9 / 185
第9話 ストーカー
しおりを挟む
~音咲華多莉視点~
◇ ◇ ◇
「やっほー!これから学校に行ってきま~す」
私はスマートフォンを少し斜めに傾けて、内部カメラを見つめる。歩きながらだとスマホを持つ手が安定しない。ふとカメラから画面に写るコメント欄に目をやると、音が聞こえないといった意味のコメントがたくさん流れてきていた。
「え?音出てない?」
その時、私の腕は強引に引っ張られる。腕を強く引いた男性と目があった。赤い瞳にオレンジ色の髪。彼は愛しのエドヴァルド様だった。その瞬間私の乱れた長い黒髪の先端を軽トラックが弾く。
バランスを崩した私とエドヴァルド様は道路に横たわった。
私は轢かれそうになったドキドキとエドヴァルド様に救われたドキドキが掛け合わさり心臓が今にも破裂しそうだった。
──エドヴァルド様の体温が感じられる。
私はエドヴァルド様の温もりを全身に記憶した。そして魅力的な唇を見て、次に彼の赤い瞳を見ようとした。キスをしても良いかと目で訴えようとしたのだが、私の目の前にいたのはエドヴァルド様とは似ても似つかない、冴えない陰キャ男子の顔がそこにあった。
私は驚いて地面に両手をついた。そして陰キャ男子は私の胸を揉みしだく。
「この変態!!」
私は彼をビンタする。
◇ ◇ ◇
目が覚めた。ここはベッドの上。いつもの私の泊まる部屋だ。脱ぎ捨てられた衣服、デスクの上や床は化粧品と私のお気に入りのお菓子の食べカスで散らかっていた。しかしこんなに汚い部屋でも清掃を頼めば元通りになる。
私はベッドから起き上がり、はだけたバスローブを着直して洗面台へ向かった。途中まで素晴らしい夢を見ていたのに台無しだった。
──どうしてエドヴァルド様があの陰キャに……アイツの名前なんだっけ…えっと、織原だ!織原朔真……
おそらく昨日の出来事とその日の夜にエドヴァルド様の配信を観た為にあのような夢を見てしまったのではないかと分析した。
スマートフォンを手に取り、エドヴァルド様のご尊顔を拝んでから、私は身支度を整える。
今日はドラマの撮影日。私は今日の予定を整理する。台本を持ってホテルの下に待機しているマネージャーと合流し、マネージャーの運転する車で現場まで移動して、おっと、ホテルのロビーに部屋の清掃を頼んでおかなきゃ。そうしないと部屋が綺麗にならない。
身支度を整えた私は部屋を出て赤い絨毯の上を音もなく歩き、きらびやかな装飾の施された調度品を眺めながらエレベーターを待った。エレベーターが到着するとそれに乗り、下の階まで降りる。
広いロビーにはくつろげるラウンジ、朝はグランドピアノの調べが私を優しく撫で付ける。朝日が射し込むホテルの入り口、ロータリーに車を止めて、その前でマネージャーの加賀美英子が腕を組ながら立っている。高身長の加賀美はパンツスーツ姿でいかにもビジネスウーマンのような出で立ちだ。そんな彼女は私に会うなり何か言いたげだった。私はそれを察知すると無視して直ぐにトヨタのヴェルファイヤに乗り込む。
加賀美は溜め息をついて、運転席に座った。少しだけ乱暴にドアが閉められた気がした。
「昨日の件は──」
「わかってるって、今後は通学中にライブ配信なんてしないから」
「そう……」
車は音もなく発進する。ホテルから出ようと加賀美はハンドルをきった。私は加賀美のハンドルをきるその音が好きだった。
何故通学中にライブ配信をしたかと言うと、いつもと違う時間帯でライブ配信をすればもっと多くの人に自分を認知してもらえるのではないか、そう思ったのだ。そして危うく事故を起こしかけたが、幸い織原朔真に助けられた。
