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4話
しおりを挟む金曜日はカナタの機嫌がいい。曰く、明日と明後日は美琴とずっと一緒にいられるから、らしい。
仕事が終わったら最速で帰ってくる! と宣言をし、その言葉通り18時20分にはもう帰ってきた。
ここまでだと仲のいい恋人同士のやりとりに見えなくもないが、それを聞かされている美琴は、今日も鎖でベッドに繋がれている。
◇
でも機嫌がいいせいか、朝、いつもされるタオルの猿轡を、今日はされなかった。
「えっと、タオル……」
「ん? してほしいの?」
「嫌!」
慌てて首を振った。カナタは可笑しそうに微笑んでいる。
「はは、だよね。美琴は俺との約束守って、大声出さないでいてくれるって信じてるから、やめることにしたんだよ」
「え……?」
「いい子に待ってられるでしょ? 俺が帰ってくるまでちゃんと」
「は、はい」
内心どきどきしていた。ここに来て二日目の昼間、となりの家のインターホンが鳴るのを聞き、もしかしたら気づいてもらえるかもしれないと、猿轡の奥からくぐもった声を出し続けたこと。
でも気づいてはもらえずに、足音は去って行ってしまったこと。
猿轡がなくなれば、あの作戦が今度こそうまくいくかもしれない。
◇
言うことを聞いている限りカナタは自分ににひどいことをしないし、可能な限り優しく接してくれるということがだんだん確信に変わってきて、最初はほとんど摂れなかった食事が喉を通るようになってきた。
反抗しない限り絶対に殺されることはないという、ある種の安心感は、美琴にわずかな希望を与えた。
テーブルに向かい合って二人で弁当を食べながら、昼間ベッドのそばで見つけたカナタ宛のハガキを思い出す。
楠木奏。
フルネームを見とめた瞬間、今までモンスターのように思われていたカナタの存在が、現実味を帯びたような気がした。
食事をしながら彼のことをこっそり見つめる。薄めだが整った顔をしていて、目元のホクロもどちらかというとセクシーだし、彼女がいても、結婚していても、まったく不思議ではないように見える。
現に定期入れを渡された時も、ナンパから助けられた時も、この内面を知るまでは少しだけドキッとしたりもしていた。
なにがこの人の人生を狂わせたんだろう?
彼が美琴の視線に気づいて、目と目が合った。にこっと笑われ、とっさに目をそらす。
「美琴、おいしい?」
「、はい」
「俺、料理とかできなくて。あんまり代わり映えしなくてごめんね」
「いえ。あの、服……」
「ん?」
「違う服にしてほしい」
「だめだよ」
今、美琴の下着は洗濯されていて、全裸にカナタの白いTシャツを着ている状態だった。サイズが大きいので丈の短いワンピースのようではあるが、胸の形がはっきり分かってしまって恥ずかしい。
「いい眺めだな。すごい格好だよね、まだ処女なのに」
「……っ」
「美琴は彼氏、いたことないの?」
「な、ないです」
「嬉しいけど、なんで? こんなに可愛いのに」
「私、地味だし、そういうのよくわからないし」
「えー信じられない、皆が見る目なかったことに感謝しないと」
カナタの狂気をより感じるのは、こんな何気ない瞬間だったりする。美琴を閉じ込めて鎖で繋いでおいて、良心の呵責や悩みなどなにもなさそうに平然としているところ。
「……どうしてこんなことしたんですか」
箸を置き、ずっと聞きたかった質問をぶつける。彼は驚く様子もなく、まったく悪びれたふうもなく、断言した。
「どうしてって。美琴を自分だけのものにしたかったからだよ」
「……なんで私なの? あの日、一度しか会ったことがなかったのに」
「あの日以降も何度も見かけたよ。俺はずっと君だけを見てた」
「それってどういう」
「俺、死のうと思ってたんだよ。あの日」
「え?」
「美琴に会って、笑いかけてくれたとき、俺は救われた思いがした。それで死ぬのはやめようと思ったんだ。君が、側にいてくれるなら」
「なにを言ってるの……?」
私は側にいるんじゃなくて強制的にいさせられているだけなのに。
「俺ずっと待ってるから、少しずつでいいから、気持ち、受け入れてもらえないかな」
「……こんなことされて、無理に決まってるじゃない」
「美琴は俺のことが嫌い?」
カナタが心配そうな表情で美琴の顔を覗き込んでくる。
怒りと恐怖で身体が震えた。
好きとか嫌いとかの問題ではない。こんな出会い方じゃなければ、こんな人間じゃなければ、あるいは違ったのかもしれないけれど。他人を監禁するような狂気を持った男を受け入れるなんてできるわけがない。
うまく言葉にできず返事をしない美琴を見て、彼は乾いた声で呟く。
「いいんだ、今は気づいてもらえなくても。こんなに美琴のこと愛してるのは俺だけだって、いずれわかる時がくるよ」
「もうやだ……」
「美琴?」
「帰りたいよぉ」
涙がポロポロ溢れてくる。反抗してはいけない、とわかってはいるけれど、心の底から出た声だった。
私の願いを聞いて。彼の心に届いて。家に帰して。
「……泣かないで。美琴に泣かれるとゾクゾクする。泣き顔見てると我慢できなくなる。これ以上傷つけたくないのに、俺、なにするかわかんないよ」
興奮を堪えた口調。美琴の中に広がる絶望。やっぱりカナタは頭がおかしいんだ。泣いてる姿に欲情するなんて、狂ってる……。
◇
「ほら、口開けて」
美琴はその日、絶望に支配されて抜け殻のようになったまま、初めて口で奉仕させられた。カナタのそれは熱くて大きくて、まだ挿れられてこそいないものの、自分の中の大切ななにかがこの男に奪われてしまったこと、もう綺麗だった頃には戻れないことを、思い知った。
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