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5話
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朝、私は早起きして朝食を作り始めた。
お米を炊き、ネギとわかめのお味噌汁を用意する。塩鮭は料理酒で臭みをとってから焼いた。小鉢はきゅうりの酢の物だ。
お盆は買っていなかったから、洋風のダイニングテーブルにお皿を並べると随分とミスマッチな感じだけれど、まあいいだろう。
と、寝室から寝癖を立てた玲司が出てきた。
「あ、おはようございます。玲司さん」
「ああ。……旅館みたいだな」
テーブルに並べられた朝食を見て、玲司が呟く。旅館みたいだなんて過大評価だけれど、喜んでもらえたなら嬉しい。
玲司は席につくと、きちんと「いただきます」を言って食べ始めた。
今日は昨日みたいな「うまい」は聞けなかったけれど、わずかに綻んだ口角から気に入ってくれたことが伺える。
「ごちそうさま」
その言葉は、いただきますの言葉よりも一段柔らかく聞こえた。
玲司さんはその後、手早く身支度を整えると、出勤していった。
「……暇だなぁ」
朝早起きしたせいで、何もやることがなくて暇である。掃除は週に一度ハウスキーパーを入れているそうで、行き届いていた。
洗い物もすぐに終わってしまい、ゴミ捨てをしたら本格的にやることがない。
「仕事、探そうかな」
今の私は無職だ。生活費は玲司が面倒見てくれているとはいえ、私財としての貯蓄が心許ない。これはあくまで契約結婚なのだし、いつまでも玲司に依存しきりと言うのは将来が不安なようにも思えた。
「それに何より、暇だし!」
仕事のことは玲司に相談するとして、とりあえず今日はやることがないので、映画でも見るかとテレビのスイッチを入れる。
玲司の家にあるのは、大型のスマートテレビだった。自分の映画サブスクリプションのアカウントにログインして、ざっとタイトルを見ていく。
親の会社が倒産したというのに、こんなに何不自由なく自堕落な生活をしていていいものか、と少し不安になる。
「ま、考えてもしょうがないか」
私はひとまず、名作の恋愛映画を見ることにした。
午後三時ごろまでのんびりして過ごし、再び買い物に出かける。毎日献立を考えるのはなかなかに大変だが、玲司のあのわかりにくいが確かな喜び方を見ていると、頑張ろうという気も湧いてくるものだ。
その日はシーフードパスタとカボチャのポタージュにした。玲司から渡されていた調理器具用の軍資金が多かったため、ずっと使ってみたかったハンディブレンダーを買ってしまったのだ。
これでポタージュも簡単に作ることができる。
午後八時ごろ、夕食の準備を終えて、ソファで休んでいると、ガチャリとドアの開く音がして玲司が帰ってきた。
「おかえりなさい、玲司さん」
「ああ」
玲司は昨日のような戸惑いは見せず、当たり前のようにキッチンの方を見ると、「今日はなんだ?」と聞いてきた。
「シーフードパスタとカボチャのポタージュです」
「わかった」
玲司と共にダイニングテーブルにつき、夕食を食べ始める。
「あの、玲司さん。私、仕事がしたいんですけど」
「なぜだ? 小遣いが欲しいなら与えるが」
せっかくの機会なので、昼間考えていたことを話した。
「契約結婚だからと言って突然放り出すようなことはしない。別に生活の心配はしなくていい。だが、どうしても働きたいというなら、止めはしない」
玲司さんは淡々とそう答えた。冷徹そうな雰囲気とは違い、意外にも玲司は理不尽な真似をしない、実直な人柄のようだった。そのことを少し意外に思う。
(意外に思っている場合じゃないんだよなぁ。ご両親への挨拶も近いのに、私玲司さんのこと何も知らない)
ふと思い立ち、箸を置いて玲司の瞳を真っ直ぐ見つめる。
