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まだ、準備を出来ていなかった・・・
しおりを挟む私がおいしいお茶とケーキを堪能している間、ビジューは微笑を浮かべたまま目を閉じて動かなかった。
準備と言っていたから、私の体や装備品などを製作してくれているのだろうが、指先ひとつ動かすことなく静かに佇む姿は瞑想しているようにしか見えない。
ビジューが金槌片手に鍛冶仕事、というのも想像ができないので、これが神が行う創造のあるべき姿といえるのかもしれないが……。
彫刻のように動かないビジューを前に一人静かにお茶を飲む時間は、ビジューの美しさをじっくりと堪能する至福の時間となり、まったく退屈することなく過ぎていった。
この時間がいつまでも続けばいいな、と思いながらミルフィーユの最後の欠片を口に運んだ時、ビジューはゆっくりと目を開けた。
準備が整ってしまったらしい。
「準備ができたわ」
「…うん」
穏やかだった時間は終わり、未知の世界へ飛び込む時間が来てしまった。
「やっぱり怖い?」
うん、怖い。 不安でいっぱいだ。 でも、それ以上に、
「……さみしい」
「愛凜澄?」
『ビジュー』へ行ったら、誰も私を知らない。 私と時間を共有し、一緒に笑ってくれた人が一人もいない。 私を『国永愛凜澄』と知っている人はもう、私しかいなくなる。
私を『愛凜澄』と呼んでくれるビジューとの別れは、
「さみしいよ」
理解していたはずなのに、ビジューが用意してくれたお茶の時間の間に、心の整理を済ませなければいけなかったのに、今、この時になってさみしさに溺れそうになる。
死んだと理解した時にも流れなかった涙が、止まらなくなってしまった。
「ビジューとお別れするの、さみしいよ」
「愛凜澄」
泣き続ける私をビジューは抱きしめ、涙が尽きるまで、静かに名前を呼びながら背中をなで続けてくれた。
落ち着いてくると、子供の頃以来のガン泣きに恥ずかしさが込み上げてきた。
三十路を超えて人前で泣くというのはどうにもバツが悪い。
そんな私の気を逸らすように、ビジューは、
「愛凜澄は地球で、『蛇・猫・鳥・亀』どれが一番好きだった?」
と聞いた。
「……猫。ペットを飼ったことはなかったけど、子供の頃は猫を飼いたかったな」
弟の流威が生まれる前の話だけどね。
あ、流威。
「ねえ、ビジュー。 最後にもう一つだけ、お願いを聞いて欲しい」
「何かしら?」
「流威のこと。 『地球』の神の管理下で、ビジューには手出しできないなら仕方がないんだけど…。
次に生まれる時は、幸せで長生きできるようにして欲しい」
「……いいわよ。 流威くんの希望を聞いて、望みに近い形で長寿の転生を約束しましょう」
やったぁ! 女神様の約束だよ、流威! 次の人生は幸せになってね!
「ありがとう! もう、思い残すことは何にもないよ。『ビジュー』へ送って?」
「ええ、愛凜澄。 じゃあ、目を閉じて」
そう言うと同時に、ビジューは私の頬に白く細い指先を添えた。やっぱりビジューの肌は気持ちがいい。気持ちよさに身をまかせて、そのまま白い世界に意識を飲み込ませる。
「ふふふっ。 愛凜澄、あなたの行く先に、希望と愛とたくさんの刺激を♪」
いや、刺激はそんなにいらないからね?
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