助けられる瞬間を思い出したその時、私の胸がドキリと跳ねた気がする。きっと今朝見た夢が関係しているのだろう。そんな時、運転中の加賀美が声をかけてくる。
「昨日、助けてくれた人にちゃんとお礼したの?」
うっ、と私は溢す。
──してない……本当は体育館裏でするつもりだった……
私の呻き声を聞き取った加賀美はハンドルから片手を離し、顔を覆うようにうなだれる。
「やっぱり……」
私は不意に、言い訳を口にしていた。
「だ、だってアイツ私の胸を触ったのよ!?」
「…それは、故意に触ってきたってこと?」
「たぶん…ちがう……」
私はわかっていた。あの時は気が動転していて、同じ制服を着た男子生徒に自分の失態を見られたのが恥ずかしかったのだ。
──故意じゃない……
「だったらちゃんとお礼を言わなきゃダメじゃない」
「…そうだけど……」
「だけどじゃないでしょ?」
私がエドヴァルド様にサブアカでラブツイートをしていたのも織原に見られたかもしれない、そう思って体育館裏で問い質したのだが、アイツは本当に何も見ていない様子だった。
──サブアカのララ。
ララは、私のもう1人の人格みたいなものだ。今まで多くの役を演じてきた。アイドル、ドラマでの探偵役に男勝りの姫の役、看護学校の学生の役、デスゲームに参加した女の子役、陸上部のエースの役、どれも魅力的な役ではあったが、ララになると私は安心できた。
エドヴァルド様を知り、敬愛する。彼を応援したい、そして応援している自分が好き、それがララだった。
様々な私を演じて疲れきっている時でも、エドヴァルド様の配信を見て、ララとして彼を応援していると全てを忘れられた。誰かを応援している時、それは普段の自分から抜け出せる唯一の瞬間なのかもしれない。
現実逃避とはまた少し違うような、応援の対象であるエドヴァルド様に恥じぬ自分でいよう、そう思えるのだ。
だからこそララは私の理想であり、安らぎでもある。そして何か嫌なことがあるとララのアカウントに入っては、投稿してしまう。
『好き好き♡本当に大好き♡♡♡♡今日はどんな姿で現れてくれるの?今から待ちきれない♡♡♡♡♡』
こんなことを言うとエドヴァルド様を道具のように扱っていると思う人もいるかもしれない。自分を安心させるために彼を利用しているのだから。しかし私にとっては嫌なことが起きると大切な人のことを思い出してモチベーションを上げるみたいなもので、その大切な人を思い出す準備段階でララになっておきたいのだ。
人によっては嫌なことが起きるとSNSに愚痴を溢したりしてストレスを発散させたりするだろうが、それが私にとってはエドヴァルド様を思い出して愛を伝えることに変換される。
愚痴を溢すよりも愛で満たしていたい。
それが私の考えなのだ。しかし、私は外に出れば常にアイドルとしての自分でいなければならない。
それなのに、私はララとなってSNSに投稿したのをクラスの男子、それも私の胸を揉みしだいた男子にそれを見られた可能性があった。
投稿内容が愛を伝える内容なだけに、私に付き合っている男性がいるのではないかと誤解されかねない。
普通の女の子なら恥ずかしいとかその程度で終るかもしれないが私の場合はスキャンダルを狙うリポーターが周囲にうようよといる。しかもそれが事実でもなく噂程度でも仕事がキャンセルになったりと多くの人に迷惑をかける可能性があるのだ。
