心の花の国

いりえ。

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こころの花

あだ名

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「お花摘みのチカさん」というのは私につけられたあだ名だ。

 一昨年の話。私がまだ四年生だったころのこと。
 その日、私たちの学年は遠足に行く予定だった。

 だけど、私はその出発集合時間に遅れてしまったのだ。理由は、家の花壇の手入れとか水やりとか、花の世話をしていたのだ。
 時計を見なかった私が悪い。遅れたことに気づいた私は急いで学校へ走った。
 十五分の遅刻をした。その理由を先生に聞かれたとき、私はこう答えたのだ。

 ──ちょっとお花を摘んでいて、と。

 そうしたら、クラスのみんなに笑われてしまった。
 どうやら私がずっとお手洗いにこもっていたと勘違いされたらしい。

 そういう隠語があることを知ってはいたけど、別に意識して言ったことでもなかった。実際に花を摘んで部屋に飾っていたし。

 でも、クラスのみんなはそう捉えてしまったみたいで。
 そのせいで、私はニオイを気にされてクラスメイトたちから避けられるようになった。囃し立てられた私は、仲がよかった友達にも距離をとられた。

 それに加えて、その子たちは心珠の開花が早かったせいもあって、こんな花を胸から咲かせていた。
 赤と白とが混じったような花びらのシャクナゲ。
 花言葉は「荘厳」や「威厳」。そのほかにもこんな意味がある。

 ──「警戒」「敵意」。

 いつも手の届くところにいたはずの友達は近づいてくれなくなってしまって、それを見た私も身を引いてしまった。
 とてもつらかった。

 それ以来、同じクラスメイトとも打ち解けられず、クラス替えがされてからも親しくなった友達はいない。相手に不快な思いをさせるのが怖くて、臆病になってしまったのだ。
 それからは、より花の世話をするようになった。

 一生懸命花を育てていれば、きっと私の心珠の開花も早くなると思ったから。
 根拠はなにもないけど……でも。

 心珠を咲かせることができたら、私はまた友達を作ることができるんじゃないか……離れてしまった友達とも、また打ち解け合うことができるんじゃないか。

 みんなと対等になれば、きっと。
 だから、私は心珠の開花を心待ちにしていた。
 そんなとき、ココネと出会ったのである。

「……チカ、かわいそう」

 ウィルに絡まれてから少し気を持ち直し、私たちは畑をぬうようにしてあぜ道を歩いていた。
 背中を温めてくれている夕日が、私たちの帰りを後押しする。

「ココネは気にしないで。もとはといえば、私がキッカケを作っちゃったんだし」
「でも、だからってみんなチカを避けなくたっていいじゃない」
「きっと気を遣ってくれてるのよ。今のクラスにもそのあだ名が広まっちゃってて、また私を見て警戒する花を咲かせたら気まずくなっちゃうでしょ?」

 自分のイヤな気持ちは誰だって知られたくないだろう。私だって同じだ。

「心珠を咲かせることができれば、私は初めてみんなと同じになれるの。だから、ココネにはとても感謝してるんだから」
「う~ん、感謝してくれるのはありがたいけどさ」

 襟を掴んで見せる顔はどこか不服そうだ。どうしてだろう。

「心珠を咲かせて同じっていうのはなんだか違うと思う」
「え、どうして?」

「あのリリって人は、チカに親切にしてくれてるように見えたわ。心珠を咲かせなくても、あの人は友達になってくれそうだけど」
「リリさんは……なんていうのかしら。特別なのよ。みんなに平等に接するというか、委員長で責任感があるし、村長さんの一人娘だし。元から私より立場が上なのよ。私自身、リリさんのこと苦手に思っちゃってるから」

 リリさんはすごい人だと思う。私みたいな塞ぎ込みがちな生徒とも仲良くなろうとしてくれているのだから。周りの目なんか気にせず、誰がどんな心珠の花を咲かせようとも、強くて曲げない心を持っている。
 でも、そういうグイグイと勢いのある人はどうにも苦手で──

「チカってわりとわがままで意気地なしなのね。それは屁理屈だわ」
「そ、そんなことないもん。心珠が咲けば、全部もとどおりになるはずだもん」

 ちょっと駄々をこねるような言い方になってしまった。ココネならわかってくれると思ったのに。

「それにさ、心珠が咲かなくたってきっと誰とも仲良くなれるわよ。だって、私とハカセはお互い信頼してるし」
「あれ? ハカセさんとはケンカしてるんじゃなかったの?」
「……っ!」

