16 / 21
16話
しおりを挟む
慌てて廊下に出ると、電話をしていると思っていた祐司が、トイレの前に佇んでいた。
「ああ、結衣さん。ちょうどいいところに。今、兄さんをトイレに閉じ込めたところなんだ」
なんてことないように、柔らかな微笑みで祐司が言う。
何を言われたか分からず、私は固まった。
祐司はなんだか、異様な雰囲気を放っている。
「おい! 祐司! どういうことだ!」
玲司の怒鳴る声がトイレのドア越しに聞こえてくる。ドアには、シールで後付けするタイプのドアロッカーのようなものが取り付けられていた。外から鍵が閉まっていて、開けられないようになっているようだった。
「兄さん。結衣さんの体、僕にも味見させてくれよ」
「はあ? 何を言って」
祐司が何か悍ましいことを言っているような気がする。
逃げなきゃ、と思うのに、祐司の放つ異様な気配に圧倒されて、足が固まったように動かない。
「ねえ、結衣さん」
祐司が私の肩を抱いた。ねっとりと陰湿な声で耳元に囁いてくる。
「酷いと思わない? 兄さんはあの親父とお袋の期待を勝手に裏切って、俺に全て押し付けてきたんだ。両親の期待も、医院の後継も、ぜーんぶ俺に押し付けてさ。俺だって本当は精神科に進みたかったのに、両親の病院を継ぐために消化器内科に進むしかなかった。兄さんが好き勝手に生きている傍ら、俺の人生は犠牲になったんだ。……だからさ、結衣さん。兄さんの代わりに、君が俺に賠償してよ」
「何、言ってるんだ、祐司! おい、やめろ! 祐司!」
逃げようと思うのに、気がつけばがっちりと全身をホールドされて、身動きが取れない。玲司と同様、百八十センチを超える体格の祐司に押さえつけられれば、女の私はまるで抗えなかった。
祐司が私の首筋に息を吹きかけ、ペロリと舐め上げる。ひどく気持ちの悪い感触に、ゾワリと鳥肌が立った。
「や、やめて。やめてください……」
震える声で懇願する。こういう時、本当は大声で叫んだりすればいいのかと思う。だけど、実際にはそんなことまるでできない。声を出すのでさえ精一杯だ。
「い、や……」
「やめろ、頼む、やめてくれ!」
ドア越しに、玲司の叫ぶ声が聞こえてくる。
「ははは、焦ってる焦ってる。兄さん、随分奥さんのこと大事にしてるんだねぇ。その大事な大事な奥さんを俺がヤっちゃったら、どんな顔するのかな。見てみたいけど、ドア越しだから無理だわ、はは」
祐司は壊れたようにケタケタと笑いながら、私の胸を力任せに鷲掴んだ。
「いやぁ!」
「結衣!? 大丈夫か、結衣!」
どん、と大きな音を立てて、ドアが揺れた。どん、どん、と何度も何度も音がする。玲司がドアに体当たりをして、出ようとしてくれているらしい。
「玲司さ、ん、助けて……」
「うわぁ、結衣さんのおっぱい柔らかーい! 兄さん、毎日これ揉み放題なんだ、羨ましい」
玲司に触られるのは全然平気なのに、祐司に触れられると嫌悪感で気が狂いそうになる。
(いやだ、いやだ、いやだ。助けて、玲司さん……!)
どん!