だから私のスマホを覗いた織原朔真には話を聞かなきゃいけない。しかし体育館裏に行った時、いや初めて彼と会った時から、私は織原朔真の前ではアイドルとしての音咲華多莉ではいられなかった。
車に轢かれかけたせいで戸惑っていたからだと今となっては思う。その戸惑いの最中、胸を触られ、演じなければならないアイドルとしての振る舞いを完全に忘れていた。
あれが本来の私なのかもしれない。クラスメイトの前で出すアイドルとしての私ではなく、恥ずかしくなって暴力を振るう女。美優や茉優と一緒にいる時とはまた違う私。ララとは正反対な自分。一度そんな私を見せてしまったら後戻りなんてできなかった。
そして体育館裏でお礼を言おうと意気込んだが、伝えられなかった。
あの時の自分の意気地無さに嫌気がさしそうだったので私は話題を変えた。
「わかったからもうその話はおわり。これからドラマの撮影なんだから。このイタコ探偵は絶対成功させなきゃいけないし……」
私は鞄から台本を取り出した。今回撮るシーンは私が演じるイタコ探偵が犯人を追い詰めるシーンだ。イタコとは亡くなった人の霊を自分に乗り移らせ、その言葉を語る人のこと。殺人事件や幽霊騒動等に巻き込まれる主人公を私が演じる。第1話では、死んだ催眠術師の霊を取り込んで、5円玉に糸を取り付けて振り子のようにして事件の目撃者に催眠をかけるシーンをやった。そしてこれから撮る第2話は、幽霊騒動と思いきや依頼女性と親しくしていた男性が実はストーカーで、その人が犯人というオチの話だ。
私は台本をめくり、スマートフォンを探す。しかしスマートフォンはどこにもなかった。
「スマホ忘れた!」
おそらくホテルの部屋の中だ。
「スマホがなくても撮影はできるでしょ?」
マネージャーの加賀美が言い返す。
「ダメ!!監督さんに指摘されたメモがスマホに入ってるの!!」
それにあのスマホにはエドヴァルド様のロザリオがついている。あれを握っているとエドヴァルド様を感じられた。
「え!?なんでスマホに?台本に直接書き込めば──」
「ペン持ってなかったからスマホにいれておいたの!!」
はぁ、と溜め息をつく加賀美は急ハンドルをきって来た道を戻る。遠心力によって私は盛大に傾いた。
一瞬でホテルに戻るとロビーに忘れ物をしたと告げる。急いでいたせいか今朝聴こえてきたピアノの旋律は聴こえてこない。
「そのお部屋でしたら只今清掃中でして──」
「良いからカードキーをください!」
「清掃の者に確認を……」
フロントスタッフがもたついていると、背後から支配人がやってきた。良いタイミングだ。その支配人がもたつくフロントスタッフに告げる。
「カードキーを彼女に渡してください」
フロントスタッフはしぶしぶ鍵を渡してきたが、その表情は最後まで抵抗の意思を示していた。鍵を受け取った私は、エレベーターホールへと向かう。その途中、私の背後で支配人が私の正体を明かしたのか、フロントスタッフの驚きの声が聞こえてきた。
私はそれに構わず、先程まで宿泊していた部屋へと急いだ。目的の階につき、ゆっくりと上品に開くエレベーターの扉をこじ開けるようにしてくぐる。
目的の階に着くと、私の宿泊していた部屋の前には清掃道具が一式積まれているカートが止まっていた。私はカードキーをかざして扉を開ける。
中には清掃スタッフ、ハウスキーパーの男性がいた。ここのホテルの制服に身を包み、私の部屋を綺麗にしてくれている。
しかし私はこの男性を見て違和感を抱く。
──制服を着ているというよりは着せられているような……私とさして年齢が変わらない?
