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モレーノ邸 6
しおりを挟むモレーノ裁判官に、領内の入浴時の死亡者数や入浴時に倒れて回復した人たちの症状を調べて、ヒートショックが原因だと思われる症例が多いようなら、入浴前後の水分補給とかけ湯の重要性を広めて欲しいとお願いをする。
「アリスさんが自発的に情報を広めようとするのは珍しいですね? ……ああ、なるほど」
モレーノ裁判官は意外そうな顔をした後に、執事さんが咎めるようにメイドさんを見ていることに気が付くとあっさりと納得した。
……メイドさんの家庭の事情を把握している執事さんも凄いけど、執事さんとメイドさんの態度を見るだけで納得できるモレーノ裁判官はさすがだと思う。
「あの、裁判官? 違うんです、その…」
「ああ、大丈夫ですよ。 メイドを咎めたりはしないので、安心してください」
“メイドさんは悪くない”なんて言ったらメイドさんが絡んでいると自白することになるので、なんと言ったらいいのか困っていると、モレーノ裁判官はあっさりとほとんどの状況を見抜いた。
「アリスさんと一緒にいたマルタの様子を見ていても、当家のメイドが無理を言ったわけではなさそうなので今回は不問に処しますよ。 フィリップもそれで良いな?」
「かしこまりました、旦那さま」
フィリップと呼ばれた執事さんも視線を和らげたので、メイドさんはなんとか叱られずにすむらしい。
「ふむ……。 この情報は早く広めるべきですね。
明日の朝、商業ギルドで<情報登録>をし、夜に陛下に報告を。 国に情報を買い取ってもらい陛下から直轄地の代官にふれを出してもらいましょう。
私の叙爵を待つ必要はない」
裁判官は情報を拡散させる為の最短ルートを提案してくれが、エミルは何か気になったらしく変な顔をしている。
「エミル? どうしたの?」
マルタに聞かれたエミルは言いにくそうに裁判官を見て、呟くように答えた。
「モレーノさまが流布したら“新領主”として華々しい着任になっただろうに、国王陛下に手柄を譲っちまう形になっても良いのかと…」
「「「あ………」」」
護衛組が声を揃えて困った顔をするのに対し、裁判官と執事さんは穏やかな表情を崩さない。
「そこは問題ない」
「はい、問題ございません。 公布するのが陛下でも、この情報を発信するのは当家のアリスさまであることに変わりございませんので」
……えっと、商業ギルドで<情報登録>するのは必須ってことだな。 でもって、私は後見人の役に立つことができるってわけで万事問題なしってこと? …いや、違う。そうじゃない!
「待ってください! 先に調査と私の話の信憑性の確認をしてからの流布でないと、裁判官と陛下の御名に傷が付くかもしれません。
まずはギルドに登録をしてからメイドさんには手紙でご家族に知らせてもらい、ギルドで情報を精査してもらってから流布する流れでどうでしょう?」
データとして示せない情報は反感を買う恐れがある。慎重にした方が良いだろうと提案したが、裁判官は首を横に振った。
「アリスさんがもたらしたこの情報は広めながら精査するくらいでいいんです。
湯に入る前後に水分を取ったりかけ湯をすることで、何か不都合が起こるとは考え難い。汗を掻いた後には水分を補給しないと体調を崩すことは確認が取れていますからね。
たったこれだけのことで浴室での突然死や重篤な病を防げる可能性があるのなら、試さない手はありません。 1日も早く情報を広めることが民の為になるのです」
モレーノ裁判官は、領主の顔できっぱりと言い切った。 確かに、水分補給やかけ湯をすることによっての不都合はない。 ここは裁判官の判断に委ねよう。
「わかりました。 よろしくお願いします。
あ、言う必要もないでしょうけど、エールやワインなどのアルコールは水分とは考えませんので。 コップ1杯程度の水を飲むようにしてくださいね」
「うん? なんでだよ、エールもワインも立派に水分じゃねぇか」
言うまでもないだろうと思いながらの補足説明は、アルバロの質問で言わなければいけないことだとわかった。
冗談ではなく本気で“なんでだ?”と思っているのが伝わってきて、私の背中を冷たい汗が流れる。
居住まいを正して、みんなにもきちんと聞いて欲しいと前置きをしてから説明を始めた。
まずは入浴前の飲酒がいかに危険であるか。 お風呂で体温が上がると酔いが回りやすくなり、転倒などの怪我のリスクが高くなることや、脳貧血や心臓発作の可能性があること。
入浴後すぐのアルコールは必要以上に血行を良くするので止めておいた方がいいこと、アルコールには利尿作用があるので水分の補給にはなりにくいことを丁寧に説明する。
「風呂上りのエールは最高に美味いんだぞ!?」
理解はしても納得してくれないアルバロに丁寧に丁寧に説明を重ねて、アルバロが納得してくれた時にはみんなは頷きながらもちょっと疲れた表情になっていた。
……長々とごめんね。文句は全部アルバロに!!
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