何かが剥がれ落ちるような音がして、トイレのドアが開く。
「祐司、その手を離せ!」
トイレから飛び出してきた玲司が、祐司に殴りかかった。
祐司の頬に玲司の拳がめり込み、黒縁メガネが吹っ飛ぶ。
「はは、怒ってる怒ってる」
殴られた祐司は何が楽しいのかにやにやと笑っていた。
「お前は、何を考えてるんだ!」
祐司の胸ぐらを掴んで、玲司が凄んだ。玲司の拳は怒りで震え、腕に血管が浮き上がっている。
「言っただろ。今までの復讐だよ。好き勝手生きてる兄さんのせいで、俺はずっとあの家庭の被害を被ってきたんだからさ」
「それに、結衣は関係ないだろう!」
「兄さんが一番ダメージ受けそうなのが結衣さんだったからね」
「ふざけるな!」
玲司はそのまま祐司を玄関まで引きずっていくとマンションの廊下に叩き出し、靴を外に放り投げてドアを閉めた。鍵をしっかり掛け、U字ロックまで閉める。
「玲司、さん」
私は震えながら廊下にへたり込んでいた。
「結衣、大丈夫……じゃないか」
震える私を見て、玲司が眉を下げた。
「すまない。俺の家庭のトラブルに巻き込んだ」
「う、ううん。玲司さんは、悪くない。助けてくれて、ありがとう」
つっかえつっかえ、恐怖で荒くなった息を整えながら、玲司に話しかける。玲司は何も悪くないのに、謝っているのが不憫に思えた。
「いいや、俺のせいだ。俺がもっと警戒していれば……」
「そんなこと……」
「結衣」
玲司はひどく苦しげな声で私の名前を呼ぶと、そっと私を抱きしめた。その腕は先ほど私を傷つけた祐司と同じ、「男」の力強さがあるのに、なぜだかひどく安心する。温かくて、優しくて。
「玲司さん。私、玲司さんじゃなきゃやだ。玲司さんにしか触られたくない」
先ほどの恐怖と嫌悪感で混乱していた私は、そんなことを口走っていた。
これじゃあ、玲司を好きだと言っているのとほとんど同じだというのに。
だけど——。
「結衣、俺も、結衣が誰かに触れられるのは嫌だ。結衣を誰にも渡したくない。俺は…………結衣を愛してるんだ」
玲司の言葉に、信じられない思いで私は目を見開く。あまりにも自分に都合が良すぎて、夢でも見ているんじゃないかと思う。
「玲司、さん?」
「結衣、結衣……。好きだ。愛してる」
「ほんと、に?」
「ああ、本当だ」
私は、力強く抱きしめてくる玲司を抱きしめ返した。
「私も……私も好きです。玲司さん」
どちらからともなく、深い口付けを交わした。
「ああ、結衣さん。ちょうどいいところに。今、兄さんをトイレに閉じ込めたところなんだ」
なんてことないように、柔らかな微笑みで祐司が言う。
何を言われたか分からず、私は固まった。
祐司はなんだか、異様な雰囲気を放っている。
「おい! 祐司! どういうことだ!」
玲司の怒鳴る声がトイレのドア越しに聞こえてくる。ドアには、シールで後付けするタイプのドアロッカーのようなものが取り付けられていた。外から鍵が閉まっていて、開けられないようになっているようだった。
「兄さん。結衣さんの体、僕にも味見させてくれよ」
「はあ? 何を言って」
祐司が何か悍ましいことを言っているような気がする。
逃げなきゃ、と思うのに、祐司の放つ異様な気配に圧倒されて、足が固まったように動かない。
「ねえ、結衣さん」
祐司が私の肩を抱いた。ねっとりと陰湿な声で耳元に囁いてくる。
「酷いと思わない? 兄さんはあの親父とお袋の期待を勝手に裏切って、俺に全て押し付けてきたんだ。両親の期待も、医院の後継も、ぜーんぶ俺に押し付けてさ。俺だって本当は精神科に進みたかったのに、両親の病院を継ぐために消化器内科に進むしかなかった。兄さんが好き勝手に生きている傍ら、俺の人生は犠牲になったんだ。……だからさ、結衣さん。兄さんの代わりに、君が俺に賠償してよ」
「何、言ってるんだ、祐司! おい、やめろ! 祐司!」
逃げようと思うのに、気がつけばがっちりと全身をホールドされて、身動きが取れない。玲司と同様、百八十センチを超える体格の祐司に押さえつけられれば、女の私はまるで抗えなかった。
祐司が私の首筋に息を吹きかけ、ペロリと舐め上げる。ひどく気持ちの悪い感触に、ゾワリと鳥肌が立った。
「や、やめて。やめてください……」
