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16話
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メイドの方を借りて、客間に移る。
ベッドに身を横たえる頃には、体調のおかしさはますますひどくなっていた。
(体が熱い……焼けそう……なんなの、これ……)
エリーゼがはあはあと荒い息を吐きながら休んでいると、子爵が客間へ入ってきた。
「っ、グリム子爵!? ご迷惑をおかけしているのは申し訳ありませんが、女性が寝所で休んでいるところに入られるのは……」
エリーゼは息を詰まらせながらも、グリム子爵に苦言を呈す。
「ふん。寝所に来るなだと? なんのために薬を盛ったと思っておる」
バカにしたように顎をつんと上げながら言う子爵に、エリーゼは絶句した。
「薬……とは、一体……」
「まだ理性を保っておるのか。効きが悪いな。もちろん、媚薬だよ。私は結婚前に純潔を散らされて絶望する乙女の顔が大好きでね」
グリム子爵は、非常に下卑た笑いを浮かべながら、得意げに説明した。
よほどエリーゼの絶望する顔が見たいのか、ペラペラと喋り続ける。
「君は今日、婚前に処女を散らされるのだ。この屋敷でな! 媚薬の効果であられもない姿を晒しながら、いやらしく腰を振り立てるといい!」
そう言いながら、ベッドに横たわるエリーゼの元へ、グリム子爵がのしかかってきた。
子爵はでっぷりと太っているため、その重みでベッドが一気に沈み込む。
ふうふうと興奮して荒くなった鼻息が、エリーゼの首筋にかかった。
「いや! いやぁ!」
エリーゼは涙をこぼしながら叫ぶ。
だが、ここは子爵邸の客間。誰も助けには来てくれない。
ヴィクトールとの実験でいやらしいことには慣れているはずなのに、なぜか未だかつて感じたことのない嫌悪感で気が狂いそうだった。
グリム子爵がエリーゼの首筋をねっとりと舐める。その生温かい感触と醜悪な唾液の臭いに吐き気を催した。
「うぅ、やめてっ……いやぁ!」
エリーゼは力なく身を捩るが、薬を盛られているせいで体に力が入らない。その上両腕を力任せにグリム子爵に押さえつけられて、骨が軋む音さえも聞こえるような気がした。
骨だけではなく、心も音を立てて軋む。
絶望で目の前が真っ暗になった時、ふと、脳裏にヴィクトールの顔が浮かんだ。
「ヴィクトール様、ヴィクトール様ぁ! 助けて……」
「おやおや、恋しい人の名前かい? 悪いが誰も来ないよ」
ニタァ、とグリム子爵はエリーゼに笑みを向ける。
そしてエリーゼの豊かな胸を子爵が乱暴に鷲掴んだ時、扉の外からざわめきが聞こえてきた。
「……こまります! そこに入られては……」
「私は伯爵だ。逆らえると思うな」
聞き覚えのある声が、聞いたこともないほど冷たい声で怒鳴っているのが聞こえた。
そして、客間の扉が開かれる。
「これはどう言うことですかな、グリム子爵?」
エリーゼの上にのしかかったグリム子爵が、唖然としている。
「な、なん。貴様っ……いや、貴方はシュタインフェルト伯爵……どうしてここに」
「彼女は私の大切な人なのでね。迎えに上がりましたよ。それで、未婚のご令嬢相手にこれはどういう状況ですかな?」
「こ、これはっ、そのっ……」
言い訳のしようもない状況に、冷や汗をかきながら起き上がったグリム子爵が後ずさる。
「グリム子爵、私は社交界で色々な噂話を聞く立場でね。貴方は意図的に人の事業を妨害して失敗させ、借金を背負わせていいように操るという悪行をしていると、そんな噂が耳に入ってくることもあるのですよ」
「そ、そんなっ……それはもちろん根も葉もない噂でございますとも! 私はそのようなことは一切……」
「未婚のご令嬢への暴挙も含めて、私は貴族監査部に通報する伝手もありますが……」
「っ……」