 ココネはハッとしたように口を手でおさえた。
 あまりにも堂々と言うので、思わず声にだしちゃったのだけど。

「き、嫌いだもん! ハカセのことなんて大嫌いなんだから!」

 そう文句を散らすと、ココネは私の服の中へもぐりこんでしまった。
 なんとなく察する。口では怒っているけど、本当は仲直りしたいと思っているんじゃないかしら。心珠がなくたって、仲良くもなれるのなら仲直りもできる。ココネはそう伝えようとしていたし。

 ココネもハカセって人にも心珠はない。
 それでもお互い仲良くなれている。

 心珠は、誰かと誰かの気持ちをつなぐのに必要不可欠なものだと学校で教わった。
 心珠があるから、心を相手に見せることによって争いのおきない平和な世界になっているのだ、と。

 だけど、心珠がなくても親切にしてくれる人はいる。仲良くなれる妖精だっている。
 どうして心珠はあるのだろう。

 もし、心珠のない世界があるのなら、そこはみんな誰とも仲良くなれず、争いばかりが続いてるところなのだろうか。
 それとも、ココネやハカセさんみたいに、仲良くしたりケンカしたりするのだろうか。
 今は想像がつかない。

「ココネ、もうすぐ家につくから少しの間だけ顔を出さないでね。多分、誰もいないとは思うけどさ」

 返事はない。まだふてくされているみたいだ。でも、聞こえているはずなのでそのまま足を進める。

「あれ?」

 なんだろう。家から良い匂いがする。夕ご飯を支度している匂いだ。
 おかしいな。大人たちは遅い時間まで祭の準備でいそがしいはずなのに。今日は早めに終わったのだろうか。でも、下校途中の様子だとまだ作業をしてる人たちがたくさんいたように見えたけど。

「ただいまー」

 ドアをあける。玄関で靴を脱いで床にあがると、二人が私を出迎えてくれた。

「あ、おかりなさいチカ。村長さんから聞いたわ。心珠を咲かせたんですって?」

 お母さん。満面の笑みで料理をテーブルに運んでいて、とてもご機嫌だ。

「おめでとうチカ。遅咲きでも開花は開花だ。今日はそのお祝いをしようと思ってな」

 お父さん。夕飯のお手伝いをしていたのか、そでをめくって両手を水で濡らしている。

「あ、ありがとう。でも、どうしたの二人とも。お祭りの準備はもう終わったの?」

 めずらしい光景なので思わず聞いてみた。特に、お父さんはお祭りがなくてもお仕事で帰りが遅いはずなのに。
 二人とも心珠からカランコエの花を咲かせていた。
 花言葉は──「幸福を告げる」「たくさんの小さな思い出」「おおらかな心」。

「どうしたのって、さっき言ったじゃないか。お祝いだよお祝い」
「村長さんがね、今日はもう帰ってあげなさいって言ってくれたのよ。チカを祝ってあげるようお仕事に都合をつけてくれたの」

 どうして村長さんが、と考えてすぐに答えが出た。
 リリさんだ。リリさんが私の心珠を見たあと、伝書鳩をつかって村長さんに伝えておくと言っていた。だから、そのあと村長さんがお母さんとお父さんを早めに帰してくれたのだと思う。

「さ、手を洗ってうがいをしてきなさい。今夜はご馳走よ」
「う、うん」

 後ろめたい気持ちになりながら洗面台に向かう。
 お母さんもお父さんもとても嬉しそうだった。手を洗っていても、二人は鼻歌が聞こえてくるくらいに機嫌が良い。

 どうしよう。こんなにも喜んでくれるなんて思わなかった。心珠の開花がもしウソだとバレたら。
 きっと、二人ともとても残念に思うだろう。そのまえに、すごく怒るかもしれない。

 私は今日、たくさんの人にウソをついてきた。
 だって、学校のみんなと一緒になりたかったのだ。同じになりたかった。ココネに協力してもらうことで、その願いはやっと叶ったけど。

 なのに、どうしてこんなにも胸が苦しくなるのか。
 他人をだますことになるのは知っていた。
 でも、今さら辛い気持ちになるのはなぜだろう?

「チカ、大丈夫?」

 ココネが顔を出す。心配そうに私を見つめていて、なんだかぎこちない気分になった。

「……へーきよへーき。もうすぐ本当に心珠も咲くだろうしさ、ウソもそのうち、ね」

 どれだけ不安になっていたのだろう。ココネに心配されてしまって、お母さんとお父さんにはどんな顔を向けたら良いかわからなかった。
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