震える声で懇願する。こういう時、本当は大声で叫んだりすればいいのかと思う。だけど、実際にはそんなことまるでできない。声を出すのでさえ精一杯だ。
「い、や……」
「やめろ、頼む、やめてくれ!」
ドア越しに、玲司の叫ぶ声が聞こえてくる。
「ははは、焦ってる焦ってる。兄さん、随分奥さんのこと大事にしてるんだねぇ。その大事な大事な奥さんを俺がヤっちゃったら、どんな顔するのかな。見てみたいけど、ドア越しだから無理だわ、はは」
祐司は壊れたようにケタケタと笑いながら、私の胸を力任せに鷲掴んだ。
「いやぁ!」
「結衣!? 大丈夫か、結衣!」
どん、と大きな音を立てて、ドアが揺れた。どん、どん、と何度も何度も音がする。玲司がドアに体当たりをして、出ようとしてくれているらしい。
「玲司さ、ん、助けて……」
「うわぁ、結衣さんのおっぱい柔らかーい! 兄さん、毎日これ揉み放題なんだ、羨ましい」
玲司に触られるのは全然平気なのに、祐司に触れられると嫌悪感で気が狂いそうになる。
(いやだ、いやだ、いやだ。助けて、玲司さん……!)
どん!
何かが剥がれ落ちるような音がして、トイレのドアが開く。
「祐司、その手を離せ!」
トイレから飛び出してきた玲司が、祐司に殴りかかった。
祐司の頬に玲司の拳がめり込み、黒縁メガネが吹っ飛ぶ。
「はは、怒ってる怒ってる」
殴られた祐司は何が楽しいのかにやにやと笑っていた。
「お前は、何を考えてるんだ!」
祐司の胸ぐらを掴んで、玲司が凄んだ。玲司の拳は怒りで震え、腕に血管が浮き上がっている。
「言っただろ。今までの復讐だよ。好き勝手生きてる兄さんのせいで、俺はずっとあの家庭の被害を被ってきたんだからさ」
「それに、結衣は関係ないだろう!」
「兄さんが一番ダメージ受けそうなのが結衣さんだったからね」
「ふざけるな!」
玲司はそのまま祐司を玄関まで引きずっていくとマンションの廊下に叩き出し、靴を外に放り投げてドアを閉めた。鍵をしっかり掛け、U字ロックまで閉める。
「玲司、さん」
私は震えながら廊下にへたり込んでいた。
「結衣、大丈夫……じゃないか」
震える私を見て、玲司が眉を下げた。
「すまない。俺の家庭のトラブルに巻き込んだ」
「う、ううん。玲司さんは、悪くない。助けてくれて、ありがとう」
つっかえつっかえ、恐怖で荒くなった息を整えながら、玲司に話しかける。玲司は何も悪くないのに、謝っているのが不憫に思えた。
「いいや、俺のせいだ。俺がもっと警戒していれば……」
「そんなこと……」
「結衣」
玲司はひどく苦しげな声で私の名前を呼ぶと、そっと私を抱きしめた。その腕は先ほど私を傷つけた祐司と同じ、「男」の力強さがあるのに、なぜだかひどく安心する。温かくて、優しくて。
「玲司さん。私、玲司さんじゃなきゃやだ。玲司さんにしか触られたくない」
先ほどの恐怖と嫌悪感で混乱していた私は、そんなことを口走っていた。
これじゃあ、玲司を好きだと言っているのとほとんど同じだというのに。
だけど——。
「結衣、俺も、結衣が誰かに触れられるのは嫌だ。結衣を誰にも渡したくない。俺は…………結衣を愛してるんだ」
玲司の言葉に、信じられない思いで私は目を見開く。あまりにも自分に都合が良すぎて、夢でも見ているんじゃないかと思う。
「玲司、さん?」
「結衣、結衣……。好きだ。愛してる」
「ほんと、に?」
「ああ、本当だ」
私は、力強く抱きしめてくる玲司を抱きしめ返した。
「私も……私も好きです。玲司さん」
どちらからともなく、深い口付けを交わした。
1
あなたにおすすめの小説
俺様上司に今宵も激しく求められる。
美凪ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
**2026.01.02start~2026.01.17end**
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
彼の巨大な体に覆われ、満たされ、貪られた——一晩中
桜井ベアトリクス
恋愛
妹を救出するため、一ヶ月かけて死の山脈を越え、影の沼地を泳ぎ、マンティコアとポーカー勝負までした私、ローズ。
やっと辿り着いた先で見たのは——フェイ王の膝の上で甘える妹の姿。
「助けなんていらないわよ?」
は?
