊張の中でも、思わず笑みがこぼれた。
◆
まずは獲物探しや。
森を歩き、気配を探る。クロハが耳をぴくぴく動かし、進む方向を示した。
やがて木立の間に、小さな角を生やした獣――森鹿を見つけた。
「……あいつだ」
「せやけど突っ込んだら逃げられるで。罠や、罠」
クロハの助言を受け、俺は枝と蔓で簡単な落とし穴を作った。
けど正直、こんなんでうまくいくか不安だ。
「よし……」
森鹿が近づいてきた。落とし穴の縁に足をかけ――しかし、ひらりと避けて去っていった。
「ちっ……!」
「ほーら見てみぃ。やっぱ甘いな」
肩の上でクロハが尻尾を揺らす。
悔しいけど、その通りや。
◆
日が傾き始めたころ。
結局、落とし穴は何度も失敗。追い込みも空振り。腹も減って、足取りが重くなってきた。
その時――
「セツ、あれや!」
クロハが前足で指し示す。茂みの中に、小さなウサギに似た魔獣――ホーンラビットがいた。額に短い角を持ち、素早く動く。
「……あれなら」
俺は深呼吸し、無属性魔法を使う。
空気を圧縮して風の壁を作り、進路を塞ぐ。驚いたホーンラビットが横へ跳ねたところに――蔓を伸ばして絡め取った。
「……捕まえた!」
胸が高鳴る。
俺の腕の中で、小さな命が震えている。目が合った瞬間、罪悪感が押し寄せた。
「……こいつを、殺すんか」
呟くと、クロハが静かに答えた。
「せや。けどな、アンタが生きるためや。奪うだけやなく、感謝せぇ」
その言葉に頷き、俺は短剣を抜いた。
深く一礼し、心の中で「ありがとう」と呟く。そして一息で喉を突いた。
ホーンラビットの体が静かに動かなくなり、温かさが無くなっていく。
胸が苦しくなったが、不思議と涙は出んかった。代わりに、強い覚悟が芽生えた。
◆
焚き火の上で、肉を焼く。香ばしい匂いが漂い、腹が鳴る。
クロハがぱっと目を輝かせた。
「うわぁ……うまそうやん! はよ食お!」
「お前、さっきまで説教臭かったのに……」
「食いもんは別や!」
思わず吹き出す。
串を手に取り、焼けた肉を口へ運んだ。噛んだ瞬間、野性味ある旨味が広がる。――涙が出そうなほど、うまかった。
「……ごちそうさま」
食べ終えたあと、俺は手を合わせて呟いた。
クロハが横目で見て、にやりと笑う。
「へぇ……ちょっとは様になっとるやん」
◆
その時、森の闇から静かに白狼が歩み出た。金色の瞳が焚き火に映え、夜空の星のように輝いている。
『……見事だ』
「白狼……」
『命を奪う重みを知り、感謝を示した。――その心、偽りはないな』
胸が熱くなる。
白狼は一歩、また一歩と近づき、俺の目の前に立った。威圧感はあるのに、不思議と恐怖はなかった。
『人間よ。貴様、名は?』
「……セツ。セツ・アラタ」
『セツ。――ならば我が名を預けよう。ハク。森を護る者だ』
その瞬間、金色の瞳が優しく細められた。
胸の奥で、なにかが繋がったような感覚が走る。温かく、力強い絆の気配。
『いずれ、我と契約を結ぶ時が来よう。その時まで……己を磨け』
そう言い残し、白狼ハクは夜の闇に溶けるように消えていった。
焚き火の音だけが残り、俺はしばし言葉を失った。
「……クロハ」
「ん?」
「俺……この森で、生きていけるかもしれん」
「ふん、最初からそう言うたやろ」
黄緑色の瞳が揺れ、尻尾が俺の腕に絡んだ。
胸の奥に広がるのは、不安よりも希望。
――新しい仲間との出会いが、俺を確かに強くしてくれていた。
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次回 第6話「森に芽吹く畑と小さな脅威」
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