そこでヴィクトールは一旦言葉を切り、冷ややかな目でにっこりと微笑んだ。
「貴方は体調を崩したエリーゼ嬢を心配し、看病をしていた。エリーゼ嬢は体が弱く、嫁げる状態ではないから後妻の話は無しにしようという話し合いを今ここでしていた。そして、借金の返済期限の話はもちろん何かの手違いだった。むしろ借金はチャラにしようと、そう言うことですよね?」
「!? ……も、もちろんそうですとも! ええ! 私はエリーゼ嬢を看病していただけだ。彼女の家の借金もチャラにいたしましょう! それでどうですかな、エリーゼ嬢?」
急に伸ばされた救いの糸に、飛びつくようにしてグリム子爵は従った。
とことん脅して言うことを聞かせるヴィクトールの手腕は年齢に似合わず随分と老獪だった。
「? は、はい。借金を不問にしていただけるのであれば、私は助かりますが……」
問いかけられたエリーゼは、戸惑いながらもそう答える。
借金がチャラになれば、現在の実家にまつわる問題はほぼ解決したようなものだ。後妻の話も、今となってはこんな下衆な男に嫁ぎたいとは思わない。
ヴィクトールはつかつかと靴を鳴らしてベッドに歩み寄ると、伏しているエリーゼを抱き上げた。
「ヴィクトール、様……どうしてここに?」
「君の兄君が連絡をくれたんだ。さあ、帰ろうエリーゼ」
ヴィクトールはグリム子爵を一顧だにせず、エリーゼを連れて子爵邸を後にした。
子爵邸の外には、シュタインフェルト伯爵家の馬車が止められており、そこにはオズワルドも待機していた。
「オズワルド、待たせたね」
「無事に救出できたようで何よりです。馬車を出しますよ」
「ああ。エリーゼの状態が悪い。急ぎ、宿屋の手配をしてくれ」
「はい。すでに手配してあります」
ヴィクトールは矢継ぎ早に指示を出すと、馬車を出させた。
「それと、オズワルド」
「はい」
「グリム子爵は、消せ」
冷え切った声音で、ヴィクトールは命じた。
エリーゼはその表情を見て驚く。ヴィクトールはこれほど冷たい目をする男だっただろうか。
(怒ってくれている……私のために……)
そう思うと、胸の奥がどこか疼くような気がした。
ベッドに身を横たえる頃には、体調のおかしさはますますひどくなっていた。
(体が熱い……焼けそう……なんなの、これ……)
エリーゼがはあはあと荒い息を吐きながら休んでいると、子爵が客間へ入ってきた。
「っ、グリム子爵!? ご迷惑をおかけしているのは申し訳ありませんが、女性が寝所で休んでいるところに入られるのは……」
エリーゼは息を詰まらせながらも、グリム子爵に苦言を呈す。
「ふん。寝所に来るなだと? なんのために薬を盛ったと思っておる」
バカにしたように顎をつんと上げながら言う子爵に、エリーゼは絶句した。
「薬……とは、一体……」
「まだ理性を保っておるのか。効きが悪いな。もちろん、媚薬だよ。私は結婚前に純潔を散らされて絶望する乙女の顔が大好きでね」
グリム子爵は、非常に下卑た笑いを浮かべながら、得意げに説明した。
よほどエリーゼの絶望する顔が見たいのか、ペラペラと喋り続ける。
「君は今日、婚前に処女を散らされるのだ。この屋敷でな! 媚薬の効果であられもない姿を晒しながら、いやらしく腰を振り立てるといい!」
そう言いながら、ベッドに横たわるエリーゼの元へ、グリム子爵がのしかかってきた。
子爵はでっぷりと太っているため、その重みでベッドが一気に沈み込む。
ふうふうと興奮して荒くなった鼻息が、エリーゼの首筋にかかった。
「いや! いやぁ!」
エリーゼは涙をこぼしながら叫ぶ。
だが、ここは子爵邸の客間。誰も助けには来てくれない。
ヴィクトールとの実験でいやらしいことには慣れているはずなのに、なぜか未だかつて感じたことのない嫌悪感で気が狂いそうだった。
グリム子爵がエリーゼの首筋をねっとりと舐める。その生温かい感触と醜悪な唾液の臭いに吐き気を催した。
