心の花の国

いりえ。

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妖精の森へ

黒い影

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 お願いを聞いてくれたのは、最悪の事態を想定していたから。
 私がココネに騙されている可能性。

 でも、確証がないのだから信じても良いはず。そう主張したいのに、私はこれ以上ココネを庇うことができなかった。

「ついでだからもう一つ聞いておくぜ。どうして村に繋がる橋から獣道ができてるんだ?あれは長いあいだ誰かが何度も通った証拠だろ。でも、ハカセってやつは森から出ていないって聞いてる。普段は飛んでるお前が獣道を作れるはずもない。この道は誰がいつも使ってるんだ?」
「し、知らない、それは本当に知らないわ! ハカセと出会ってからもこの道はあったし、ハカセ以外の人間は誰も見たことない。本当よ!」

 叫びのようにココネは主張する。
 この様子から察するに、ウソをついているようには見えない。

 じゃあ、答えに詰まった二つの質問はどうして答えられなかったのか。
 ココネを信じたい。だけど、その困惑が私にも乗り移ってしまって何も言えずにいた。

「まともな答えが返ってこない時点でオレたちには何のメリットもねえんだよ。だから、ここで置いていくって言ってるんだ」

 今度は私がにらまれる。
 その視線は、必ず森から連れて帰るという強い意志が感じられた。

 こんな森の真ん中にココネを置いていきたくない。でも、ウィルの言ってることは的を得ているような気がしている。どうしたらいいんだろう。

 お互い見つめ合ったままどれくらい時間が経ったのだろう。
 ──ココネがその静けさを破って叫ぶ。

「……っ、ウィル! うしろ!」

 促されて私もそちらに目をやる。
 そこには、牙をむき出しにして威嚇する狼の姿があった。

「チカ! オレの後ろに隠れてろ!」

 言われるがまま、私はウィルの背中にひっついた。
 かなり大きな狼だ。四つ足で立ってるから私たちより頭は低いけど、体長でみると私たちと同じかそれ以上はある。あんなのに組みつかれたら、振り払うことも難しいだろう。

 何より、あの牙を見るだけで背筋が凍る。かみつかれでもしたら、痛いどころの騒ぎじゃなくなる。たくさん血が出て死んでしまうかもしれない。

「こ、こいつだわ。私の羽をかみちぎったのはこの狼よ!」
「んなもん見りゃわかる!」

 焦りを振り払うようにしてウィルは叫ぶ。その声は震えていた。
 ウィルも怖いのだ。

「チカ、周りに狼の仲間がいないか見張っててくれ。こいつらは群れで行動するって聞いたことがある」
「う、うん……」

 返事はするものの、仲間がいたらそれはそれで絶望的状況に変わりはない。
 前にいる狼に気を配りつつ、周囲に目をこらす。獣道以外は雑草や木が多く生えているため、狼が隠れられる場所なんて無数にあった。もし取り囲まれていたとしたら。

「あ、あれ?」
「どうした」
「お、狼の後ろあたりに、大きな影みたいなものが見えたような。クマ?」
「ホントか? だけど、チビが言うにはクマはいないって……っ!」

 そのときだった。
 狼が地をかけてウィルに飛びかかってきたのだ。

「このっ!」

 ウィルは流木を狼の体に叩きつける。ドン、と鈍い音とともに狼はのけぞるけど、草むらに紛れ込んでしまってどこにいるか見えなくなってしまった。

 がさがさという音は聞こえるのだけど、どこから飛びかかってくるかわからない。
 そう迷った次の瞬間──

「きゃっ」

 狼は私に飛びかかってきた。
 恐怖で体がこわばっているせいか動くこともできない。

 そんなとき肩を押される。ウィルが私を庇ってくれたのだ。
 持っていた流木を突き立てて再度狼を振り払う。しかしこれも効いてないのか、体勢を立て直すとすぐに私たちに牙を向けてきた。

