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リッチスライムの習性
しおりを挟む「そろそろ行こうかね?」
マルゴさんの言葉を合図に、皆が一斉に席を立った。
クリーンでチャチャッと後片付けを済ませ、お釜に残ったごはんはお鍋に空けてかまどに戻す。返してもらったフライパンや蜂蜜もインベントリへ入れて、ライムをハウスに戻し、ハクを肩に乗せたら、準備完了。
戻ってきたら、すぐに部屋に入れるようにしてから家を出て行く。
「このまま私も一緒に行きますか? ルベンさんから先にお話をするなら、時間をずらしますが」
「そうだな。先にルシアンの意思を確認しておきたい」
ルシアンさんへの説明はルベンさんに任せることにして、先に畑を見せてもらうことにした。
「アタシが畑に案内しよう。アリスさんの気に入るものがあると良いがねぇ…」
「一緒に行かなくていいんですか?」
「アタシが首を突っ込むのは、万が一にもルシアンが荒れちまった後さ。それ以前は家族が頑張る時間だよ」
畑に向かう時間にもう1つ気になっていることを相談してみる。
「さっきの顔役さん達を断っておいて、今からルシアンさんの治療に行くと、また波風が立っちゃうと思うんですが…」
「まあ、多少はねぇ。立つだろうさ」
「私はいなくなるけど……」
「治療を頼んだのはこっちだよ。アリスさんはそんなことまで考えなくてもいい。 まあ、“役得”ってやつだね。
……ここがルベンの畑、その隣がウチの畑だよ。なんか良さげなものはあるかい?」
マルゴさんに案内された先には大きな畑があった。 こっちが村のメインの畑らしい。
「マルゴさんの家の畑?」
「ああ、今はルベンが世話してくれてるよ」
「! 私がいるからですね?」
朝から解体の教授で午後は治療の付き添いをしていたら、畑仕事をする余裕なんてなかっただろう。 と反省をする私を見て、マルゴさんは大きく首を横に振った。
「いいや、元からそういう約束なのさ。
アタシの亭主かルベンのどっちかが開拓のまとめ役で同行しないといけなくてね。人をまとめるのが得意な亭主が開拓に行って、畑仕事が得意なルベンが留守を守ることになったのさ。
その際に、亭主が帰ってくるまではウチの畑の世話もルベンがしてくれることになったんだよ。もともとウチの畑は亭主がやっていたからね。アタシは手伝い程度なのさ」
淀みなく話すマルゴさんに安心して、畑を見せてもらうことにした。
(ライムを出してやるにゃ!)
ハクの希望でライムを出してやると、畑の中を2匹で駆け回りだした。作物には触れていないようなので怒らなくてすむけど、
「えっと、作物には被害を出さないと思いますので…」
一言断っておかないとね。
「2匹とも随分と利口な性質のようだし、大丈夫さ。 アリスさんは物色しなくていいのかい?」
マルゴさんの勧めで改めて畑を見渡すと、所々元気のない作物がある。
「手が足りない家の畑も手伝っているみたいだね。ウチの畑はきっちりと面倒を見てくれているけど、自分の畑がおろそかになってるよ」
ああ、そういうことか。 午後の治療の付き添いもあるし手が回らなくなったんだろうな。どうしたものかと思っていると、ふいにライムが大きく跳ね始めた。
「ぷきゃーっ! ぷきゅきゅ!」
「ライム?」
(ルベンの畑に養分が足りないって言ってるのにゃ~。アリスが望むなら、栄養を分けてあげても良いって言ってるにゃ!)