「お互いの家族のこととか、趣味とか、色々話しませんか? もうすぐ会食なのに、まだ全然お互いのことを知れていません」
たった二週間で、「半年間付き合っていた恋人同士」のふりをするのは中々に難しい。
「…………わかった」
たっぷりの沈黙の後、玲司は渋々といった顔で頷いた。自分のことを話すのは苦手な人なのだろうか。
「家族構成は両親と俺、弟がいる。俺の家は医者の家系だ。両親も俺に医者になることを強要していた。だが、俺は敷かれたレールの上を走るのが嫌で、大学時代に起業して医学部を中退した」
玲司は淡々と話し出した。なかなかに意外な話だ。そこまで反骨精神に溢れた人だったとは。
「両親は学校の成績と息子を医者にすること、今は良家の娘と結婚させる事以外に興味がない。倒産した取引先の娘を引き取ったと知ったら、目を剥いて嫌がるだろうな。いい気味だ」
玲司はひどく皮肉げに笑った。どうやら私は、ご両親への嫌がらせのために契約結婚を持ちかけられたらしい。
初日に見かけた、惣菜パンとカップラーメンの残骸を思い返す。あまり愛のない家庭で育ったのだろうか。自分の生活への関心の薄さから、玲司の心の空白が見えるような気がした。
「えっと、私の家は両親と私の三人家族です。父は仕事が趣味みたいな人で、ご存知の通り会社を経営していました。母は手芸が趣味で、よく犬のぬいぐるみを作っています。えっと……後は……」
「趣味は?」
「え?」
「お前の趣味は?」
私がこれ以上何を話していいか悩み言葉に詰まっていると、玲司の方から問いかけてきた。それが、私に興味を持ってくれているように感じられて、なんだか少し嬉しい。
「あ、料理です」
「そうか。だからこんなにうまいんだな」
自然な流れで玲司から漏れ出した言葉に、胸の奥にぽっと火が灯る。なんだか全身がほかほかして、頭がふわふわしてきた。
玲司は冷淡で実務的なだけに、褒め言葉にも飾り気がない。それゆえに褒められると余計嬉しかった。
「少し、玲司さんのことがわかりました。これなら少しずつ恋人らしくなれそうですね」
私がそう言って笑いかけると、玲司は「恋人らしく、か」と何か考え込むように天井を見上げた。
お米を炊き、ネギとわかめのお味噌汁を用意する。塩鮭は料理酒で臭みをとってから焼いた。小鉢はきゅうりの酢の物だ。
お盆は買っていなかったから、洋風のダイニングテーブルにお皿を並べると随分とミスマッチな感じだけれど、まあいいだろう。
と、寝室から寝癖を立てた玲司が出てきた。
「あ、おはようございます。玲司さん」
「ああ。……旅館みたいだな」
テーブルに並べられた朝食を見て、玲司が呟く。旅館みたいだなんて過大評価だけれど、喜んでもらえたなら嬉しい。
玲司は席につくと、きちんと「いただきます」を言って食べ始めた。
今日は昨日みたいな「うまい」は聞けなかったけれど、わずかに綻んだ口角から気に入ってくれたことが伺える。
「ごちそうさま」
その言葉は、いただきますの言葉よりも一段柔らかく聞こえた。
玲司さんはその後、手早く身支度を整えると、出勤していった。
「……暇だなぁ」
朝早起きしたせいで、何もやることがなくて暇である。掃除は週に一度ハウスキーパーを入れているそうで、行き届いていた。
洗い物もすぐに終わってしまい、ゴミ捨てをしたら本格的にやることがない。
「仕事、探そうかな」
今の私は無職だ。生活費は玲司が面倒見てくれているとはいえ、私財としての貯蓄が心許ない。これはあくまで契約結婚なのだし、いつまでも玲司に依存しきりと言うのは将来が不安なようにも思えた。
「それに何より、暇だし!」
仕事のことは玲司に相談するとして、とりあえず今日はやることがないので、映画でも見るかとテレビのスイッチを入れる。
玲司の家にあるのは、大型のスマートテレビだった。自分の映画サブスクリプションのアカウントにログインして、ざっとタイトルを見ていく。