「うぅ、やめてっ……いやぁ!」
エリーゼは力なく身を捩るが、薬を盛られているせいで体に力が入らない。その上両腕を力任せにグリム子爵に押さえつけられて、骨が軋む音さえも聞こえるような気がした。
骨だけではなく、心も音を立てて軋む。
絶望で目の前が真っ暗になった時、ふと、脳裏にヴィクトールの顔が浮かんだ。
「ヴィクトール様、ヴィクトール様ぁ! 助けて……」
「おやおや、恋しい人の名前かい? 悪いが誰も来ないよ」
ニタァ、とグリム子爵はエリーゼに笑みを向ける。
そしてエリーゼの豊かな胸を子爵が乱暴に鷲掴んだ時、扉の外からざわめきが聞こえてきた。
「……こまります! そこに入られては……」
「私は伯爵だ。逆らえると思うな」
聞き覚えのある声が、聞いたこともないほど冷たい声で怒鳴っているのが聞こえた。
そして、客間の扉が開かれる。
「これはどう言うことですかな、グリム子爵?」
エリーゼの上にのしかかったグリム子爵が、唖然としている。
「な、なん。貴様っ……いや、貴方はシュタインフェルト伯爵……どうしてここに」
「彼女は私の大切な人なのでね。迎えに上がりましたよ。それで、未婚のご令嬢相手にこれはどういう状況ですかな?」
「こ、これはっ、そのっ……」
言い訳のしようもない状況に、冷や汗をかきながら起き上がったグリム子爵が後ずさる。
「グリム子爵、私は社交界で色々な噂話を聞く立場でね。貴方は意図的に人の事業を妨害して失敗させ、借金を背負わせていいように操るという悪行をしていると、そんな噂が耳に入ってくることもあるのですよ」
「そ、そんなっ……それはもちろん根も葉もない噂でございますとも! 私はそのようなことは一切……」
「未婚のご令嬢への暴挙も含めて、私は貴族監査部に通報する伝手もありますが……」
「っ……」
そこでヴィクトールは一旦言葉を切り、冷ややかな目でにっこりと微笑んだ。
「貴方は体調を崩したエリーゼ嬢を心配し、看病をしていた。エリーゼ嬢は体が弱く、嫁げる状態ではないから後妻の話は無しにしようという話し合いを今ここでしていた。そして、借金の返済期限の話はもちろん何かの手違いだった。むしろ借金はチャラにしようと、そう言うことですよね?」
「!? ……も、もちろんそうですとも! ええ! 私はエリーゼ嬢を看病していただけだ。彼女の家の借金もチャラにいたしましょう! それでどうですかな、エリーゼ嬢?」
急に伸ばされた救いの糸に、飛びつくようにしてグリム子爵は従った。
とことん脅して言うことを聞かせるヴィクトールの手腕は年齢に似合わず随分と老獪だった。
「? は、はい。借金を不問にしていただけるのであれば、私は助かりますが……」
問いかけられたエリーゼは、戸惑いながらもそう答える。
借金がチャラになれば、現在の実家にまつわる問題はほぼ解決したようなものだ。後妻の話も、今となってはこんな下衆な男に嫁ぎたいとは思わない。
ヴィクトールはつかつかと靴を鳴らしてベッドに歩み寄ると、伏しているエリーゼを抱き上げた。
「ヴィクトール、様……どうしてここに?」
「君の兄君が連絡をくれたんだ。さあ、帰ろうエリーゼ」
ヴィクトールはグリム子爵を一顧だにせず、エリーゼを連れて子爵邸を後にした。
子爵邸の外には、シュタインフェルト伯爵家の馬車が止められており、そこにはオズワルドも待機していた。
「オズワルド、待たせたね」
「無事に救出できたようで何よりです。馬車を出しますよ」
「ああ。エリーゼの状態が悪い。急ぎ、宿屋の手配をしてくれ」
「はい。すでに手配してあります」
ヴィクトールは矢継ぎ早に指示を出すと、馬車を出させた。
「それと、オズワルド」
「はい」
「グリム子爵は、消せ」
冷え切った声音で、ヴィクトールは命じた。
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