(分けるって…)
「ぷきゅぷきゅっ! ぷきゃ~~」
(ライムは『リッチスライム』にゃ! ごはんで得た栄養はあげないけど、解体で得た栄養なら分けてあげても良いって言ってるにゃ)
え? 栄養は別々の物なの!? スライムの生態がわからない…。
戸惑いはあったけど、せっかくの提案なのでマルゴさんに伝える。
「あ~、ウチのライムが、『畑に栄養が足りていないから、自分の栄養を分けても良いよ』って言ってるんですが…」
「ライムちゃんは無理してないかい?」
「ぷきゅ!」
(大丈夫!って言ってるにゃ。最近おいしいものをいっぱい食べてるから、余裕だと思うにゃ~)
「大丈夫みたいですね。
…あれ? マルゴさんはリッチスライムについて、詳しいんですか?」
知っていたら教えて欲しい。思いを視線に込めてみつめると、
「あまり詳しくはないよ。 レアな魔物だからね」
そう前置きをして、説明してくれた。
「リッチスライムは、自分が消化吸収をしたものを“養分”として蓄積することができる。 その際、ある程度の容量までは体積が変わらないのが不思議の1つだね。
蓄積した“養分”は品質が高く、スライムの意思で“放出”できるから農場主がこぞって欲しがる魔物だ」
「ヒトと共存できる魔物なんですね。農場へ連れて行けば仲間と遊べますか?」
「……仲間はほとんどいないよ」
「え?」
「“レア”だって言ったろ。 リッチスライムは弱い魔物だからね。生まれてもすぐに捕食されちまうのさ。 運良く【テイム】できても、マスターの好きなように命令はできない。 もともとスライムは知能が高くないからね、細かい命令は理解できないのさ。
ライムちゃんを見ていると信じられないだろけどね」
「そうですね。 難しいことは分からなくても、簡単な意思の疎通は出来ますから」
そのうち、ビジューのくれた【言語翻訳】で、ライムの言葉もわかるようになると思うけど。
「そうなのかい? アリスさんはライムちゃんの言葉が理解できているのかと思っていたよ」
今はハクが通訳してくれているからね^^
「さすがに赤ちゃん言葉は理解できません」
「“赤ちゃん言葉”でなければ理解できるのかい?」
「多分…?」
「そうかい…。
まあ、普通の【テイマー】には意思の疎通も難しいのさ。ライムちゃんのことは、アタシ達もなんとなく分かる気がするけどね。これはライムちゃんがとびきり利口なせいで、普通はできない。
それで、だ。 リッチスライムに、無理に養分を放出させようとすると…」
「すると?」
なんか嫌な流れだ…。
「干からびて簡単に死んじまうのさ」
「……」
「だからライムちゃんはとっても“レア”なんだよ。バカな人間に攫われないように気をつけな?」
「はい!」
基本はハウス内にいてもらおう。
「そんな貴重な“養分”だからねぇ。 何が欲しい?」
「え?」
「お礼をするのは当然だろう? アタシの畑の方が元気だからね。気に入ったのがあれば、好きなだけ持って行っておくれ」
マルゴさんの畑から作物を貰って、ルベンさんの畑に栄養を撒くの? ルベンさんがいないところで話をまとめていいものかと困惑していると、
「ハクちゃん! ライムちゃん! 何か欲しいものはあったかい?
息子がいない間は行商もこの村にはあまり来ないからね。出荷用の野菜も余りがちなのさ。好きなだけ持って行くがいいよ」
直接交渉が始まっていた。
(マルゴの畑は質がいいから、全部にゃ!)
ハクが作物に手を置いたり、ライムが作物の前で止まって動かないと、マルゴさんがそれを収穫してしまう。
大根5本、人参5本、玉ねぎ5個、ちょっと離れたところに隔離されていたさつま芋を10株。
(さつま芋以外は持ってるよ?)
(こっちの方が美味しいのにゃ! 複製用に取っておくにゃ!)
ハクの言うとおり、確かにどれも美味しそうだ。
「とてもおいしそうだね! けど、ちょっと欲張りすぎだよ?」
「んにゃん♪」
「ぷっきゅ♪」
いつだって、返事は可愛いんだけど…。
「まあ、いいじゃないか! ハクちゃんとライムちゃんはご主人さまの権利を守っているんだよ」
「……とびきりの食いしん坊なんです」
「アリスさんは気になる野菜はないのかい?」
「白菜が欲しかったんですが、ちょっと元気がないですねぇ…」
「ああ、ルベンの方の葉物はねぇ……。 季節が違うとトマトやきゅうりも作ってるんだがね」
「いえいえ、十分です。 おかげで旅先でも美味しいごはんを食べられますよ♪
ライム!いっぱい美味しそうなものを貰ったね! さつま芋以外の畑にお礼をしてね!」
そろそろ止めないと、遠慮のない従魔たちが畑を丸坊主にしかねない…。
「ぷっきゅう~!」
ライムがルベンさんの畑に栄養を撒き終える前に、ルベンさんの家から誰かが出て来るのがマップで確認できた。【マップ】スキルもレベルアップする毎に便利になっていく。
これでレベル4なんだから、この先のレベルアップが楽しみだ!
「誰かがこちらに向かってますね。そろそろ行きましょうか。 ライム、ハウス!」
ライムをハウスに入れると、マルゴさんがなんとも言えない表情で私を見ていた。
「アイテムボックスには生き物は入らないはずなんだけどねぇ……」
「あ……」
「余所では気をつけな?」
「……はい」
マルゴさんは忠告だけくれて、後は興味を示すことなく流してくれた。
見られたのがマルゴさんで、本当に良かった……。
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