親の会社が倒産したというのに、こんなに何不自由なく自堕落な生活をしていていいものか、と少し不安になる。
「ま、考えてもしょうがないか」
私はひとまず、名作の恋愛映画を見ることにした。
午後三時ごろまでのんびりして過ごし、再び買い物に出かける。毎日献立を考えるのはなかなかに大変だが、玲司のあのわかりにくいが確かな喜び方を見ていると、頑張ろうという気も湧いてくるものだ。
その日はシーフードパスタとカボチャのポタージュにした。玲司から渡されていた調理器具用の軍資金が多かったため、ずっと使ってみたかったハンディブレンダーを買ってしまったのだ。
これでポタージュも簡単に作ることができる。
午後八時ごろ、夕食の準備を終えて、ソファで休んでいると、ガチャリとドアの開く音がして玲司が帰ってきた。
「おかえりなさい、玲司さん」
「ああ」
玲司は昨日のような戸惑いは見せず、当たり前のようにキッチンの方を見ると、「今日はなんだ?」と聞いてきた。
「シーフードパスタとカボチャのポタージュです」
「わかった」
玲司と共にダイニングテーブルにつき、夕食を食べ始める。
「あの、玲司さん。私、仕事がしたいんですけど」
「なぜだ? 小遣いが欲しいなら与えるが」
せっかくの機会なので、昼間考えていたことを話した。
「契約結婚だからと言って突然放り出すようなことはしない。別に生活の心配はしなくていい。だが、どうしても働きたいというなら、止めはしない」
玲司さんは淡々とそう答えた。冷徹そうな雰囲気とは違い、意外にも玲司は理不尽な真似をしない、実直な人柄のようだった。そのことを少し意外に思う。
(意外に思っている場合じゃないんだよなぁ。ご両親への挨拶も近いのに、私玲司さんのこと何も知らない)
ふと思い立ち、箸を置いて玲司の瞳を真っ直ぐ見つめる。
「お互いの家族のこととか、趣味とか、色々話しませんか? もうすぐ会食なのに、まだ全然お互いのことを知れていません」
たった二週間で、「半年間付き合っていた恋人同士」のふりをするのは中々に難しい。
「…………わかった」
たっぷりの沈黙の後、玲司は渋々といった顔で頷いた。自分のことを話すのは苦手な人なのだろうか。
「家族構成は両親と俺、弟がいる。俺の家は医者の家系だ。両親も俺に医者になることを強要していた。だが、俺は敷かれたレールの上を走るのが嫌で、大学時代に起業して医学部を中退した」
玲司は淡々と話し出した。なかなかに意外な話だ。そこまで反骨精神に溢れた人だったとは。
「両親は学校の成績と息子を医者にすること、今は良家の娘と結婚させる事以外に興味がない。倒産した取引先の娘を引き取ったと知ったら、目を剥いて嫌がるだろうな。いい気味だ」
玲司はひどく皮肉げに笑った。どうやら私は、ご両親への嫌がらせのために契約結婚を持ちかけられたらしい。
初日に見かけた、惣菜パンとカップラーメンの残骸を思い返す。あまり愛のない家庭で育ったのだろうか。自分の生活への関心の薄さから、玲司の心の空白が見えるような気がした。
「えっと、私の家は両親と私の三人家族です。父は仕事が趣味みたいな人で、ご存知の通り会社を経営していました。母は手芸が趣味で、よく犬のぬいぐるみを作っています。えっと……後は……」
「趣味は?」
「え?」
「お前の趣味は?」
私がこれ以上何を話していいか悩み言葉に詰まっていると、玲司の方から問いかけてきた。それが、私に興味を持ってくれているように感じられて、なんだか少し嬉しい。
「あ、料理です」
「そうか。だからこんなにうまいんだな」
自然な流れで玲司から漏れ出した言葉に、胸の奥にぽっと火が灯る。なんだか全身がほかほかして、頭がふわふわしてきた。
玲司は冷淡で実務的なだけに、褒め言葉にも飾り気がない。それゆえに褒められると余計嬉しかった。
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