心の花の国

いりえ。

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こころの花

開花宣言(○○)

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「ち、ちょっと待っててね」

 小学校の休み時間。
 私は自分の机に集まる六年生のクラスメイトたちにたどたどしくそう言って、胸をかくした。

 意識を集中してそこに合図をおくる。
 打ち合わせどおりにやってくれるかなと不安にもなったけど、薄目をあけて胸元を覗くと、希望どおりのものがそこに咲いていた。

「ど、どう……?」
 おそるおそる手をはなしてクラスメイトに見せる。すると、ワッと歓声が巻き起こり、みんなは歓迎の拍手をパチパチと鳴らしてくれた。

 私の胸元には、白くてフワフワとした見た目が特徴のサワフタギが咲いていた。
 ──花言葉は「緊張感」。文字どおり、私はいま緊張している。

 でも、クラスメイトは「おめでとう」と祝福の言葉を投げかけてくれた。
 みんなの胸元には、赤くて大きな苞が目立つポインセチアの花が咲いている。
 ──花言葉は「祝福」。みんな私を心から祝福してくれているということ。

「おめでとう!」
「やったね!」
「う、うん。ありがとう……」

 のどをつまらせながらも返事をする。
 みんなが咲かせる胸元の花のほうが輝いて見えて、なんだか少し気まずかった。

 ――心珠《しんじゅ》。
 私たち人間の胸にある、感情が花となってあらわれる体の器官の一つのこと。

 目や口や鼻、耳と同じように、他人とコミュニケーションをとるのに必要なもの。
 普段は黒くて石のように静かにしているけど、感情がたかぶるとそこが花に変化する。それを相手に見せることによって、自分がいま何を考えているのか相手に伝えるのだ。

 心珠はそのときどきによっていろんな花が咲く。
 花言葉がその感情と同じ意味を持っていて、みんなの心珠からポインセチアが咲いているのも、うそ偽りのない気持ちで私を祝ってくれているということ。

「おめでとうチカさん。これであなたも大人の仲間入りですわね」
 凜とした声で呼びかけられて、そちらに振り向く。
 そこには、同い年とは思えない優雅さを帯びたクラスメイト……委員長、リリさんが笑顔で握手を求めてきていた。

 風にそよぐ小麦畑のような長い金髪。派手ではないけど、涼しげな清涼感のある水色のワンピース姿という上品な服装だ。
 この女の子は、ここ──カハズ村の村長さんの一人娘でもある。
 お花の世話や土いじりが好きな私にとっては正反対で、また、苦手な人でもある。

「あ、ありがとうリリさん」
 リリさんの手を握り返す。

 私とは違って、リリさんの手はとても白くてスベスベしていた。私は土を毎日さわっているせいか、指先が少々荒れている。そのことを嫌がったりしていないだろうか。体が震えていることに気づかれていないだろうか……なんて勘繰ってしまう。

「しばらくは心珠を煩わしく思うかもしれませんけど、すぐに慣れますわ。もし不安なことがあったらいつでも相談に乗りますし、力になりますわよ」
 リリさんの胸にも立派なポインセチアが咲いている。少なくとも、いまはみんなと同じように私を祝ってくれているみたいだ。

 そして、ポインセチアがスルリと引っ込むと、次にくす玉のような花──アルメリアが咲いた。
 ──花言葉は「思いやり」「気づかい」。

「さ、このへんで解散しましょう。これ以上はチカさんの負担になるだけですし、みんな次の授業の準備をすべきですわ。もうすぐ先生もいらっしゃいますわよ」
 リリさんが手を叩いてそう告げると、みんな一斉に散っていった。

 ホッと胸をなでおろす。
 助かった。リリさんの言うとおり、私はたくさんの人に注目されるのは苦手だった。
 自分の心珠をジロジロと見られるのも怖かったし。それに、どうしてみんな心珠を見られることが平気なのか、とても不思議でもあった。

 リリさんは、慣れる、と言っているけど。
 心珠は、子供のころは胸にうまった黒い石のままなのだけど、体が成長すると感情に反応して花が咲くようになると学校の授業でならった。それを「開花」といって、世間では大人になった証として見られるのだ。

 心珠が開花すれば、大人に混じってお仕事を手伝えるようになるし、頭の良い学校の試験を受けるのも、開花が条件になってたりする。

「早速ですけど、お父様にもハトをつかって私から報告しておきますわ。これで六年生で心珠が開花してないのは、ウィルさんだけですわね」
 リリさんはボソリという。ハト、とは伝書鳩のこと。村の施設には連絡用に何羽か必ず常駐している。
 それと、ウィル、というのは、私の家のとなりに住む幼馴染みのことだ。同じクラスメイトでもあって、私の席から少し離れたななめうしろにその机はある。

 そちらに振り向くと、ウィルはむすりとした顔で私をにらんでいた。
 慌てて視線をそらす。それでも、背中からチクリチクリと針でつつかれているような錯覚があって、私はもうウィルのほうに目を向けなかった。
 間違いない。あれは何かを疑っている目だ。短くない付き合いなのでわかってしまう。

「祭の日までもう一ヶ月をきってますわ。どうかしらウィルさん。あなたの心珠はそれまでに開花する気配はあるのかしら?」
「ハン。そんなこと、オレが聞きたいくらいだよ」

 リリさんが質問をすると、ウィルは突っぱねるように答えた。
 だけど、リリさんはそんなウィルの機嫌を気にすることなく近寄り、さらにこんなことを言う。

「キチンと寝てる? 食事はちゃんとバランスよく食べてるかしら? 規則正しい生活をしないと、立派な花は咲きませんわよ」
「うるせーな、お前にとやかく言われる筋合いはねえだろ。だいたい、心珠の開花なんて個人差があるって教わったぜ。余計なお世話だ」
「いいえ。六年生はみんな心珠を咲かせてくれないと、祭の日に来てくれる観光客の方々に示しがつきませんわ。この村の子供は健やかに育っているということをアピールするためにも必要なこと。その意味がおわかり?」

 始まった。リリさんの村語りだ。ウィルは苦い顔をしてその言葉を受け止めている。
 私も少し前まで、ああいう自分ではどうしようもない注意を受けたことがある。

 どうにも、リリさんはカハズ村のお祭にくる村外の人たちに、ここがとてもいい村だということをアピールしたいらしいのだ。そうすれば村の発展に繋がるとかなんとかと、なんだか難しい話をされてうんざりした覚えがある。

 誰が言ったのか知らないけど、子供が健康に育ってるかどうかは心珠の開花によって判断されるらしい。健康に育ってる子供をみれば、村外の人たちがここに引っ越してきて、それで村が大きくなっていくのだとか。

 ちなみに、リリさんはまだアルメリアの花を咲かせたまま。
 つまり、リリさんはウィルや村のことを思いやって言ってるのだ。

 それがわかってるぶん、邪険にするのはなんだか気が引けて辛くもあった。
 だから、今日私が心珠の開花を見せることができたのは本当によかった。もうあのお小言を聞かなくて良いと思うと、とても安心できたから。
 ため息を一つつく。そんなとき、胸のなかでモゾモゾと動く触感があった。

「ど、どうだった?」
 小さな声で私を呼びかけるのは、手のひらくらいの大きさしかない白い妖精。クラスのみんなに見つからないよう、服の中に隠れてもらっていたのだ。

 私は人指し指と親指で丸を作り、笑顔で「バッチリよ」と返事をした。
 その瞬間、妖精も笑顔になる。

 実を言うと、私の心珠が咲いたというのは真っ赤なウソ。
 花が咲いたように見えたのは、この妖精が花に化けてくれたからなのだ。
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