そしてハウスキーパーの彼の手には私のスマートフォンが握られている。私は目当てのモノが見つかった安堵により声を出す。
「あ、それ私の──」
彼に近づいた瞬間、私が今まで抱いていた違和感の正体に気がついた。ハウスキーパーの顔を見ると彼は私の隣の席にいる男子、織原朔真だった。
そして私は悟る。
何故昨日通学路ではない道に彼がいたのか。何故私を助けることができたのか。何故私のスマートフォンを覗き込んでいたのか。何故今私の泊まっていた部屋にいて私のスマートフォンを握っているのか。イタコ探偵よろしく、私は答えを導き出した。
「あなた、私のストーカーだったのね!!」
◇ ◇ ◇
「やっほー!これから学校に行ってきま~す」
私はスマートフォンを少し斜めに傾けて、内部カメラを見つめる。歩きながらだとスマホを持つ手が安定しない。ふとカメラから画面に写るコメント欄に目をやると、音が聞こえないといった意味のコメントがたくさん流れてきていた。
「え?音出てない?」
その時、私の腕は強引に引っ張られる。腕を強く引いた男性と目があった。赤い瞳にオレンジ色の髪。彼は愛しのエドヴァルド様だった。その瞬間私の乱れた長い黒髪の先端を軽トラックが弾く。
バランスを崩した私とエドヴァルド様は道路に横たわった。
私は轢かれそうになったドキドキとエドヴァルド様に救われたドキドキが掛け合わさり心臓が今にも破裂しそうだった。
──エドヴァルド様の体温が感じられる。
私はエドヴァルド様の温もりを全身に記憶した。そして魅力的な唇を見て、次に彼の赤い瞳を見ようとした。キスをしても良いかと目で訴えようとしたのだが、私の目の前にいたのはエドヴァルド様とは似ても似つかない、冴えない陰キャ男子の顔がそこにあった。
私は驚いて地面に両手をついた。そして陰キャ男子は私の胸を揉みしだく。
「この変態!!」
私は彼をビンタする。
◇ ◇ ◇
目が覚めた。ここはベッドの上。いつもの私の泊まる部屋だ。脱ぎ捨てられた衣服、デスクの上や床は化粧品と私のお気に入りのお菓子の食べカスで散らかっていた。しかしこんなに汚い部屋でも清掃を頼めば元通りになる。
私はベッドから起き上がり、はだけたバスローブを着直して洗面台へ向かった。途中まで素晴らしい夢を見ていたのに台無しだった。
──どうしてエドヴァルド様があの陰キャに……アイツの名前なんだっけ…えっと、織原だ!織原朔真……
おそらく昨日の出来事とその日の夜にエドヴァルド様の配信を観た為にあのような夢を見てしまったのではないかと分析した。
スマートフォンを手に取り、エドヴァルド様のご尊顔を拝んでから、私は身支度を整える。
今日はドラマの撮影日。私は今日の予定を整理する。台本を持ってホテルの下に待機しているマネージャーと合流し、マネージャーの運転する車で現場まで移動して、おっと、ホテルのロビーに部屋の清掃を頼んでおかなきゃ。そうしないと部屋が綺麗にならない。
身支度を整えた私は部屋を出て赤い絨毯の上を音もなく歩き、きらびやかな装飾の施された調度品を眺めながらエレベーターを待った。エレベーターが到着するとそれに乗り、下の階まで降りる。
広いロビーにはくつろげるラウンジ、朝はグランドピアノの調べが私を優しく撫で付ける。朝日が射し込むホテルの入り口、ロータリーに車を止めて、その前でマネージャーの加賀美英子が腕を組ながら立っている。高身長の加賀美はパンツスーツ姿でいかにもビジネスウーマンのような出で立ちだ。そんな彼女は私に会うなり何か言いたげだった。私はそれを察知すると無視して直ぐにトヨタのヴェルファイヤに乗り込む。
加賀美は溜め息をついて、運転席に座った。少しだけ乱暴にドアが閉められた気がした。
「昨日の件は──」
「わかってるって、今後は通学中にライブ配信なんてしないから」
「そう……」
車は音もなく発進する。ホテルから出ようと加賀美はハンドルをきった。私は加賀美のハンドルをきるその音が好きだった。
