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11話
会食の後から、玲司の私に対する態度は一段柔らかくなったような気がする。
時折あの笑顔も見せてくれるようになった。
特に、玲司はどうやら初日に作ったハンバーグが好物なようで、ハンバーグの日にはふと顔を綻ばせる。
そんなところは無邪気な子供みたいで、可愛いなと思ったりする。
夜が激しいのは少しネックだけれど、それ以外は玲司との同居生活は順調に進んでいた。
そんな日の夕食時——。
「結衣、先日、仕事を探しているとか言っていなかったか?」
「え? ああうん。探しているけど、急に会社が倒産して失職した形だからね。なかなか見つからないなぁ」
「だったら、俺の会社で働かないか?」
玲司は突然、そんな提案を私にしてきた。
「玲司さんの会社で?」
「ああ、ちょうど秘書が不足していてな。お前は社長秘書としての経験が長いんだろう? だったら、うちで働いてもらえると助かる」
「でも、社長の妻が秘書って、風通しが悪くなったりしないかな?」
もう月末になったら婚姻届は出す予定となっている。そうなれば、書類上私は玲司の正式な妻だ。
父の会社で働いていた私は、縁故採用にどうこう言える立場じゃないけれど、それでもよく知らない玲司の会社で妻として働くのは不安だった。
「大丈夫だ。そんなに面倒なことを気にする奴は俺の会社にはいない」
だが、玲司が自信満々に断言するし、提示された条件も悪いものではなかったので、だんだんと乗り気になってくる。
「うーん……。よし、わかった。玲司さんの会社で働いてみる」
「そうか」
玲司は一言だけそう言うと、妙に嬉しそうに目元を綻ばせた。
それから、玲司の会社で働くための準備も始まった。
その傍で結婚して姓が変わる準備やら、結婚式の手配やらもしなければならないので、それが厄介だ。
結婚式は、玲司側の親族と揉めた結果彼らは出席しないだろうと思われるので、友人だけを招いて小ぢんまりと食事会をする予定となっている。
玲司は「お前はせっかくの晴れ舞台がそれでいいのか?」と気にしてくれているけれど、元々契約結婚だ。派手な結婚式だなんて高望みはしていない。
玲司に好きな人でも出来たら離婚することになる程度の関係でしかないのだし。
そう考えると、胸の奥がズキンと痛んだ。
(玲司さんに好きな人、かぁ……)
あの鉄面皮だ、人を好きになることなんてあるんだろうか、と思うけれど、人には何があるかわからない。ある日突然捨てられた時のために、貯蓄はきちんとしなければ。
最初、玲司の会社で働くのを渋った理由の一つがそれだった。玲司に捨てられたら、生活の面倒を見てくれている契約夫と、職場の両方を失うことになるのだ。それでは生活が安定しないような気もした。
でも、借金を肩代わりしてくれた恩人が、人手不足で困っていると言うなら、力になるべきだとも思ったのだ。
玲司の秘書が足りていないのは本当らしかった。と言うのも、年頃の女性は軒並み玲司に仕事を越えた感情を抱いてしまい、問題になるそうだ。男性秘書は珍しくなかなか人材が見つからない。
そんな時に、借金のカタに売られてきた私は玲司には絶対に逆らえないわけだから、ちょうどよかったのだという。
社長秘書自体は、父の会社でやっていた経験が長いから仕事も慣れている。あとは玲司の会社独特の習慣や必要な手配内容などを覚えるだけだ。
姓が変わってからの方が手続きが楽だろうと言うことで、月末に婚姻届を提出したら、玲司の会社で働き始めることになった。
「よし、出しに行くぞ」
ついに来た月末。玲司はいつもと変わらぬ様子で朝食を食べると、車のキーを片手に私に声をかけてきた。
「ちょっと待って、今準備する」
私は急いで準備を整えると、玲司を追いかけて玄関へと向かった。
土曜日だったので、役所は空いていない。だが、婚姻届は夜間休日窓口から提出することができる。警備員のおじさんに書類を渡して、祝福の言葉を受けながら市役所を後にした。
「なんだか、あっけないね」
私は、結婚したのだ。その実感が湧いてこなくて、不思議な気分になる。
「契約結婚なんだから、当たり前だろ」
玲司は淡々とそう返してきた。
契約結婚。
そうだ。その通りだ。最近は気さくに接していたから、まるで本当の恋人同士のように錯覚していた。
私は、頭に冷や水を浴びせかけられたような心地で、立ち尽くす。
玲司とは契約結婚で、私は、親族を黙らせるために買い取られた道具。そのことを、わきまえなければ。
「どうした? 結衣」
「ううん。なんでもない。帰ろう」
