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治療の対価 マルゴさんの提案

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「治癒士様、俺の怪我は良いから義娘を治してやってくれ!」

「ダメよ! お義父さんの怪我の方を治してもらわなきゃ!」

 話を聞いていたおじいさんとお母さんが、お互いに譲り合っている。 どうして片方だけしか治療しないことになっているんだろう?

「2人とも落ち着きな。 この人は<治癒士>じゃない。アリスさんだよ」

 マルゴさんが呼び名を訂正してくれたので、このタイミングで治療代の話に移ろうとしたら、

「待っておくれ。 こちらからの提案を聞いて欲しい」

 マルゴさんからストップがかかった。 初めてのことだ。

「なんでしょう?」

 物色するのも大変なので、提案してくれるのは嬉しい。

「ニコロ、あんた<かまど>』を作れるね?」

「? ああ、作れるぞ」

「2基作るのに、どのくらいかかる?」

「2連式じゃなくて、別々に2基か? 半日もあればできるぞ。そこから乾かすのに数日」

「いやに早いね?」

「家のを作り直そうと思って、レンガは用意しているんだ」

「この家のか。だったらちょうど良いね。
 あんた達2人分の治療の対価として、かまどを野外用に仕上げて渡す気はあるかい?」 

「かまどでいいのか!? レンガは俺が作ったもんだぞ?」

「アリスさん、どうだろう? かまどは対価にならないかい? それなりの仕上がりは保証できるが」

 マルゴさんは私の野営のことを、かまどのことを真剣に考えてくれていたんだ…。 嬉しいな。

「十分に! 治療後すぐに取り掛かってもらえるなら、おつりが出ますよ!」

「だとよ。どうする?」

「かまど2基で支払う! でも、かなりの重量になるぞ。どうやって持ち運ぶんだ?」

「アイテムボックスの容量が大きめなので、大丈夫です!」

 満面の笑顔で私が言い切ると、ニコロさんは深く深く頭を下げた。

「なら、心を込めて組み立てます!」

 成立だ! 気持ちよく話が成立したので、私も心を込めて2人に【クリーン】と【ヒール】を掛けたら、いつもより効き目が強くなった気がした。 気のせいかなぁ?










 帰ってきたニナちゃんが、ニコロさんに抱きついて喜んでいる。

「もう、いたくないの? よかったね!! お母さんもいたくないの? アリスおねえちゃん、ありがとう!」

 ニナちゃんに『治癒士じゃないんだよ』と言ったら、『おねえちゃん』と呼ばれるようになった。

 流威おとうとにも呼ばれなかった呼びかけが、少しだけくすぐったい。

「今すぐかまどを作ってくる」

 そう言っていそいそと部屋を出ようとしたニコロさんを止めて、マルゴさんを振り返ると、

「ウチの横に作ってもらうかい?」

 ニッと笑って聞かれた。 勘が良いにも程がある。

「構いませんか?」

「ああ、構わんよ」

 マルゴさんの了承を得られたので、レンガや必要なものを全てインベントリに入れて、一緒にマルゴさんの家に戻ることにした。

 おつりの前渡しで、オーク1kgをニナちゃんのお母さんに渡したら、3人とも飛び上がって大喜びしてくれた♪









 マルゴさんの家に戻ると、ルシィさんが笑顔で出迎えてくれた。

「おかえりなさい!
 ニコロさん、こんばんは! お肉を買いに来たの? いいのがあるわよ~!」

「いや、俺はかまどを作りに来ただけだ。肉はアリスさんからもらったのがあるからいい」

 商売熱心なルシィさんが、私の顔を不思議そうに見る。

「治療費のおつりです」

「かまどが治療の対価なのね? おつりがオーク肉なんて、ニコロさんったら得しちゃったわね!」

 ルシィさんもニコロさんも“得をした”と楽しそうに笑っているが、得をしたのは私の方だよ?