しかも運命の光が私と巨漢戦士マキシマスの間で光って、「お前は俺のものだ」宣言。
「片手だけなら……」そう妥協したのに、ワイン一杯で理性が飛んだ。
彼の心臓の音を聞いた瞬間、私から飛びついて、その夜、彼のベッドで戦士のものになった。
大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。
でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。
けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。
同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。
そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?
苦手な冷徹専務が義兄になったかと思ったら極あま顔で迫ってくるんですが、なんででしょう?~偽家族恋愛~
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「こちら、再婚相手の息子の仁さん」
母に紹介され、なにかの間違いだと思った。
だってそこにいたのは、私が敵視している専務だったから。
それだけでもかなりな不安案件なのに。
私の住んでいるマンションに下着泥が出た話題から、さらに。
「そうだ、仁のマンションに引っ越せばいい」
なーんて義父になる人が言い出して。
結局、反対できないまま専務と同居する羽目に。
前途多難な同居生活。
相変わらず専務はなに考えているかわからない。
……かと思えば。
「兄妹ならするだろ、これくらい」
当たり前のように落とされる、額へのキス。
いったい、どうなってんのー!?
三ツ森涼夏
24歳
大手菓子メーカー『おろち製菓』営業戦略部勤務
背が低く、振り返ったら忘れられるくらい、特徴のない顔がコンプレックス。
小1の時に両親が離婚して以来、母親を支えてきた頑張り屋さん。
たまにその頑張りが空回りすることも?
恋愛、苦手というより、嫌い。
淋しい、をちゃんと言えずにきた人。
×
八雲仁
30歳
大手菓子メーカー『おろち製菓』専務
背が高く、眼鏡のイケメン。
ただし、いつも無表情。
集中すると周りが見えなくなる。
そのことで周囲には誤解を与えがちだが、弁明する気はない。
小さい頃に母親が他界し、それ以来、ひとりで淋しさを抱えてきた人。
ふたりはちゃんと義兄妹になれるのか、それとも……!?
*****
千里専務のその後→『絶対零度の、ハーフ御曹司の愛ブルーの瞳をゲーヲタの私に溶かせとか言っています?……』
*****
表紙画像 湯弐様 pixiv ID3989101
【完結済】25億で極道に売られた女。姐になります!
satomi
恋愛
昼夜問わずに働く18才の主人公南ユキ。
働けども働けどもその収入は両親に搾取されるだけ…。睡眠時間だって2時間程度しかないのに、それでもまだ働き口を増やせと言う両親。
早朝のバイトで頭は朦朧としていたけれど、そんな時にうちにやってきたのは白虎商事CEOの白川大雄さん。ポーンっと25億で私を買っていった。
そんな大雄さん、白虎商事のCEOとは別に白虎組組長の顔を持っていて、私に『姐』になれとのこと。
大丈夫なのかなぁ?
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる