心の花の国

いりえ。

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森の中で

また明日(前編)

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「じゃあ、羽が治ったらすぐに会いに行くからね!」

 ココネは私の顔に抱きつきながら、そう元気に宣言してくれた。

「うん。楽しみに待ってるわ」

 その言葉が嬉しくて、ココネの頭と体を優しく撫でてあげる。
 お互いくすぐったくて、私たちは笑顔でさよならをした。
 もうすぐ日の沈む時間帯だ。太陽があるうちに森を抜けたいと言うウィルに急かされ、私たちは妖精の森を突き進んでいく。

「ねえウィル。ハカセさんにした最後の質問、あれなんだったの?」
「あん?」

 先導してくれる幼馴染みに問いかけてみる。
 妖精の森は相変わらず静かだったけど、最初ほど怖くは感じなくなっていた。帰り道は外出していたハカセさんが、狼の縄張りを避けるルートを探してくれていて、その道順を木にチョークで目印をつけてくれている。迷う心配はないだろう。

「別に。質問どおりの意味だぜ」

 ──心珠を咲かせなくする方法。

 私が知りたいと思っていた、心珠を咲かせる方法、とは真逆だ。ウィルはどうしてそんなことを聞いたのだろう。
 ハカセさんの答えは、咲かせなくすること自体は可能、とのこと。

 でも、こうも付け加えた。
 心珠が開花するのは、人間にとって「運命」なのだという。

 乳歯が痛みを伴って抜け落ち別の歯が生えてくるのと同じように、心珠の開花は健常で健康な証。
 意図的に咲かせなくする手段を知っていたとしても、研究者として、それを健康な子供に教える術は持ち合わせていないと、そう強く拒んでいた。

「ウィルは、心珠が咲いてほしくないの?」

 そう尋ねると、ウィルは顔だけこちらに向けて口角をつりあげた。

「仮に、明日オレの心珠が咲いた場合、お前焦るだろ」
「そ、そうね。焦るわね」
「焦るだけじゃなくて、ショックで寝込むくらいするんじゃないか? 学校に来なくなったりしてさ。困るんだよな。給食のデザートをもらう約束してるのに、それがなくなるような事態は」

 ムググ、と。ちょっと言い返せなくて唇を噛んだ。
 そりゃあ、ウィルの心珠が咲いてしまったら、クラスでは本当に私だけが開花していないことになる。ウソをついてることも含めて、その心細さは見当もつかないけど。

「お前が学校を休まないよう、オレの心珠くらい開花に待ったをかけられたら良いなって思っただけだ。結局わからずじまいだけどな」
「……意地悪」

 精一杯の反撃のつもりで口からそうこぼれたけど、ウィルはカラカラと笑って私の嫌みを受け流してきた。
 でも、なぜだか少し安心もした。

 だって、目的はどうあれウィルは私を一人にしないように、孤独にしないように……。
 あれ。もしかして気を遣われている?

 そう考えると、胸のあたりが温かくなってくる。
 ムズムズしてくるのでまさかと思って自分の心珠に視線を落としたけど、特に何も変化がなかった。
 給食のデザートを持って行かれるのは、そういう約束なので仕方なく従うけども。

「…………」

 ウィルを観察していると、もう一つの可能性が思い浮かんだ。もしかして。

「ねえ、ウィルも心珠が開花しないことでイヤな目にあったの?」
「オレか? オレは別に、そういうのはないけど……」

 こちらに振り向かない。後ろにいる私を気にせず、どんどんと前に進んでいく。
 それからは何も話してくれなかった。じゃりじゃりと森を行く足音が響き、ホーホーと目を覚まし始めたフクロウの鳴き声だけが聞こえてくる。

 二人無言のまま、森をある程度進んだ先でウィルは遅れてこう口を開いた。

「チカ。お前はさ、心珠が本当に必要なものだと思うか?」
「え……そりゃあ必要だと思うけど」

「オレはそうは思わない。これは、他人と仲良くしようにもできない原因だと思ってる」
「心珠が?」

 胸をなでる。ウィルも同様に、自分の心珠に手をあてていた。

「お前は身に覚えがあるだろ?」
「う~ん、身に覚えというよりあれは……」

 心珠があるせいなのだろうか。──お花摘みのチカ。私がおかしなあだ名をつけられたことをウィルは言っている。心珠から本音がもれたせいで、友達だった子たちはみんな私から離れていった。

「私が心珠を開花させてなかったからで」
「お前は頭のなかでも花を摘みに行ってるのか?」
「なっ」

 さすがにカチンときた。
 なにも間違っていないはずなのに、ウィルは私を否定してくる。

「こうは考えられないか? 心珠があるせいで、他人から遠ざけられてるって」

 言いたいことはわかる。主張は違っても、私が孤立した原因は心珠にあるから。
 だけど、原因は同じでも考え方が反対だ。

 私は、心珠があればまた仲良くなれると思っているのに対し、
 ウィルは、心珠があるからこそ仲良くなれない、と言っているのだ。

「オレは、本人の意志に関係なく本音が相手に伝わってしまう、っていうのがまずいと思ってる。気持ち悪いだろ。そうやって心から嫌われるのはさ」
「で、でも、本音が伝わるからこそ、人間は争いもせず平和に暮らしてきたって学校でも習ったじゃない。だから、心珠は必要不可欠なものだし」

「そんなの、単に運がよかっただけだと思うぜ。一歩間違えてたらケンカに発展するし、それ以上のことになってたかもしれない。本音がもれるせいでな。お前は友達からさけられて警戒されて、何も思わなかったのか?」
「…………」
「自分をさけるやつらが憎かっただろ?」

 ウィルは足を止めて確かめるように尋ねてきた。
 真剣さが伝わってくる……何かを恨んでいるような、もしくは羨んでいるような。
 そんな表情で。

「憎い……とは思わなかったわ。どちらかというと、悔しい感じだと思う。だって、心珠が開花してない私に原因があるんだもん」
「お前にも心珠が咲いてたら、そうはならなかったって言いたいのか?」
「うん、そうだよ」

 そう答えると、ウィルは納得しかねないのか眉根をひそめた。
 だけど、その表情はすぐに消えて、今度は笑みに変わる。

「お前って、本当にバカだよな。なにも考えてなさすぎだ」
「お、大きなお世話よ。これでもすっごく悩んでるんだから」

 否定はできない。頭が良いのなら、多分、こんなにも悩んだりしてないだろうから。

「でも、バカだからこそ信用できる」

 止めていた足を再び動かす。もうすぐしたら森の出口だ。
 ここからは誰にも見つからないよう慎重に歩いていかなければならない。

「そういう意味じゃ、チビたちも信用してる。あの二人もバカだ。隠しごとはあっても、お前や村に何かをしようってわけじゃなさそうだったしな」
「あんまりバカバカ言わないでよ。だけど意外ね。ウィルはココネやハカセさんを信用してないのかと思ってた」
「協力はしないけどな。あの二人はお前と同じさ。純粋に何かを欲しがってるだけだ」

 ココネはハカセさんの治療法を。私とハカセさんは心珠を。

「チカ。逆に聞くけど、お前はどうして、自分にも心珠があれば友達にさけられずに済んだと思ってるんだ?」

 草木をかきわけながら進む。
 ウィルは、本当にわからない、といった様子で問いかけてきた。

 どうして心珠が必要なのか。どうして心珠があれば孤立しなかったのか。
 私にとってはわかりきってることなので、すぐにこう答えてあげた。

「そりゃあ、気持ち悪く思われても私は許してたからよ。言葉にできなくても心珠があれば、気持ちを相手に伝えることができたでしょ。そのときも今も、私の心珠は開花してないけどさ」
「ハハッ、なるほどね」

 ウィルは肩をすくめながら自虐的に笑った。

「チカみたいなバカがたくさんいたら、世の中もっと平和だったろうな」
「それ褒めてるの?」
「褒めてるぜ。オレにはできないことだからな」

 笑いながらいうので全然信用できない。きっとバカにしている。
 でも、どうなんだろう。ウィルの心珠が開花していたら、その胸にはどんな花が咲いていただろうか。小馬鹿にしているのか、それとも本当に褒めてくれているのか。

「昔……オレが四歳のころにな、両親は仕事で失敗したんだ」

 前を行く幼馴染みが、突然そんなことを口にした。
 脈絡がわからないので黙っていると、ウィルはこう続きを話していく。

「仕事に失敗して、仲間から悪く思われ続けたんだ。だからそこにいられなくなってさ、オレの家族はこっちに引っ越してきたってわけ」
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