「携帯食を作りたいので、炊けるだけ、いっぱい炊いてください!」

 ライムをハウスから出したとたんにハクと転がり始めたので、今夜もルベンさんがお米を炊いてくれることになった。

「アリスさんは米が好きだな」

「お腹に溜まるうえに美味しいから大好きなんです。 でも、マルゴさんの焼いてくれるパンも美味しくて大好きです! 
 お店で売っていたら、朝から並んで買い占めるのに!」

「わかるわ! マルゴおばさんの作るパンは、材料がまったく同じでも、私が焼くのとは全然違うの!」

 ルシィさんと2人で盛り上がっていると、

「そうかい? じゃあ、明日にでもアリスさんに買ってもらおうかねぇ」

 マルゴさんが笑って言った。

「え?」

「アタシのパン1個とアリスさんのおむすび1個の交換でどうだい?」

「本当ですか? 冗談だったら、従魔たちと一緒に暴れますよ?」

 マルゴさんを見つめながら確認する。  喜ぶにはまだ早い……。

「どんな風に暴れるのか見てみたいねぇ! でも、本当だよ。明日にでも交換するかい?」

「是非! ルベンさん、ご飯をもう1つ炊いてください! もちろんいっぱい炊けるだけ!」

 喜びのまま、勢い込んでお願いしたらあっさりと却下された。

「飯釜が1つしかないから無理だ」

「…了解です」

 がっかりしている私はよほど情けない顔をしていたらしい。 ルベンさんは妥協案を出してくれた。

「飯を食いながらで良かったら炊いてやるよ。行儀が悪いが大目にみてくれよ?」

「ルベンの行儀は見逃すが、アタシはいくつパンを焼けばいいんだろうねぇ?」

 マルゴさんも笑っている。

「一度に焼ける限界まで! ルベンさん、ありがとうございます♪ お願いしますね!」

「ははは! アリスさんのアイテムボックスは便利だねぇ」

 マルゴさんが笑いながら褒めてくれたけど、

「あ…、ダメだ。傷む…」

「ん?」

「おむすびがいっぱいあっても、食べきる前に傷んじゃいますよね?」

 気がついてしまった事実に肩を落とした私に、マルゴさんはさらっと言った。

「冷凍保存しておくから、大丈夫さ」

 ………れいとうほぞん?

って、言いました?」

「ああ、息子が作った魔道具で、『冷凍庫』ってのが」
「冷凍庫、あるんですかっ!?」

「『冷凍庫』でわかるのかい? ウチの店の倉庫と、村の貯蔵庫が冷凍庫になっているのさ」

「ここで売ってるんですか!?」

「いや、村では売っていないよ。注文制作品だからね。 1台で金貨が数枚飛ぶよ」

「数千万メレ…」

 値段を聞いてがっかりしていると、不思議そうな顔をされる。

「時間経過の遅いアイテムボックスを持ってるアリスさんには必要ないだろう?」
 
「私のアイテムボックスは時間経過がないだけで、中の食品を冷やしてはくれないんです」

「十分だろう? いつまでも腐らないんだから」

「飲み物を冷やせないんです! 冷たいものを飲みたくても、ぬるいままなんです! お風呂で茹だった後に、冷たい飲み物を一気飲みできないんです! シャーベットもアイスクリームも作れない…!」

 ああ、冷凍庫が数千万メレもするなんて……。  とても手が出ない…。

「……アリスさん、あんたはいったいどんな生活を送っていたんだい? いや、それはいい。
 しゃーべっととあいすくりーむとやらはどんな物なのさ?」

「シャーベットは果物の果汁を、アイスクリームはミルクを冷やして作る冷たいデザートです。 冷たくて甘くて、暑い日やお風呂上りに食べると最高なんです!」

「そうかい。随分と贅沢な食べ物だねぇ。 息子がいたら冷凍庫を作らせるんだが…」

「いえ、今の私に数千万メレは支払えませんから……。 いつかお金持ちになって、発注しにきます…」

 高級宿の次は、冷凍庫を買う為に頑張る!  こっちを見ていたハクと頷き合った。

「アリスさんは、“冷やす”ことができればいいんだろ? 冷やした後はアイテムボックスに移動してもいいんだね?」

「? そうです。 氷系の魔法を覚えたら、何とかなるかなぁ…」

 アイスクリームに思考が乗っ取られていると、頬にチクっとした痛みが走った。

(いい加減に、ごはんを作るにゃ!)

(ごめん!)

 素直に謝ったけど、どうしていつも顔を噛むのかなぁ…?

「すいません! 従魔ハクから『早くごはん作れ!』の抗議が来ました…」

「ああ、ハクちゃんが腹っぺらしかい? すぐに作ろうね」

「今日の食材はホーンラビットとオークです」

 食材を取り出すとルベンさんとルシィさんから歓声が上がる。 

 美味しいの? ラビットとオーク、そんなに美味しいの!? 

 私の期待も大きく上がった♪
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