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16話
しおりを挟む「美琴、ごめん、機嫌なおして」
「もうやだ、カナタの変態……」
恥ずかしくて、存在ごと消えてなくなりたくて、どうしようもなくぐずぐずと泣いている。
もう二度と取り戻せないものを失ってしまったような気がする。
カナタは口では謝っているが、心の中ではまったく反省していないのが感じ取れるので、それがまた頭にきて仕方がない。
カナタは美琴が鍵をかける前に押し入ってきて、狭いトイレに向かい合った。そんなことになると思ってもみなかった美琴は、下着をおろした状態のまま驚いて固まってしまった。後ろ手にドアを閉めたカナタは、もうてこでもここから動かないという雰囲気を醸し出していて、目が合った瞬間くちびるの端を釣り上げた。
「……出てってよ」
「嫌だ」
「だめ、もう出ちゃうから、」
「いーよ出して。」
いいわけがない。いいか悪いかは私が決めることなのに。美琴は唇を噛んで耐えようとした。でも何時間もずっと我慢していたし、便座に腰を下ろしたことによって気持ちがゆるみ、我慢の限界に達していた。
結果、あまりの羞恥と屈辱感に涙目になりながら、ついに、出してしまう。狭い空間に静かな水音が響いた。
ちょうど目の前でカナタのそこがしっかり反応しているのを見て、心の底から軽蔑した。排泄音を聞きながら勃たせているなんて、変態だ。早く逮捕されて、もう一生刑務所から出て来なければいいのに。呪いながら用を足し終わり、永遠にも思えた苦痛の時間も同時に終わった。
美琴の気持ちは完全に無視して勝手に興奮したカナタは、その場でキスをしてきて、得意の「可愛い」を連発しながらトイレットペーパーでそこを優しく拭ってくる。愛くるしいとでも言うように、強く強く抱きしめてくる。
◇
「ね、もういいだろ。そろそろ許してくれないかな」
「許す?」
お門違いな言葉を発する目の前の男に、侮蔑の冷たい視線を投げかける。美琴はこれまでに一度だってカナタの行為を許したことなんてない、という強い気持ちを込めたつもりだったが、ヘラヘラしているところを見るに少しも伝わっていないらしい。
「俺は美琴が他人に見せたことがないような姿が見たいだけなの。全部独り占めしたいんだよ。なんで分かんないのかな」
伝わっていないばかりか、分かってもらえないことが心外だとでも言いたげな話しぶりにまた腹が立つ。腹が立つのに、いくら打ち解けても命を握られている事実は未だ変わらないので、振り切った反抗もできない。
「……分かんない。変態だよ」
「どこが変態なの? 普通だよ」
「普通なわけないじゃない。自覚がないの?」
「いや、俺が変態だったら、だれか一人を真剣に愛している人間は全員変態ってことになるよ」
人をひとり監禁している人間の言うこととはまるで思えない。カナタは日頃は優しくて、犯人と被害者の関係をまったくないものとすれば、基本はおだやかで紳士的な男性だ。しかしこういうところが決定的に狂っていて、まさにその部分こそが、彼が紛れもない犯罪者であることを美琴に思い出させる。
「もうしないから機嫌なおして。俺も早く帰ってくるつもりだったんだ。でも、どこかで家の鍵を落としたみたいで、探してるうちに遅くなって……」
「鍵を落とした?」
トイレを覗いたことではなく帰宅が遅くなったことを謝っている無神経さに詰め寄りたい気持ちが沸き起こったが、鍵というワードが出たのでつい反応してしまった。
カナタの持っているキーケースには、この家の鍵のほかに、美琴を繋いでいる鎖の、南京錠の鍵もついているからだ。
「うん、でも、見つかったんだ。初め会社の管理人室に行って届けられていないか確認したんだけど、なくて。でも、駅のすぐそばの交番に行ったら届いてた」
「そう……それで遅くなったんだ」
「意外と時間かかっちゃってさ。ごめんな、ほんとに」
真摯に謝っているが論点がズレている。でも話しているうちにもうどうでもよくなって、と言うより、狂っている人に正論を説いても分かり合えないということを思い出して、怒りを手放した。断じて許したのではない、とりあえず、今は手放したというだけのことだ。
再びカナタの手元に返ってきてしまった鍵。美琴を監禁し、そして解き放つ、鍵。
それが一時でもカナタ以外の誰かの手に渡ったところを想像して、美琴は、どことなく切ないような、安らぐような、形容しがたい気持ちになった。
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