 だけど、今度はウィルが攻勢にでる。一歩踏み出し、流木を狼へ振り下ろす。
 狼の額に当たる。その直前。

「……っ」

 ガッ、と。流木は狼に当たるより先、横から割り込んできた黒い影に阻まれてしまう。
 その影はとても大きかった。大人よりも身長が大きいんじゃないだろうか。

「うわっ」

 流木を掴まれウィルもろとも振り払われてしまう。体が勢いそのままに地面を転がり、近くの木にぶつかってとても痛そうだった。

「ウィル!」
「い、てて……へ、平気だ。それよりもあいつ」

 強がりを無視して体の具合を見る。
 ヒザをすりむいていた。すぐに立ち上がろうとしてふらつくところから、このままじゃまともに走ることはできなさそう。
 肩を貸しながらウィルの視線の先にいる影を私も見つめた。

「ハカセ!」
「え?」

 ココネが影をそう呼ぶ。
 呼びかけには応えず、影は狼と対峙していた。

 その大きさからか、狼もすぐには襲ってこない。警戒し、ウ~と低くうなり声をあげ、ずっと犬歯をむき出しにしている。
 にらみ合い。

 ──だけど、そんな緊張はすぐにかき消えてしまった。

 キャンキャン。
 場違いな可愛らしい声が聞こえる。

 トテトテとあらわれたのは、三匹の小さな子犬。
 三匹とも狼に寄り添い、構ってほしいのか周りをウロウロとするのだった。

「子供を、守ってたのか?」

 ウィルの呟きは正解なのだろう。
 狼は私たちを警戒しつつも、子犬たちを連れてその場から離れていく。
 これで一つの危機は去った。残ってるのは。

「…………」

 影がこちらに体を向け、私たちを見下ろす。
 とても大きい。私たち子供の倍近い身長があるんじゃないだろうか。少なくとも、お母さんやお父さんよりももっと大きい。

 ヒザまである長くて黒いコートに、黒い髪、黒のブーツと黒づくしだ。これならクマと見間違えても仕方がない。
 でも、ココネはこの大きな影を「ハカセ」と呼んだ。なら……。

「ハカセ、勝手に出て行ってごめんなさい! でも、罰ならあとで受けるからいまは私の話を聞いてほしいの!」

 私の服から飛び出して、ココネはそう強く訴えかけた。
 やっぱり、この人がハカセさんなのだろう。訴えをどう受け止めたのか、ココネを一瞥するとハカセさんは私とウィルのもとに近づき、しゃがみこんで目線を合わせてきた。

 表情はわからない。影で覆われているせいだ。
 年齢はいくつくらいだろう。お母さんやお父さんよりも若そうに見える。近づかれると不気味に思ってしまうけど、ココネはそんなこと気にせず、ハカセさんの肩によじ登っていた。

 ウィルの傷を見てくれてる?
 そう気づいたと同時、

「来い」
「うわ」

 ウィルの体がひょいと持ち上げられる。軽々と肩に担がれ、まるで荷物扱いのようだ。

「ちょ、なんだお前! 降ろせ! 一人で歩ける!」

 バタバタと抵抗するが、ハカセさんは気にした風もなく森を進み続ける。私もどうして良いかわからず、心配でついていくしかなかった。

「安心して、家に戻ったらハカセが傷の手当てをしてくれるってさ」

 ハカセさんの頭の上からココネがそう教えてくれる。それを聞いてホッと一安心した。ウィルも暴れるのはやめて運ばれるがままになる。

 この人がハカセさん。
 ココネから話を聞いて知ってはいたけど、予想よりもずっと迫力のある人だ。
 クマかと見間違うくらいの大きな身長、汚れてるけど、お医者さんのような出で立ち。間違いなくカハズ村の住人じゃない。こんな人がいたらすぐに記憶に残るだろうから。

 ココネが安心していたり傷の手当てをしてくれるところから、悪い人ではないと思う。でも、不安に思うことが一つだけあった。
 ハカセさんがしゃがみこんだときに見えた胸元。

 心珠がなかった。
 人間に必ず備わっているはずの体の器官が、どこにも見当たらなかったのだ。
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