何故通学中にライブ配信をしたかと言うと、いつもと違う時間帯でライブ配信をすればもっと多くの人に自分を認知してもらえるのではないか、そう思ったのだ。そして危うく事故を起こしかけたが、幸い織原朔真に助けられた。
助けられる瞬間を思い出したその時、私の胸がドキリと跳ねた気がする。きっと今朝見た夢が関係しているのだろう。そんな時、運転中の加賀美が声をかけてくる。
「昨日、助けてくれた人にちゃんとお礼したの?」
うっ、と私は溢す。
──してない……本当は体育館裏でするつもりだった……
私の呻き声を聞き取った加賀美はハンドルから片手を離し、顔を覆うようにうなだれる。
「やっぱり……」
私は不意に、言い訳を口にしていた。
「だ、だってアイツ私の胸を触ったのよ!?」
「…それは、故意に触ってきたってこと?」
「たぶん…ちがう……」
私はわかっていた。あの時は気が動転していて、同じ制服を着た男子生徒に自分の失態を見られたのが恥ずかしかったのだ。
──故意じゃない……
「だったらちゃんとお礼を言わなきゃダメじゃない」
「…そうだけど……」
「だけどじゃないでしょ?」
私がエドヴァルド様にサブアカでラブツイートをしていたのも織原に見られたかもしれない、そう思って体育館裏で問い質したのだが、アイツは本当に何も見ていない様子だった。
──サブアカのララ。
ララは、私のもう1人の人格みたいなものだ。今まで多くの役を演じてきた。アイドル、ドラマでの探偵役に男勝りの姫の役、看護学校の学生の役、デスゲームに参加した女の子役、陸上部のエースの役、どれも魅力的な役ではあったが、ララになると私は安心できた。
エドヴァルド様を知り、敬愛する。彼を応援したい、そして応援している自分が好き、それがララだった。
様々な私を演じて疲れきっている時でも、エドヴァルド様の配信を見て、ララとして彼を応援していると全てを忘れられた。誰かを応援している時、それは普段の自分から抜け出せる唯一の瞬間なのかもしれない。
現実逃避とはまた少し違うような、応援の対象であるエドヴァルド様に恥じぬ自分でいよう、そう思えるのだ。
だからこそララは私の理想であり、安らぎでもある。そして何か嫌なことがあるとララのアカウントに入っては、投稿してしまう。
『好き好き♡本当に大好き♡♡♡♡今日はどんな姿で現れてくれるの?今から待ちきれない♡♡♡♡♡』
こんなことを言うとエドヴァルド様を道具のように扱っていると思う人もいるかもしれない。自分を安心させるために彼を利用しているのだから。しかし私にとっては嫌なことが起きると大切な人のことを思い出してモチベーションを上げるみたいなもので、その大切な人を思い出す準備段階でララになっておきたいのだ。
人によっては嫌なことが起きるとSNSに愚痴を溢したりしてストレスを発散させたりするだろうが、それが私にとってはエドヴァルド様を思い出して愛を伝えることに変換される。
愚痴を溢すよりも愛で満たしていたい。
それが私の考えなのだ。しかし、私は外に出れば常にアイドルとしての自分でいなければならない。
それなのに、私はララとなってSNSに投稿したのをクラスの男子、それも私の胸を揉みしだいた男子にそれを見られた可能性があった。
投稿内容が愛を伝える内容なだけに、私に付き合っている男性がいるのではないかと誤解されかねない。
普通の女の子なら恥ずかしいとかその程度で終るかもしれないが私の場合はスキャンダルを狙うリポーターが周囲にうようよといる。しかもそれが事実でもなく噂程度でも仕事がキャンセルになったりと多くの人に迷惑をかける可能性があるのだ。
だから私のスマホを覗いた織原朔真には話を聞かなきゃいけない。しかし体育館裏に行った時、いや初めて彼と会った時から、私は織原朔真の前ではアイドルとしての音咲華多莉ではいられなかった。
車に轢かれかけたせいで戸惑っていたからだと今となっては思う。その戸惑いの最中、胸を触られ、演じなければならないアイドルとしての振る舞いを完全に忘れていた。
あれが本来の私なのかもしれない。クラスメイトの前で出すアイドルとしての私ではなく、恥ずかしくなって暴力を振るう女。美優や茉優と一緒にいる時とはまた違う私。ララとは正反対な自分。一度そんな私を見せてしまったら後戻りなんてできなかった。
