懐古屋

式羽 紺次郎

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第五章

アンケート

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微かに恐怖を感じるものはあったが、すぐに彼女の笑顔は聖母を思い起こさせる優しいものに変わったことで
僕は不安を頭から消し飛ばして彼女についていくことに決めた。好奇心が恐怖に打ち勝ってしまった。
彼女に続いて長い廊下を歩く。廊下のライトは感知式になっている様で、彼女の歩きに合わせて
次々と明かりが付いていく。振り返ると僕らが通り過ぎたところのライトは既に消えていた。
なんだか玄関がひどく遠く見えるな。そんなことを考えながら歩いていると不意に彼女が立ち止まり、こちらを振り返った。
「お客様。こちらの部屋でお待ちください。」
彼女は、また笑顔でそう言った。
彼女が手を差し伸べる方に目を向けると、そこには向かい合ってソファーが一組置いてあった。
ソファーの間には、木製の机が置いてあり、部屋の雰囲気を柔らかく演出していた。
僕が、部屋の中を覗くばかりで入室することをためらっていると、彼女が僕に向かってこう言った。
「お客様。大変失礼いたしました。わたくし当館の支配人でありますサクラダと申します。ご挨拶が遅くなりましたことお詫び申し上げます。」
「お客様にこの部屋でお待ちになっていただく間、簡単なアンケートに答えていただきます。そのアンケートに答えていただいた内容からお客様に最適な
 過去のご自分をわたくし共の方でお連れさせていただく運びとなっておりますので、どうかご安心してお席についてくださいませ。」
僕は彼女の言葉と差し出された手に誘導されるまま、不思議な雰囲気のするその部屋に足を踏み入れた。
そこは、ソファーと机以外には装飾品などは何もなく、がらんとした印象をあたえるものであった。
しかし、温かい雰囲気の木製の机とまるで外国映画で高貴な老人が腰かけるながら、美しい湖を眺めていそうな、そんな上等な雰囲気を醸し出す一人掛けのソファーのおかげだろうか
僕が腰を掛けたソファーの周りだけは寂しい雰囲気を感じることがなく、リラックスした精神状態を得ることが出来た。
僕がソファーに腰を掛けたことを見届けてから、彼女はこちらに向かい深くお辞儀をして部屋を後にした。
僕は一人きりになった部屋を見渡した。だが、特に何も装飾もないことを確認出来ただけで好奇心を満たすものは
なかったため、僕は机の上に目をやった。
机の上の紙を見つけたとき、僕は彼女の台詞を思い出した。
アンケートだ。彼女は僕にアンケートに答えるようにと言っていた。
そのころには僕の体からはアルコールは抜けており、かなり冷静な頭でアンケートの文章に目を通すことが出来た。
内容は想像していたものよりも普遍的な設問だった。

1.あなたが人生で最も印象に残っている出来事はなんですか?
  具体的なエピソードを書いてください。

2.あなたの人生においてやり直しがしたい時期はいつですか?

3.あなたが過去の自分にアドバイス出来るとしたらどのような言葉を掛けたいですか?
  ※時期や年齢等お書きください。

4.あなたが人生において大切なものは何であると考えますか?

ここまでの4つの設問は日常でこそ聞かれることはないだろうが、街頭アンケートなどにはあってもおかしくないような
ものだった。実際、このうち似たような設問をテレビ番組でタレントが答えているのを見たことがある。
その際、そのタレントの少女時代の写真が出てきて、貧しい生活ながら家族と仲睦まじく暮らしている様子が写っていた。
有名人となった今、父と母に恩返ししたいのだと涙ながらに語っていたことを思い出した。
僕にもそんな感動的なエピソードがあればよいのだが、生憎両親とはここ何年か会っていない。
だが、特に仲が悪いということでもなく、母からは偶に携帯に電話がかかってくる。
どんなことを答えたら良いのか。そんなことを考えていると4問目の少し下にもう1つ設問があることに気が付いた。
そしてそれは、とても奇妙な、僕には設問の意味するところがすぐには理解できないものだった。



5.あなたは過去の自分に会うことに同意しますか?  はい  いいえ


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