心の花の国

いりえ。

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森の中で

ハカセと魔法

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「だから、ハカセさんは病気だと思ったのね」

 そう確認をとると、ココネはこくんと頷いた。

「世話をしてくれたって言ってるけど、具体的には何をしてくれたんだ? 話を聞く限りじゃ傷の手当てってわけでもなさそうだけど」

 そんな質問をするウィルに対し、私は目を見張った。関わるつもりはもうないと思ってたのに。そうしたら、バツが悪そうにこんなことを言う。

「の、乗りかかった船だ。どうせなら、チビとあいつのことをもっと知っておきたいと思っただけ……べ、別に助けるつもりはねえぞ」

 わからないことだらけだから、とか、正体をあばいておいた方が安全だ、とか説明してたけど、それでも心強かった。
 ココネは続ける。

「傷はなかったわね。息が苦しかったから多分病気だったと思う。ハカセに聞いてみたら魔法で治療したって言ってたけど」
「魔法だって!?」

 ウィルは驚愕の声をあげる。私も驚いていた。
 息をのんでココネにこう確認をとる。

「ハカセさんは『魔法』を使えるの?」
「え、ええ。森の外の人たちは使えないの?」

 ココネはそんな私たちをみて困惑気味だった。
 魔法がどれだけ珍しいものか知らない様子。

「あのね、魔法っていうのはエルフから教わるものなんだけど、それってすっごく難しいことなの。エルフはとても少なくて、出会えたとしても魔法を教えてもらうくらい仲良くなるには、たくさんの試験や試練を乗り越えなきゃいけないの」
「よしんば魔法を使える人間に出会って教えてもらうにしても、条件がかなり限られてるぜ。エルフの弟子になれたってだけで、国のお偉いさんになれるんだからな」
「そ、そうなんだ。じゃあ……ハカセってすごい人なの?」

 キラキラとした目でココネに聞かれる。私とウィルは二人して、ハカセさんが出て行った先を見つめて呆然とした。ココネの話が本当なら、それはとんでもないこと。

 私たち人間は、人間以外の生き物の意志から生まれたと学校でならっている。
 特に、私たちと意思疎通のできる種族から受けた恩恵は大きく、次のように言い伝えられていた。

 竜から「勇気」を。巨人から「力」を。人魚から「歌」を。ドワーフから「技術」を。そして、エルフからは「知恵」を授かったという。

 その知恵の最高峰にあるのが「魔法」なのだ。

 ココネの羽を治す材料を採ってくると言っていた。きっと、ハカセさんは魔法の材料となるものを森に探しにでかけたのだ。

 ぐるりと部屋を見回す。所狭しと書類が山積みになっているけれど、これはもしかしたら魔法に関する資料なのかもしれない。魔法を使うにはたくさんの勉強が必要だから。
 試しに書類を一枚見てみると、よくわからない文字が羅列してあるだけで、何が書いてあるのかちんぷんかんぷんだった。魔法専用の文字だろうか。

「魔法を教えてくれたのは、さっきの写真にうつってたおじさんなのかしら」
「可能性はあるな。あの人が金持ちなら、魔法使いってこともありうる。まあ、あの感じだとただの太ったおっさんにしか見えないけど」

 失礼だなと思う反面、なんとなく納得してしまった。私も、恰幅がいいだけで知的そうには見えなかったから。

「結局、なにもわからずじまいね」

 ココネは肩を落とす。ハカセさんの病気を治す手がかりを見つけたかったみたいだけど、残念ながら私たちにできるのはここまでだと思う。

「せめて、写真にうつってるおじさんに会えればいいんだけど」

 セーメイ地方というのは遠すぎる。行くにしても誰か大人の協力が必要だ。

 でも、大人には話せない。私たちは立ち入り禁止の森に足を踏み入れているし、なにより妖精であるココネのことも伝えなきゃいけない。
 話しても、私たちは叱られるうえに相手にしてもらえないかも。行けたとしても、写真だけじゃあ探すのも難しいだろうし。