そして体育館裏でお礼を言おうと意気込んだが、伝えられなかった。
あの時の自分の意気地無さに嫌気がさしそうだったので私は話題を変えた。
「わかったからもうその話はおわり。これからドラマの撮影なんだから。このイタコ探偵は絶対成功させなきゃいけないし……」
私は鞄から台本を取り出した。今回撮るシーンは私が演じるイタコ探偵が犯人を追い詰めるシーンだ。イタコとは亡くなった人の霊を自分に乗り移らせ、その言葉を語る人のこと。殺人事件や幽霊騒動等に巻き込まれる主人公を私が演じる。第1話では、死んだ催眠術師の霊を取り込んで、5円玉に糸を取り付けて振り子のようにして事件の目撃者に催眠をかけるシーンをやった。そしてこれから撮る第2話は、幽霊騒動と思いきや依頼女性と親しくしていた男性が実はストーカーで、その人が犯人というオチの話だ。
私は台本をめくり、スマートフォンを探す。しかしスマートフォンはどこにもなかった。
「スマホ忘れた!」
おそらくホテルの部屋の中だ。
「スマホがなくても撮影はできるでしょ?」
マネージャーの加賀美が言い返す。
「ダメ!!監督さんに指摘されたメモがスマホに入ってるの!!」
それにあのスマホにはエドヴァルド様のロザリオがついている。あれを握っているとエドヴァルド様を感じられた。
「え!?なんでスマホに?台本に直接書き込めば──」
「ペン持ってなかったからスマホにいれておいたの!!」
はぁ、と溜め息をつく加賀美は急ハンドルをきって来た道を戻る。遠心力によって私は盛大に傾いた。
一瞬でホテルに戻るとロビーに忘れ物をしたと告げる。急いでいたせいか今朝聴こえてきたピアノの旋律は聴こえてこない。
「そのお部屋でしたら只今清掃中でして──」
「良いからカードキーをください!」
「清掃の者に確認を……」
フロントスタッフがもたついていると、背後から支配人がやってきた。良いタイミングだ。その支配人がもたつくフロントスタッフに告げる。
「カードキーを彼女に渡してください」
フロントスタッフはしぶしぶ鍵を渡してきたが、その表情は最後まで抵抗の意思を示していた。鍵を受け取った私は、エレベーターホールへと向かう。その途中、私の背後で支配人が私の正体を明かしたのか、フロントスタッフの驚きの声が聞こえてきた。
私はそれに構わず、先程まで宿泊していた部屋へと急いだ。目的の階につき、ゆっくりと上品に開くエレベーターの扉をこじ開けるようにしてくぐる。
目的の階に着くと、私の宿泊していた部屋の前には清掃道具が一式積まれているカートが止まっていた。私はカードキーをかざして扉を開ける。
中には清掃スタッフ、ハウスキーパーの男性がいた。ここのホテルの制服に身を包み、私の部屋を綺麗にしてくれている。
しかし私はこの男性を見て違和感を抱く。
──制服を着ているというよりは着せられているような……私とさして年齢が変わらない?
そしてハウスキーパーの彼の手には私のスマートフォンが握られている。私は目当てのモノが見つかった安堵により声を出す。
「あ、それ私の──」
彼に近づいた瞬間、私が今まで抱いていた違和感の正体に気がついた。ハウスキーパーの顔を見ると彼は私の隣の席にいる男子、織原朔真だった。
そして私は悟る。
何故昨日通学路ではない道に彼がいたのか。何故私を助けることができたのか。何故私のスマートフォンを覗き込んでいたのか。何故今私の泊まっていた部屋にいて私のスマートフォンを握っているのか。イタコ探偵よろしく、私は答えを導き出した。
「あなた、私のストーカーだったのね!!」
1
あなたにおすすめの小説
クラスでバカにされてるオタクなぼくが、気づいたら不良たちから崇拝されててガクブル
諏訪錦
青春
アルファポリスから書籍版が発売中です。皆様よろしくお願いいたします!
6月中旬予定で、『クラスでバカにされてるオタクなぼくが、気づいたら不良たちから崇拝されててガクブル』のタイトルで文庫化いたします。よろしくお願いいたします!
