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モレーノという男性(ひと)… 4

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「アリス殿が私の後見を受け入れてくれないなら、私には<裁判官>という肩書き以上の権力は必要のないものですから」

 王様が“今聞こえたことが理解できない”といった顔で「今なんと言った?」と聞くと、モレーノ裁判官はあっさりと軽~く答え、

「「アリス殿っ!!」」

 次の瞬間には王様と宰相の2人が声を重ねて私を呼んだ。

 ……さっきの喜びようを見ていたから、2人が何を言いたいのかは簡単にわかるけど、それは私が決めていい事なのかなぁ?

「アリス殿! モレーノの後見を受けてくれっ!」
「アリス殿! どうか、どうか、どうか! モレーノさまを後見人としてお認めくださいっ!」

 裁判官が“必要ない”と判断するものを、私の為に受け取らせるのは何かが違う気がする……。 悩んでいる私に宰相は、

「アリス殿がモレーノさまの後見を受けてくださるのなら、この国での生活は全面的に保障……、違う!
 後見を受けてくださるのなら、アリス殿には国から年俸を……、これも違う!
 アリス殿にこの国の爵位を……、ダメだダメだダメだ! こんなもので心を動かしてくれるなら苦労はしない!
 ………アリス殿! どうかわが国の、いや、私たちのためにモレーノさまの後見を受け入れてくださいっ」

 いろいろと提案をしかけては自分で却下し、最後にはただただ懇願するだけだった。

 王様も色々と考えていたようだけど、

「アリス殿! 今まで何を言っても、爵位なんてものに興味を持ってくれなかったモレーノがやっとその気になってくれたのだ。 どうか、予と予の家族たち、善良な民たちのためにも、モレーノの後見を受け入れてもらえまいか?」

 最後は情に訴えることにしたらしい。 真剣な声で切々と、国王一家がどれだけモレーノ裁判官を大切に思っているかを訴え、モレーノ裁判官の優秀さがどれだけの民の生活の安定に貢献するのかを熱意を持って説明された。

 それでも、

「お2人の気持ちは十分に理解しましたし、モレーノ裁判官が公爵という高い地位に戻れば、民にとってどれだけ有益なことになるかも理解しました。 
 でも、モレーノ裁判官は理由があって自ら爵位を返上し、今まで叙爵を辞退していたのでしょう? 
 私にはモレーノ裁判官の自由を奪うようなことはできません」

 王様たちの期待に応えるつもりはないと静かに告げる。

「自由を奪えない…。それはご自身の事を重ねているのですか? わが国の貴族社会に縛られるのはイヤだと。
 それとも、アリス殿が祖国を離れていることに関係がおありですかな…?」

 宰相が静かに問いかけるけど、私はそこまでの事を考えていなかったので答えに詰まってしまった。

 考えながらゆっくりと口を開く。

「モレーノ裁判官が公爵に戻ったら、また自薦他薦の美姫たちがモレーノ裁判官に群がるでしょう?  裁判官がどれだけお亡くなりになった姫の事を大切に思っていても、継嗣問題を持ち出されてしまうと…。
 一度放棄した地位に舞い戻るなら、どんなにその地位がわずらわしくなってももう一度捨てることなどできませんし…。 王家の威信にも係わってきますものね?」

「………」

「それに、私自身も今は何事にも縛られるつもりはないのです。 
 この世界を自由に楽しんで、美しいものや美味しいものとたくさん出会うと約束をして旅に出たばかりの身の上なので」

 モレーノ裁判官の思いを大切に守り、私がビジューとの約束を守る為にもこのお話はお断りした方がいいだろう。

 そう結論付けようとすると、かすかな笑い声を上げたモレーノ裁判官が私の手を取りながら言った。

「私の彼女への想いを守ろうとしてもらえてとても嬉しいですよ。
 でも、アリスさん。 前提が間違っていますよ? 私は貴女の後見役にのです。 
 彼女への想いを邪魔するわずらわしい輩のことや権力に付随してくる義務のことを差し引いても、貴女とつながっていたいだけなんですよ」

 私の手を握りながら静かに笑って、裁判官は言葉を続ける。

「わずらわしいだけの地位も権力も、アリスさんを、アリスさんの自由を守る為に必要なものだと思うと悪くないものに思えるから不思議ですね? 
 私は貴女を縛り付けたりはしません。 自由に旅をする貴女を守る権利を私にいただけませんか?」

 自愛に満ちた瞳で穏やかに告げるモレーノ裁判官に「そんなものいらない」と言える勇気は私には無く、従魔たちに視線を向ける。

(アリスの好きにするにゃ~。でも、権力は役に立つにゃ!)
(もれーのはいいひと。きっとありすのやくにたつ~)

 2匹は受け入れた方がいいと思っているらしい。 私としても、モレーノ裁判官が身近な存在になるのは嬉しいんだけど……。

「私は旅をしてきた短い期間の中で、結構な頻度で厄介ごとに巻き込まれている気がするのです。 これからの旅が穏やかなものになる補償がどこにもなくて……。
 私の行動がモレーノ裁判官に迷惑をかけたり、評判を落とすかも知れないリスクを考えると、お受けできま」
「それは素敵だ!」

 断りを最後まで聞かずに、モレーノ裁判官は楽しげな声を上げた。

「アリスさんが私にどんな迷惑を掛けてくれるのか、とても楽しみですよ!  どこかで困ったら、すぐに私に連絡をくれるという事ですね?」

「え、いや、それは……」

「アリスさんがどんなことをしでかしたら、私の評判に傷が付くんでしょうね?  私に傷を付けるのはなかなか骨が折れると思いますよ?
 それに、もしも私の評判に傷が付いたら、アリスさんはきっと急いで私に会いに来てくれるでしょうねぇ。 ふふっ、どんな土産話が聞けるのか楽しみです」

 モレーノ裁判官があまりにも楽しそうに笑うので、なんだか私まで楽しくなってきた。

「もう、裁判官ったら!  そんなことを言っていると、どこかで貴族に絡まれるたびに“助けてーっ!”って連絡しちゃいますよ?」

「ええ、本当に楽しみに待っていますよ!  ……私の後見を受けてくれますね?」

 ついさっきまで笑っていたモレーノ裁判官が、雰囲気は穏やかなまま真剣な目をして言ったので、私も真面目に考えた。

「いつか、モレーノ裁判官に大切な人ができた時などに、私へは事後承諾の連絡だけでいつでもモレーノ裁判官が後見役を降りられることを条件にできるなら……。 
 私がこの国にいる間、後見人になってください」

 ゆっくりと頭を下げてお願いをすると、モレーノ裁判官は私の両手を握り締めて言った。

「喜んで! 今から私はアリスさんの父のようなものです。
 遠慮なんてしないで、なんでも言ってくださいね!」

 ………ビジュー、見てる? 

 私に“この世界のお父さん”ができたみたいだよ~!

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