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妖精の森へ
おかえり。
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「何日ぶりかしら。なつかしのわが家だわあ」
ココネが玄関の靴箱に降り立ち、うーん、と伸びをした。私の家より自分の家のほうが落ち着くのだろう。それが少しほほえましかった。
ココネとハカセさんの家は、狼と出会ったところよりさらに奥にあった。
森に自然とできた空間らしく、ポツンと一軒だけあるのは隠れ家のよう。私やウィルの家より小さいけれど、庭は畑やたくさんの花々に埋め尽くされていて色鮮やかだった。
それらはきっと、ハカセさんが世話をしているのだと思う。
「ちょっと散らかってるけど、まあ気にしないで。私はいっつも片付けてってハカセには言ってるのよ」
ウィルは丸イスに座らされる。ハカセさんはゴチャゴチャと何かを探すように棚を漁っていた。
「チビ……これはちょっとどころじゃないと思うぜ。なあ?」
「うん」
唖然とする。同意を求められて思わず頷いてしまった。人様の家に招かれてこんなことを言うのも失礼だけど、汚い。
家の外はとても華やかなのに、家の中はたくさんの物であふれかえっていた。
机の上には書類らしきものが山を築き、それよりも高く、何かの辞典類が床から平積みされている。戸棚にも紐留めしてある書類や書物が所狭しと並び、外は太陽で明るいというのに、ここは日没したかのようだった。
やっぱり学者さんなのだろうか。心珠の研究をしてるとココネから聞いていたし、本の多さや学校の実験室でも見たことのないような器具も見かけて、なんとなくそう思った。
「いっつ……」
ハカセさんが消毒液を傷口に塗る。傷が染みるのか、ウィルは歯を食いしばってうめいていた。
でも、その手さばきは早かった。薬を塗ってガーゼを張り、包帯をクルクルと巻く動作がとても手慣れている感じがしたのだ。
ほどなくして処置は終わる。どこか悔しそうな表情で、ウィルは包帯を見つめていた。
「お礼は言わないぜ。お前に邪魔されなきゃ、ケガなんかしなかったんだからな」
「ちょっとウィル、そんな言い方……」
「事実だろ。こいつに吹っ飛ばされてオレは」
「だけど、あの狼は子供を守ろうとしてただけじゃない。ハカセさんはそれを知ってたから止めに入ってくれたのよ。狼にもしものことがあったら」
「……チッ」
舌打ちをされたけど、ウィルはそこでようやく矛をおさめてくれた。
「わっ。私の部屋ホコリが積もってるじゃない! ハカセ掃除してくれなかったの!?」
家具を伝って窓際に移動したココネは、それを見て嘆くように訴えた。
それ、というのは大きな鳥かごのようなもの。花柄のレースが上からかぶせられているけど、その上には綿埃が積もっていた。
「ココネ。勝手に。出て行った。知らない」
「んもー」
ドタドタとココネはその場で足踏みする。駄々をこねる子供みたいだ。
でも、私もウィルもハカセさんのぶつ切りにしたようなしゃべり方が気になった。
「なんだあれ」
「さ、さあ。ココネの様子をみるとあれが普段どおりっぽいけど」
だけど、二人のやりとりを見ているとその雰囲気が変わる。
「ココネ。どこ。行ってた。ボク。心配した。とても。たくさん。探した。でも。ココネ。いなかった」
「う……そ、それは……」
抑揚のない声音だけど、確かな怒りを感じた。当然といえば当然だけど、ハカセさんは不安だったのだろう。私が川縁で見つけなければ、ココネはどうなっていたか。
「ハカセがいけないのよ! 村に行こうっていっても賛成してくれないし、ずっとここで生活しなきゃいけないなんて、私イヤだって言ったでしょ!」
「村の外。ダメ。村の人。ボクたち見ると。怖がる。怯える。だから。ダメ」
「ダメダメばっかり言わないでよ! そんなんじゃいつまで経ってもハカセの病気は治らないじゃない! だから私は」
どんっ、と。
窓際の壁に、ハカセさんは力一杯拳を打ちつけた。その行為に私とウィル、それとココネも体をびくつかせる。
「ココネ。ケガ。してる。でも。その程度で。よかった。だけど。次は。わからない」
「…………」
ハカセさんは背を向けているため、その表情をみているのはココネしかいない。でも、迫力には鬼気せまるものがあった。
「ココネ。無事でよかった。ボク。ひとり。寂しい。でも。ココネ。帰ってきてくれた。嬉しい。本当に。……おかえり」
「……う、うぁ、ぁ……ヒック……ごめんな、ざい……」
ココネはそこでぺたんと座り込んでしまい、わんわんと大声で泣き始める。
ハカセさんは指でココネの頭を優しくなでる。すると、すがりつくようにココネはそれに抱きつき、さらに強く声をあげるのだった。
どれだけ怖かっただろう。辛かっただろう。
私が見つけて助けたものの、そのあとの生活だって不便だったに違いない。姿を見られずに過ごさなきゃいけないならなんてなおさら。
私もウィルも何も言えなかった。
そんなとき、ハカセさんがくるりとこちらに向き直る。