私は下手くそな笑顔を玲司に向けると、車に向かって足早に歩いて行った。
時折あの笑顔も見せてくれるようになった。
特に、玲司はどうやら初日に作ったハンバーグが好物なようで、ハンバーグの日にはふと顔を綻ばせる。
そんなところは無邪気な子供みたいで、可愛いなと思ったりする。
夜が激しいのは少しネックだけれど、それ以外は玲司との同居生活は順調に進んでいた。
そんな日の夕食時——。
「結衣、先日、仕事を探しているとか言っていなかったか?」
「え? ああうん。探しているけど、急に会社が倒産して失職した形だからね。なかなか見つからないなぁ」
「だったら、俺の会社で働かないか?」
玲司は突然、そんな提案を私にしてきた。
「玲司さんの会社で?」
「ああ、ちょうど秘書が不足していてな。お前は社長秘書としての経験が長いんだろう? だったら、うちで働いてもらえると助かる」
「でも、社長の妻が秘書って、風通しが悪くなったりしないかな?」
もう月末になったら婚姻届は出す予定となっている。そうなれば、書類上私は玲司の正式な妻だ。
父の会社で働いていた私は、縁故採用にどうこう言える立場じゃないけれど、それでもよく知らない玲司の会社で妻として働くのは不安だった。
「大丈夫だ。そんなに面倒なことを気にする奴は俺の会社にはいない」
だが、玲司が自信満々に断言するし、提示された条件も悪いものではなかったので、だんだんと乗り気になってくる。
「うーん……。よし、わかった。玲司さんの会社で働いてみる」
「そうか」
玲司は一言だけそう言うと、妙に嬉しそうに目元を綻ばせた。
それから、玲司の会社で働くための準備も始まった。
その傍で結婚して姓が変わる準備やら、結婚式の手配やらもしなければならないので、それが厄介だ。
結婚式は、玲司側の親族と揉めた結果彼らは出席しないだろうと思われるので、友人だけを招いて小ぢんまりと食事会をする予定となっている。
玲司は「お前はせっかくの晴れ舞台がそれでいいのか?」と気にしてくれているけれど、元々契約結婚だ。派手な結婚式だなんて高望みはしていない。
玲司に好きな人でも出来たら離婚することになる程度の関係でしかないのだし。
そう考えると、胸の奥がズキンと痛んだ。
(玲司さんに好きな人、かぁ……)
あの鉄面皮だ、人を好きになることなんてあるんだろうか、と思うけれど、人には何があるかわからない。ある日突然捨てられた時のために、貯蓄はきちんとしなければ。
最初、玲司の会社で働くのを渋った理由の一つがそれだった。玲司に捨てられたら、生活の面倒を見てくれている契約夫と、職場の両方を失うことになるのだ。それでは生活が安定しないような気もした。
でも、借金を肩代わりしてくれた恩人が、人手不足で困っていると言うなら、力になるべきだとも思ったのだ。
玲司の秘書が足りていないのは本当らしかった。と言うのも、年頃の女性は軒並み玲司に仕事を越えた感情を抱いてしまい、問題になるそうだ。男性秘書は珍しくなかなか人材が見つからない。
そんな時に、借金のカタに売られてきた私は玲司には絶対に逆らえないわけだから、ちょうどよかったのだという。
社長秘書自体は、父の会社でやっていた経験が長いから仕事も慣れている。あとは玲司の会社独特の習慣や必要な手配内容などを覚えるだけだ。
姓が変わってからの方が手続きが楽だろうと言うことで、月末に婚姻届を提出したら、玲司の会社で働き始めることになった。
「よし、出しに行くぞ」
ついに来た月末。玲司はいつもと変わらぬ様子で朝食を食べると、車のキーを片手に私に声をかけてきた。
「ちょっと待って、今準備する」
私は急いで準備を整えると、玲司を追いかけて玄関へと向かった。
土曜日だったので、役所は空いていない。だが、婚姻届は夜間休日窓口から提出することができる。警備員のおじさんに書類を渡して、祝福の言葉を受けながら市役所を後にした。
「なんだか、あっけないね」
私は、結婚したのだ。その実感が湧いてこなくて、不思議な気分になる。
「契約結婚なんだから、当たり前だろ」
玲司は淡々とそう返してきた。
契約結婚。
そうだ。その通りだ。最近は気さくに接していたから、まるで本当の恋人同士のように錯覚していた。
私は、頭に冷や水を浴びせかけられたような心地で、立ち尽くす。
玲司とは契約結婚で、私は、親族を黙らせるために買い取られた道具。そのことを、わきまえなければ。
「どうした? 結衣」
「ううん。なんでもない。帰ろう」
私は下手くそな笑顔を玲司に向けると、車に向かって足早に歩いて行った。
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