間久辺比佐志(まくべひさし)。自他共に認めるオタク。ひょんなことから不良たちに目をつけられた主人公は、オタクが高じて身に付いた絵のスキルを用いて、グラフィティライターとして不良界に関わりを持つようになる。
グラフィティとは、街中にスプレーインクなどで描かれた落書きのことを指し、不良文化の一つとしての認識が強いグラフィティに最初は戸惑いながらも、主人公はその魅力にとりつかれていく。
グラフィティを通じてアンダーグラウンドな世界に身を投じることになる主人公は、やがて夜の街の代名詞とまで言われる存在になっていく。主人公の身に、果たしてこの先なにが待ち構えているのだろうか。
書籍化に伴い設定をいくつか変更しております。
一例 チーム『スペクター』
↓
チーム『マサムネ』
※イラスト頂きました。夕凪様より。
http://15452.mitemin.net/i192768/
【完結】好きって言ってないのに、なぜか学園中にバレてる件。
東野あさひ
恋愛
「好きって言ってないのに、なんでバレてるんだよ!?」
──平凡な男子高校生・真嶋蒼汰の一言から、すべての誤解が始まった。
購買で「好きなパンは?」と聞かれ、「好きです!」と答えただけ。
それなのにStarChat(学園SNS)では“告白事件”として炎上、
いつの間にか“七瀬ひよりと両想い”扱いに!?
否定しても、弁解しても、誤解はどんどん拡散。
気づけば――“誤解”が、少しずつ“恋”に変わっていく。
ツンデレ男子×天然ヒロインが織りなす、SNS時代の爆笑すれ違いラブコメ!
最後は笑って、ちょっと泣ける。
#誤解が本当の恋になる瞬間、あなたもきっとトレンド入り。
罰ゲームから始まった、五人のヒロインと僕の隣の物語
ノン・タロー
恋愛
高校2年の夏……友達同士で行った小テストの点を競う勝負に負けた僕、御堂 彼方(みどう かなた)は、罰ゲームとしてクラスで人気のある女子・風原 亜希(かざはら あき)に告白する。
だが亜希は、彼方が特に好みでもなく、それをあっさりと振る。
それで終わるはずだった――なのに。
ひょんな事情で、彼方は亜希と共に"同居”することに。
さらに新しく出来た、甘えん坊な義妹・由奈(ゆな)。
そして教室では静かに恋を仕掛けてくる寡黙なクラス委員長の柊 澪(ひいらぎ みお)、特に接点の無かった早乙女 瀬玲奈(さおとめ せれな)、おまけに生徒会長の如月(きさらぎ)先輩まで現れて、彼方の周囲は急速に騒がしくなっていく。
由奈は「お兄ちゃん!」と懐き、澪は「一緒に帰らない……?」と静かに距離を詰める。
一方の瀬玲奈は友達感覚で、如月先輩は不器用ながらも接してくる。
そんな中、亜希は「別に好きじゃないし」と言いながら、彼方が誰かと仲良くするたびに心がざわついていく。
罰ゲームから始まった関係は、日常の中で少しずつ形を変えていく。
ツンデレな同居人、甘えたがりな義妹、寡黙な同クラ女子、恋愛に不器用な生徒会長、ギャル気質な同クラ女子……。
そして、無自覚に優しい彼方が、彼女たちの心を少しずつほどいていく。
これは、恋と居場所と感情の距離をめぐる、ちょっと不器用で、でも確かな青春の物語。
昔義妹だった女の子が通い妻になって矯正してくる件
マサタカ
青春
俺には昔、義妹がいた。仲が良くて、目に入れても痛くないくらいのかわいい女の子だった。
あれから数年経って大学生になった俺は友人・先輩と楽しく過ごし、それなりに充実した日々を送ってる。
そんなある日、偶然元義妹と再会してしまう。
「久しぶりですね、兄さん」
義妹は見た目や性格、何より俺への態度。全てが変わってしまっていた。そして、俺の生活が爛れてるって言って押しかけて来るようになってしまい・・・・・・。
ただでさえ再会したことと変わってしまったこと、そして過去にあったことで接し方に困っているのに成長した元義妹にドギマギさせられてるのに。
「矯正します」
「それがなにか関係あります? 今のあなたと」
冷たい視線は俺の過去を思い出させて、罪悪感を募らせていく。それでも、義妹とまた会えて嬉しくて。
今の俺たちの関係って義兄弟? それとも元家族? 赤の他人?