感情は相変わらずわからないけれど。でも。
ハカセさんは、深々と私たちに頭を下げるのだった。
ココネが玄関の靴箱に降り立ち、うーん、と伸びをした。私の家より自分の家のほうが落ち着くのだろう。それが少しほほえましかった。
ココネとハカセさんの家は、狼と出会ったところよりさらに奥にあった。
森に自然とできた空間らしく、ポツンと一軒だけあるのは隠れ家のよう。私やウィルの家より小さいけれど、庭は畑やたくさんの花々に埋め尽くされていて色鮮やかだった。
それらはきっと、ハカセさんが世話をしているのだと思う。
「ちょっと散らかってるけど、まあ気にしないで。私はいっつも片付けてってハカセには言ってるのよ」
ウィルは丸イスに座らされる。ハカセさんはゴチャゴチャと何かを探すように棚を漁っていた。
「チビ……これはちょっとどころじゃないと思うぜ。なあ?」
「うん」
唖然とする。同意を求められて思わず頷いてしまった。人様の家に招かれてこんなことを言うのも失礼だけど、汚い。
家の外はとても華やかなのに、家の中はたくさんの物であふれかえっていた。
机の上には書類らしきものが山を築き、それよりも高く、何かの辞典類が床から平積みされている。戸棚にも紐留めしてある書類や書物が所狭しと並び、外は太陽で明るいというのに、ここは日没したかのようだった。
やっぱり学者さんなのだろうか。心珠の研究をしてるとココネから聞いていたし、本の多さや学校の実験室でも見たことのないような器具も見かけて、なんとなくそう思った。
「いっつ……」
ハカセさんが消毒液を傷口に塗る。傷が染みるのか、ウィルは歯を食いしばってうめいていた。
でも、その手さばきは早かった。薬を塗ってガーゼを張り、包帯をクルクルと巻く動作がとても手慣れている感じがしたのだ。
ほどなくして処置は終わる。どこか悔しそうな表情で、ウィルは包帯を見つめていた。
「お礼は言わないぜ。お前に邪魔されなきゃ、ケガなんかしなかったんだからな」
「ちょっとウィル、そんな言い方……」
「事実だろ。こいつに吹っ飛ばされてオレは」
「だけど、あの狼は子供を守ろうとしてただけじゃない。ハカセさんはそれを知ってたから止めに入ってくれたのよ。狼にもしものことがあったら」
「……チッ」
舌打ちをされたけど、ウィルはそこでようやく矛をおさめてくれた。
「わっ。私の部屋ホコリが積もってるじゃない! ハカセ掃除してくれなかったの!?」
家具を伝って窓際に移動したココネは、それを見て嘆くように訴えた。
それ、というのは大きな鳥かごのようなもの。花柄のレースが上からかぶせられているけど、その上には綿埃が積もっていた。
「ココネ。勝手に。出て行った。知らない」
「んもー」
ドタドタとココネはその場で足踏みする。駄々をこねる子供みたいだ。
でも、私もウィルもハカセさんのぶつ切りにしたようなしゃべり方が気になった。
「なんだあれ」
「さ、さあ。ココネの様子をみるとあれが普段どおりっぽいけど」
だけど、二人のやりとりを見ているとその雰囲気が変わる。
「ココネ。どこ。行ってた。ボク。心配した。とても。たくさん。探した。でも。ココネ。いなかった」
「う……そ、それは……」
抑揚のない声音だけど、確かな怒りを感じた。当然といえば当然だけど、ハカセさんは不安だったのだろう。私が川縁で見つけなければ、ココネはどうなっていたか。
「ハカセがいけないのよ! 村に行こうっていっても賛成してくれないし、ずっとここで生活しなきゃいけないなんて、私イヤだって言ったでしょ!」
「村の外。ダメ。村の人。ボクたち見ると。怖がる。怯える。だから。ダメ」
「ダメダメばっかり言わないでよ! そんなんじゃいつまで経ってもハカセの病気は治らないじゃない! だから私は」
どんっ、と。
窓際の壁に、ハカセさんは力一杯拳を打ちつけた。その行為に私とウィル、それとココネも体をびくつかせる。
「ココネ。ケガ。してる。でも。その程度で。よかった。だけど。次は。わからない」
「…………」
ハカセさんは背を向けているため、その表情をみているのはココネしかいない。でも、迫力には鬼気せまるものがあった。
「ココネ。無事でよかった。ボク。ひとり。寂しい。でも。ココネ。帰ってきてくれた。嬉しい。本当に。……おかえり」
「……う、うぁ、ぁ……ヒック……ごめんな、ざい……」
ココネはそこでぺたんと座り込んでしまい、わんわんと大声で泣き始める。
ハカセさんは指でココネの頭を優しくなでる。すると、すがりつくようにココネはそれに抱きつき、さらに強く声をあげるのだった。
どれだけ怖かっただろう。辛かっただろう。
私が見つけて助けたものの、そのあとの生活だって不便だったに違いない。姿を見られずに過ごさなきゃいけないならなんてなおさら。
私もウィルも何も言えなかった。
そんなとき、ハカセさんがくるりとこちらに向き直る。
感情は相変わらずわからないけれど。でも。
ハカセさんは、深々と私たちに頭を下げるのだった。
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