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モレーノという男性(ひと)… 3

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「王都の一等地に一から屋敷を用意するとなると、陛下の小遣いだけでは厳しいですな…。 
 今回の件の詫びとして、国庫からの支出を検討しましょう。 アリス殿が税収の受け取りを慎ましい割合に減額してくれたおかげで、今後の直轄地からの増収で余裕がでますからな」

「おお、さすがは宰相だ。 話が分かっておる!
 王城近くにアリス殿に似合いの優美な屋敷を建てるのだ。庭には1年中美しい花が咲くように、腕のいい庭師を手配しろ。門番には予の近衛の中から良き男たちを選ぶが良い」

「陛下の近衛から…? はい、かしこまりました。良き家柄の性根の良い男を選びましょう」

 黙っているとどんどん話が進んでしまう。 素性の知れない旅人を王城近くに住まわせる上に屋敷は贅を凝らしたものになりそうだし、門番の選考基準もなんだかおかしい。 この主従は私をどうしたいんだろう?

 まあ、とりあえず、

「いりません」

 意思表示はきちんとしておかないとね!

「「は…?」」

「陛下のお気持ちはちゃんといただきましたので、それ以上の物はいりません」

「「「「「「「「はぁあああああ!?」」」」」」」」

 王都の屋敷をお断りするとたくさんの声…、多分、モレーノ裁判官以外の皆さんの声が揃った。

「…なぜですか? 王都に屋敷を持つことはステータスでございましょう? アリス殿のお国では違うのですか?」

 宰相が驚いたように聞いてきたけど……。 

 ……この場合は皇居とか霞ヶ関とか永田町のある千代田区に家を買うって考えたら良いのかな?

 皇居の近くは見回りの警官が多い分治安もいいし、緑が多く静かなイメージがあるから住むにはいい環境かもしれない。

 わざわざ本籍地を皇居にする人達もいるくらいだし、その付近に実際に住むのはきっとステータスなんだろうな。でも、

「わが国でもステータスの一つでしたが、私には必要のないものなのでいりません」

「「「「アリスーッッ!」」」」

 “必要のないものはいらない”そう答えると、護衛組が揃って凄い形相で私の名前を呼ぶ。

「ん?」

「ん? じゃないわ! 商業ギルドからお詫びの魔石を貰った時にも言ったけど、くれるっていう物はその時にいらなくても貰っておくの! 
 王都に家を持つなんてなかなかできることじゃない、すっごいステータスなんだから!  売ったら間違いなく大金になるわよ!?」

 マルタが叫ぶように言うと、護衛組は咎める視線を投げてよこしながら揃って首を縦に振る。

「私に合わせて使用人も付けてくれるって話だから、売りに出すわけには行かないよ。 使用人たちが路頭に迷う」

「使用人ごと売ればいいじゃない!」

「それはダメ。 使用人にも人権があるし、そうすることで前職よりも条件が悪くなったら気の毒でしょ?」

「それでは、受け取った後に使用人ごと屋敷を人に貸すという手がございます。 領地が遠い貴族たちが、社交のシーズン以外に屋敷を貸し出すことは珍しくないですよ」

 宰相まで護衛組と同じようなことを勧めてくれるけど、

「私の為に庭師が咲かせてくれた花を他人が楽しんで、門番が私の為に守っている家で他人が寛ぐの? それはイヤ。それなら最初から私の物じゃない方がいい」

「「「「「「「え~~っ!?」」」」」」」

 ん? そんなに驚くようなことかな?

 みんなの反応に逆に私がびっくりしたけど、今は放っておこう。

「それに私は冒険者になって、あちこちを旅して回るんだよ? 王都に屋敷なんて持っていても仕方がないでしょ? だからいらないの!」

 きっぱり言い切って、“話はこれで終わり!”と思っていると、

「なんと!?  アリス殿は冒険者になるつもりなのか! その華奢な体と美しい顔で何を考えておる! 危険ではないか!!」

 なぜか王様が激昂し、

「レシピの使用料や、先ほどお約束した税収の10%では足りませんか!? では、陛下のお小遣いからアリス殿の生活費を補填しましょう! それなら危険な冒険者になどならなくてもよろしいでしょう?」

 宰相が必死な声で説得を始めた。

 ……宰相、何かというと王様のお小遣いを減らす方向で話を進めているけど、大丈夫なのかな?  王様は気にしていないのか、何にも言わないけど。

 それにしても、華奢な体とか言ったってことは私の姿が王様たちには見えてるってことだよね? 不思議に思ってモレーノ裁判官に視線を流すと、“自分たちと水晶との距離”だと説明してくれる。 

 今回使っている水晶は<遠見の水晶>といって2個で1セットの物らしい。 モレーノ裁判官と王様の私物のようだ。

 水晶を覗き込むことで相手側の水晶に移っているものが見えるので、お互いが覗き込んだ状態で話をすると、かなりおもしろい顔が見られるらしい。 ……ちょっと見てみたいけど相手が相手だし、今回は我慢すべきかなぁ。

 モレーノ裁判官の水晶は私たちから少し離れた裁判官席の上にあるから、王様たちからは全てが見えている。 でも、私たちからは何も見えないなんてちょっとずるいよね~?

「アリス殿! 聞いておるのか!?」

 水晶の性能に気を取られていると、王様の不機嫌そうな声で話を引き戻された。

「私の姿がどのように見えているかは分かりませんが、私は陛下たちが思っているほどか弱くはありませんよ? 従魔たちと3人で、この町まで魔物を倒しながら来たのですから。
 あと、自分たちの生活費は<冒険者>として依頼を受けて稼ぐつもりなので、王都の家も陛下のお小遣いも必要ありません。 私(の肉体のスペック)は優秀であると自負しておりますので、陛下には見守っていただきたく思います」

 今度こそ“これで話は終わり!”と気合を込めて水晶を見つめると、

 王様と宰相の笑い声が聞こえてきた。

「なんと欲の無いことだ!」
「これではモレーノさまでなくても肩入れしたくなってしまいますね。 陛下、いかがいたしましょう?」

 宰相に意見を求められた王様は少しだけ考えてから何かを企んでいるような悪戯っぽい声で話し始める。

 ……裁判官と王様は似た者兄弟だな。

「どうだ、モレーノ? 平民を名乗る欲の無い令嬢を守る為には、愚かな貴族どもを押さえ込むだけの権力が必要になるぞ?
 そなた、もう一度公爵位を受けぬか?」

「受けます」

「そうか、やはり受けぬか…」

「!? 陛下、違います! モレーノさまは“お受けになる”と仰ったのです!!  やっと、やっと、やっとモレーノさまがっ……!!」

「なんと!?」

 どうやらモレーノ裁判官は過去に何度か叙爵を断っていたらしい。

 何か考えがあって断ってきたんだろうに、こんなにあっさりと受けてしまって良いのかな?

 ちょっとだけ心配になったけど、王様と宰相があまりにも嬉しそうに喜んでいる声が聞こえているので何も言えなくなった。 私が口出しすることでもないしね。

 モレーノ裁判官の顔を見てみると、とても楽しそうに微笑んでいる。 

 私の視線に気が付いた裁判官と目が合うと、裁判官はにっこりと笑って言った。

「アリス殿が私の後見を受け入れてくれるなら、喜んで爵位をいただきましょう」

 ………へっ? なに!?
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