「二人ともゴメンね。無理言っちゃったみたいで」

 期待は落胆へ。可哀想だと思うけれど、私たちにできるのはここまでだろう。
 元気づける意味で、私はココネにこう話した。

「気にしないで。ハカセさんが良い人だっていうのはわかったから、私にとってはそれだけで充分だわ。ね、ウィル」
「…………」

 同じ気持ちだろうと思って声をかけたらそっぽを向かれてしまった。

「まだなにか納得できないの?」
「いや、いい。あいつに直接聞けば済む話だからな」

 そう言って玄関のほうに目を向ける。そこには大きな影が浮き上がっていた。
 ちょうどハカセさんが帰ってきたみたいだ。



「異常は。ない。単に。発育が。遅い。だけ。大丈夫。心配。いらない」

 ハカセさんはルーペのようなもので私の心珠をのぞき込みながら、そう答えてくれた。
 当初の目的である心珠の診察は、特に時間もかかることなく終わったみたいだ。

 ココネのいうとおり、ハカセさんは心珠の研究をしているからか、その診察の仕方は村のお医者さんよりてきぱきとしていた。
 なにも問題はないと言われてホッとする反面、それでも私の中には不安が残っている。

「あの、本当に大丈夫なんでしょうか。私とウィル以外の子はみんな開花してて」
「心珠の。開花。人それぞれ。違う。十五歳。でも。咲かない子。いる」

「で、でも、クラスの委員長に早く開花させてほしいって頼まれてて」
「お前の場合は騙してるから気にしなくていいことだろ」
「う……」

 痛いところをつかれて黙りこんでしまう。
 でも、その指摘にハカセさんは顔を上げる。何かに興味をもった様子だ。

「どういう。こと」

 その質問は、ココネに向けて。

「えっと……」
「人前で。花。化けたの」
「う、うん」

 なぜか、ココネは申し訳なさそうにうつむいた。怒られることに怯えているような。

「ココネ。約束。守って。ほしい。人前で。力。使うの。いけない。ココネの。花。さわると。わかる。偽物だから。村の人。驚く。騒ぎになる。ボク。言った」
「……うん」

 ハカセさんは最初ほどココネを叱りはしなかった。感情の起伏がないとはいえ、二人のあいだにどんな約束事が交わされたのか、会話を聞いている私でもわかる。
 人前では化けないようにと約束していたのだろう。さわれば誰だって偽物だとわかってしまい、無闇に化ければ正体が知られてしまうから。

「あの、あまりココネを責めないであげてください。私がお願いしたんです。心珠に化けてほしいって。だから、責任は私にも」
「何回。化けたの」
「えっと」

 少し拍子抜けする。私も怒られると思って身構えていたのだけど、その質問は予想していなかった。記憶をたどってその数をかぞえてみる。

「全部で二、三回くらい、です」
「…………」

 ハカセさんは答えてくれない。相変わらず無表情で無感情だけれど、ほんの少し息をついたようには見えた。ホッとしているのだろうか。

「キミの。心珠。大丈夫。適度な。食事。適度な。睡眠。適度な。運動。これ。守っていれば。いつか。開花する。気になるなら。ここより。村の。病院。行ったほうが。いい」
「……はい。ありがとうございます」

 安心したような残念なような。結局、いまこの場で心珠を開花させることは不可能だということがわかった。
 村の病院に行くなら、お母さんとお父さんには本当のことを話さなければならない。

 お医者さんに知られれば、村長さんの耳にも届くだろうし、そうなるとリリさんも知るところになる。
 仕方がない。もとからみんなには打ち明けるつもりだったのだ。あとは正直に話す覚悟さえもてばいいだけ。……つらいけど。

「ハカセ、お願いがあるの」

 ココネがハカセさんにしがみつきながら言う。

「なに」
「羽が治ったら、私、チカと一緒に暮らしてみたい」
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