ノベルアッププラスでも公開。
隣の席のクールな銀髪美少女、俺にだけデレるどころか未来の嫁だと宣言してきた
夏見ナイ
恋愛
平凡な高校生、相沢優斗。彼の隣の席は『氷の女王』と噂のクールな銀髪美少女、雪城冬花。住む世界が違うと思っていたが、ある日彼女から「私はあなたの未来の妻です」と衝撃の告白を受ける。
その日から、学校では鉄壁の彼女が、二人きりになると「未来では当然です」と腕を組み、手作り弁当で「あーん」を迫る超絶甘々なデレモードに!
戸惑いながらも、彼女の献身的なアプローチに心惹かれていく優斗。これは未来で結ばれる運命の二人が、最高の未来を掴むため、最高の恋をする糖度MAXの青春ラブコメディ。
俺をフッた幼馴染が、トップアイドルになって「もう一度やり直したい」と言ってきた
夏見ナイ
恋愛
平凡な大学生・藤堂蓮には忘れられない過去がある。高校時代、告白した幼馴染の星宮瑠奈に「アイドルになるから」とこっ酷くフラれたことだ。
数年後、瑠奈は国民的アイドル『LUNA』として輝いていた。遠い世界の住人になった彼女との再会なんて、あるはずもなかった――そう、変装した彼女が俺の前に現れ、「もう一度やり直したい」と泣きつくまでは。
トップアイドルの立場を使い強引に迫る元幼馴染と、過去の傷。揺れ動く俺の日常を照らしてくれたのは、俺の才能を信じてくれる後輩・朝霧陽葵の存在だった。
俺をフッた幼馴染か、俺を支える後輩か。過去の清算と未来の選択を描く、ほろ苦くも甘い、逆転ラブコメディ、開幕。
10年ぶりに再会した幼馴染と、10年間一緒にいる幼馴染との青春ラブコメ
桜庭かなめ
恋愛
高校生の麻丘涼我には同い年の幼馴染の女の子が2人いる。1人は小学1年の5月末から涼我の隣の家に住み始め、約10年間ずっと一緒にいる穏やかで可愛らしい香川愛実。もう1人は幼稚園の年長組の1年間一緒にいて、卒園直後に引っ越してしまった明るく活発な桐山あおい。涼我は愛実ともあおいとも楽しい思い出をたくさん作ってきた。
あおいとの別れから10年。高校1年の春休みに、あおいが涼我の家の隣に引っ越してくる。涼我はあおいと10年ぶりの再会を果たす。あおいは昔の中性的な雰囲気から、清楚な美少女へと変わっていた。
3人で一緒に遊んだり、学校生活を送ったり、愛実とあおいが涼我のバイト先に来たり。春休みや新年度の日々を通じて、一度離れてしまったあおいとはもちろんのこと、ずっと一緒にいる愛実との距離も縮まっていく。
出会った早さか。それとも、一緒にいる長さか。両隣の家に住む幼馴染2人との温かくて甘いダブルヒロイン学園青春ラブコメディ!
※特別編6が完結しました!(2026.1.21)
※小説家になろう(N9714HQ)とカクヨムでも公開しています。
※お気に入り登録や感想をお待ちしております。
イケボすぎる兄が、『義妹の中の人』をやったらバズった件について
のびすけ。
恋愛
春から一人暮らしを始めた大学一年生、天城コウは――ただの一般人だった。
だが、再会した義妹・ひよりのひと言で、そんな日常は吹き飛ぶ。
「お兄ちゃんにしか頼めないの、私の“中の人”になって!」
ひよりはフォロワー20万人超えの人気Vtuber《ひよこまる♪》。
だが突然の喉の不調で、配信ができなくなったらしい。
その代役に選ばれたのが、イケボだけが取り柄のコウ――つまり俺!?
仕方なく始めた“妹の中の人”としての活動だったが、
「え、ひよこまるの声、なんか色っぽくない!?」
「中の人、彼氏か?」
視聴者の反応は想定外。まさかのバズり現象が発生!?
しかも、ひよりはそのまま「兄妹ユニット結成♡」を言い出して――
同居、配信、秘密の関係……って、これほぼ恋人同棲じゃん!?
「お兄ちゃんの声、独り占めしたいのに……他の女と絡まないでよっ!」
代役から始まる、妹と秘密の“中の人”Vライフ×甘々ハーレムラブコメ、ここに開幕!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる