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妖精の森へ
妖精の森へ
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平日が終わって休日。
私とウィルは家の前で待ち合わせをして妖精の森へと向かった。
大人は今日も祭の準備にでかけている。もう祭の当日まで時間がなく、最近では休みの日も出かけてしまうのだった。場合によっては子供も手伝わされる。そんな事情もあり、村は祭り会場以外がらんと静かになっていた。
森の入り口までは誰にも見つからずに移動することができた。たまに大人が見回りにくるけれど、いまはその危険もない。
「ここから案内はできる?」
森は薄暗い。背の高い木々がたくさん生えているから。お昼時だからまだ見通しは良いほうだけれど、夜になるとどうなってしまうのだろう。ロウソクやランプは持ってきてないから、日の出ているうちに帰ってこなければならない。
「大丈夫よ。橋のある出口は見覚えがあるし」
架け橋を渡るとすぐそこが森の出入り口だ。
進んでみないとわからなかったけど、獣道が足元にできていた。基本はこれをたどっていけば良いらしい。
「オレが先に行く。チビは案内たのむぜ」
「だからチビはやめてってば」
ウィルが先頭を行く。その片手には丈夫な木の棒が握られていた。
川縁で拾った流木。森に入る前、ウィルはそれが硬いかどうか、長さは適当か入念に確かめていた。
私は学校から短くて使い物にならなくなった白のチョークを拝借していた。道すがら、適当な木をひっかいておけば、迷ったときや帰るときの目印として役に立つと思う。
森を少し進んだ先で、ココネがウィルにこんなことを注意した。
「無闇に振り回さないでよ。私やチカに当たったらとても痛そうだし」
「わかってる。これは狼対策だ」
狼がきたらこれで追い返すつもりでいるみたいだけど、その武器は別の用途もあった。
もしココネがウソをついていたなら、これではたき落とす。そのつもりでいることを、流木を拾ったときウィルは暗に告げた。ココネには悟られないように。
「森のなかって涼しいのね。夜になったら寒くなっちゃいそう」
気分を紛らわすため話題を変える。
カハズ村は上り坂も下り坂もない平地だ。晴れてさえいれば、太陽はまんべんなく光を注いでくれる。でも、森に入ったことのない私はちょっとした発見だった。日陰にいるよりもずっとひんやりとしているのだ。
「このあたりは日光がさえぎられてるからね。あまり温かくはないけれど、涼むにはちょうど良い場所なの」
道を案内しながらココネは得意げに言う。
多少ジメジメとしているけれど、蒸し暑いというわけじゃなかった。空気は森の外より澄んでいるような気がするし、サワサワと揺れる風が心地よくもあった。ときおり、鳥のさえずりや虫の凜とした泣き声も聞こえる。
そんな静かな森を見渡していると、ウィルはこんなことを尋ねた。
「お前以外に妖精はいないのかよ。大人の話じゃ妖精は追い出したって聞いてるけど」
「いないわ。私以外の妖精はいままでみたことないわね」
「仲間に置いてかれたのか?」
「違うっ、置いていかれたんじゃない! 気がついたら私だけしかいなかったの!」
大きな声で否定するココネに、私とウィルはギョッとする。
驚いていると、ココネもハッとしてすぐに「ゴメン」と謝ってくれた。
「その……目が覚めたらハカセの家にいたのよ。それより前の記憶が全然なくて、体の調子も悪かったけど、ハカセが必死に看病してくれたの。そのときに、森にまつわる話とか世界のこととか人間について少し教えてくれたんだけど」
感情に影をおとしながらココネは言う。やっぱり、仲間である妖精がいないのは寂しいのかもしれない。なんだか可哀想だと思った。
「悲観はしてないわよ。私にはハカセがいるから。でも、ハカセってば自分からは外にでようとしない人でさ、私が森の外に行ってみたいってお願いしても許してくれなくて」
ケンカの発端はそれだと前に聞いたことがある。家を飛び出して、そしてこの森で狼に襲われたのだ。
二年、とココネは言っていた。二年ほど森に住んでいる、と。
「ハカセさんに助けてもらったって、具体的にどこで倒れてたか聞いた?」
「えっと……森の中ほどよ。どうして私が倒れていたのかは知らないらしいけど。あと、ココネっていう名前はハカセがつけてくれたの。可愛いでしょ」
ココネは自慢げだけど、ことさらに話題を変えようとする態度に違和感があった。
記憶のない過去のことはあまり触れられたくないのかもしれない。
でも、ハカセさんの話が本当なら、ココネの謎は深まるばかりだ。
妖精の森から妖精が追い出されたのは、もう何十年も前の話。なのに、ココネは一人でずっとこの森に住んでいたことになる。
仲間が一人もいない森を、ココネはどう思っているのだろう。
「村の人たちのことは恨んでないわ。森を追い出されたのは、他の妖精の自業自得だと思うし。私はそんなことしないもん」
「ハハッ、チカを使って実際にしてるだろ。心珠が開花したように見せかけて、村のみんなを騙してるじゃん」
「う、それは……」
ウィルの指摘には耳が痛くなる。私は慌ててココネをかばった。
「私が頼みこんだのよ。ココネは悪くないわ」
「チカ……」
気まずい。
だけど、ウィルは「ふ~ん」と返事をしてこちらに少し振り向くだけ。答えに興味はなさそうだった。
「別にお前らの悪だくみなんてどうでもいいけどさ、ハカセってやつに会う前に聞いておきたいことが二つあるんだ」
そういうとウィルは足を止めて体をこちらに向け、私の胸元から顔を出しているココネを見つめた。
その視線は、どこか睨んでいるようでもある。
「一つ。そのハカセっていうのは何者なんだ? 心珠がない人間なんて聞いたことないぜ。本当になにも知らないのか?」
「……えっと」
「二つ目。森で二年暮らしてたってチカに聞いたけど、なんで今になって森から出ようなんて思ったんだ? ハカセってやつがいるなら寂しくないんだろ? なのに、我慢できなくなった理由は聞いてない。なんでだ?」
「…………」
「ココネ?」
黙り込むココネを呼びかけても、ウィルの質問が胸に深々と突き刺さっているかのようで、返事はなにも返ってこない。
私も言われるまで気づかなかった。
外に興味があったから。ハカセさんとケンカしたから。
そんな理由で家から飛び出してきたと聞いていたけど、そうなった経緯は話してもらえてない。ウィルはそこを尋ねているのだ。
「答えられないならオレたちはお前を置いて帰る」
「ま、待って。ウィルが帰るなら私一人でも……」
「ダメだ、お前は連れて帰る。オレは言ったぜ、そいつは本当に信用できるのか、って。話に乗った手前、得体の知れないやつとお前を一緒にするわけにはいかないんだよ。聞かないんなら実力行使だ」
武器である流木をこちらに向けて、ウィルは睨みをきかせた。どうしよう。ココネを抱いたまま引き返そうにも、森の出口までかなりある。
足が速いわけではないので、きっとすぐに追いつかれてしまうだろう。立ち向かおうにも、相手には武器がある。
かないっこない。
多分、ウィルはここまでのことを見越して私に着いてきてくれたのだ。
「安心しろ、今日のことは誰にも言ってない。手品だったって誤魔化しもいまなら効く。心珠のことはオレも口裏を合わせてやるから、チカ、そいつはここに置いていくんだ」
私とウィルは家の前で待ち合わせをして妖精の森へと向かった。
大人は今日も祭の準備にでかけている。もう祭の当日まで時間がなく、最近では休みの日も出かけてしまうのだった。場合によっては子供も手伝わされる。そんな事情もあり、村は祭り会場以外がらんと静かになっていた。
森の入り口までは誰にも見つからずに移動することができた。たまに大人が見回りにくるけれど、いまはその危険もない。
「ここから案内はできる?」
森は薄暗い。背の高い木々がたくさん生えているから。お昼時だからまだ見通しは良いほうだけれど、夜になるとどうなってしまうのだろう。ロウソクやランプは持ってきてないから、日の出ているうちに帰ってこなければならない。
「大丈夫よ。橋のある出口は見覚えがあるし」
架け橋を渡るとすぐそこが森の出入り口だ。
進んでみないとわからなかったけど、獣道が足元にできていた。基本はこれをたどっていけば良いらしい。
「オレが先に行く。チビは案内たのむぜ」
「だからチビはやめてってば」
ウィルが先頭を行く。その片手には丈夫な木の棒が握られていた。
川縁で拾った流木。森に入る前、ウィルはそれが硬いかどうか、長さは適当か入念に確かめていた。
私は学校から短くて使い物にならなくなった白のチョークを拝借していた。道すがら、適当な木をひっかいておけば、迷ったときや帰るときの目印として役に立つと思う。
森を少し進んだ先で、ココネがウィルにこんなことを注意した。
「無闇に振り回さないでよ。私やチカに当たったらとても痛そうだし」
「わかってる。これは狼対策だ」
狼がきたらこれで追い返すつもりでいるみたいだけど、その武器は別の用途もあった。
もしココネがウソをついていたなら、これではたき落とす。そのつもりでいることを、流木を拾ったときウィルは暗に告げた。ココネには悟られないように。
「森のなかって涼しいのね。夜になったら寒くなっちゃいそう」
気分を紛らわすため話題を変える。
カハズ村は上り坂も下り坂もない平地だ。晴れてさえいれば、太陽はまんべんなく光を注いでくれる。でも、森に入ったことのない私はちょっとした発見だった。日陰にいるよりもずっとひんやりとしているのだ。
「このあたりは日光がさえぎられてるからね。あまり温かくはないけれど、涼むにはちょうど良い場所なの」
道を案内しながらココネは得意げに言う。
多少ジメジメとしているけれど、蒸し暑いというわけじゃなかった。空気は森の外より澄んでいるような気がするし、サワサワと揺れる風が心地よくもあった。ときおり、鳥のさえずりや虫の凜とした泣き声も聞こえる。
そんな静かな森を見渡していると、ウィルはこんなことを尋ねた。
「お前以外に妖精はいないのかよ。大人の話じゃ妖精は追い出したって聞いてるけど」
「いないわ。私以外の妖精はいままでみたことないわね」
「仲間に置いてかれたのか?」
「違うっ、置いていかれたんじゃない! 気がついたら私だけしかいなかったの!」
大きな声で否定するココネに、私とウィルはギョッとする。
驚いていると、ココネもハッとしてすぐに「ゴメン」と謝ってくれた。
「その……目が覚めたらハカセの家にいたのよ。それより前の記憶が全然なくて、体の調子も悪かったけど、ハカセが必死に看病してくれたの。そのときに、森にまつわる話とか世界のこととか人間について少し教えてくれたんだけど」
感情に影をおとしながらココネは言う。やっぱり、仲間である妖精がいないのは寂しいのかもしれない。なんだか可哀想だと思った。
「悲観はしてないわよ。私にはハカセがいるから。でも、ハカセってば自分からは外にでようとしない人でさ、私が森の外に行ってみたいってお願いしても許してくれなくて」
ケンカの発端はそれだと前に聞いたことがある。家を飛び出して、そしてこの森で狼に襲われたのだ。
二年、とココネは言っていた。二年ほど森に住んでいる、と。
「ハカセさんに助けてもらったって、具体的にどこで倒れてたか聞いた?」
「えっと……森の中ほどよ。どうして私が倒れていたのかは知らないらしいけど。あと、ココネっていう名前はハカセがつけてくれたの。可愛いでしょ」
ココネは自慢げだけど、ことさらに話題を変えようとする態度に違和感があった。
記憶のない過去のことはあまり触れられたくないのかもしれない。
でも、ハカセさんの話が本当なら、ココネの謎は深まるばかりだ。
妖精の森から妖精が追い出されたのは、もう何十年も前の話。なのに、ココネは一人でずっとこの森に住んでいたことになる。
仲間が一人もいない森を、ココネはどう思っているのだろう。
「村の人たちのことは恨んでないわ。森を追い出されたのは、他の妖精の自業自得だと思うし。私はそんなことしないもん」
「ハハッ、チカを使って実際にしてるだろ。心珠が開花したように見せかけて、村のみんなを騙してるじゃん」
「う、それは……」
ウィルの指摘には耳が痛くなる。私は慌ててココネをかばった。
「私が頼みこんだのよ。ココネは悪くないわ」
「チカ……」
気まずい。
だけど、ウィルは「ふ~ん」と返事をしてこちらに少し振り向くだけ。答えに興味はなさそうだった。
「別にお前らの悪だくみなんてどうでもいいけどさ、ハカセってやつに会う前に聞いておきたいことが二つあるんだ」
そういうとウィルは足を止めて体をこちらに向け、私の胸元から顔を出しているココネを見つめた。
その視線は、どこか睨んでいるようでもある。
「一つ。そのハカセっていうのは何者なんだ? 心珠がない人間なんて聞いたことないぜ。本当になにも知らないのか?」
「……えっと」
「二つ目。森で二年暮らしてたってチカに聞いたけど、なんで今になって森から出ようなんて思ったんだ? ハカセってやつがいるなら寂しくないんだろ? なのに、我慢できなくなった理由は聞いてない。なんでだ?」
「…………」
「ココネ?」
黙り込むココネを呼びかけても、ウィルの質問が胸に深々と突き刺さっているかのようで、返事はなにも返ってこない。
私も言われるまで気づかなかった。
外に興味があったから。ハカセさんとケンカしたから。
そんな理由で家から飛び出してきたと聞いていたけど、そうなった経緯は話してもらえてない。ウィルはそこを尋ねているのだ。
「答えられないならオレたちはお前を置いて帰る」
「ま、待って。ウィルが帰るなら私一人でも……」
「ダメだ、お前は連れて帰る。オレは言ったぜ、そいつは本当に信用できるのか、って。話に乗った手前、得体の知れないやつとお前を一緒にするわけにはいかないんだよ。聞かないんなら実力行使だ」
武器である流木をこちらに向けて、ウィルは睨みをきかせた。どうしよう。ココネを抱いたまま引き返そうにも、森の出口までかなりある。
足が速いわけではないので、きっとすぐに追いつかれてしまうだろう。立ち向かおうにも、相手には武器がある。
かないっこない。
多分、ウィルはここまでのことを見越して私に着いてきてくれたのだ。
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