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12.嫉妬
しおりを挟むノアに頭を撫でられながら、気がついたら眠ってしまっていたらしい。起きたときにはすでに正午だった。だんだん昼夜が逆転していき、吸血鬼の生活サイクルに近づいて行ってしまうんじゃないかと考えて少しだけ不安になる。
「アメリア、おはよう」
顔を洗いにバスルームに向かう途中、廊下の一角に魔法をかけているアメリアを見つけた。僕の声に振り向いた顔は相変わらずかわいいものの、わずかに疲れの色が見える。
「気安く話しかけないでよ。あんた、餌なら餌らしく、さっさとノア様に血を飲ませたらどうなの」
「な、なんの話だよ」
さわやかな陽気の中で突然ひどいことを言われ、僕は怯んでしまった。
「なんの話って、ノア様の顔色が日増しに悪くなってることに気がつかないの?」
「でも……ノアは僕が拒否したとき、気にするなって言ったんだ。もう、血をくれとは言わないって……」
「このままじゃ、ノア様が死んでしまうわ。だいたいあんた、どうして自分だけがノア様のお部屋で一緒に寝られるかわかってないわけ?」
「どういうこと?」
「あんたが餌だからよ。私はそうじゃないから別の部屋で寝てるの。わかった?」
挑発的な言葉に煽られて、僕は歯を食いしばった。
「……でも、僕はノアと友達になったんだ」
「友達?」
アメリアが鼻で笑う。腹は立たなかった。人間と吸血鬼が友達になるだなんて、確かに馬鹿馬鹿しいことだ。アメリアの言うことはもっともで、人間である僕はやっぱりノアの餌でしかないのだろう。
でも。
『だからお前が言うように、まずは友達になろう』
ノアはそう言ってくれた。僕はそれが本当に嬉しかった。アメリアになんと言われても、僕は今日も友達のために、美しい絵を描くのだ。
◆
日が暮れたあとで、僕が夕食を済ませて食堂から出ると、アメリアとノアが話している声が聞こえてきた。ふたりは広間にいるらしい。アメリアがかけた魔法を確認しているのかもしれない。
ノアにおはようと挨拶をするつもりで、僕は声のする方に向かった。今書いている絵も完成に近づいてきた。今度のは空の絵だ。昼間の景色を見られないノアに、美しい世界をひとつでも多く切り取って見せてあげたい。
「アメリアは昔よりも魔法をかけるのが上手になったな」
ドアを細く開けたところで、ノアの声がはっきりと聞こえた。向かい合って立っているふたりの姿が見える。
「本当ですか? 嬉しい!ノア様、大好き!」
「ああ、本当だよ。ありがとう」
ノアの白くて綺麗な手が、アメリアの頭を撫でた。それを見た瞬間、僕は胸が痛み、どうしていいかわからなくなって踵を返した。その拍子に細く開いたドアが音を立てて閉まって、「ウィリー?」と僕の名前を呼ぶノアの声が小さく聞こえた。
どうしてノアが褒めてくれるのは自分だけだなんて思っていたんだろう。
僕は馬鹿だ。そしてノアも。
胸の痛みとともに、吸血鬼への理不尽な怒りも湧き上がってくる。
……あんなやつに血なんかやるもんか。ノアなんか、飢え死にすれば良いんだ。
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