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初めての馬車旅 2

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(ライム、本当に大丈夫なの?)

(だいじょうぶ~♪)

 日本にいた頃には想像もできなかった馬車の揺れ具合に辟易していると、ライムが私と背もたれの間に潜り込んできた。

 私の背中を包み込むように変形して、背もたれから伝わっていた衝撃を和らげてくれる。 この状態は私と背もたれでライムのことを攻撃し続けている状態じゃないかと不安になったが、ライムは至ってご機嫌だった。

(このくらいの衝撃なら、ライムにとっては攻撃にならないから安心するのにゃ! ライムはアリスの役に立って喜んでいるから、あとでいっぱい褒めてやるのにゃ!)

 か弱いライムに過剰な負担をかけているんじゃないかと不安が拭えなかったが、ハクがライムをねぎらうようにぺろぺろと舐めながら笑って言ってくれたので、やっと安心することができた。

 ひんやりと背中を包んでくれるぷにぷにの感触は、ライムの負担にならないなら、私にとってはとても心地の良い状態だ。 

 優しいライムおとうとと、ライムおとうとを理解して褒めているハクおにいちゃんを見て、「今日のおやつはちょっと豪華にしよう」と心に決めた。

「随分と快適そうだな?」

「うん! 今日のおやつはライムのリクエストを優先させるけどいいよね?」

「ああ、いいぞ。 いっぱい褒めてやれ。 それにしてもライムは優秀だな? スライムってのは従魔にするとみんなこうなのか?」

 イザックがあまりにもうらやましそうにライムを見ているので笑ってしまう。 イザックの立派な体躯を支えてもらうには、ライムは可愛すぎるよね。

「ん~……。ライムが特別におとなしくて優しいんだと思う。 他のスライムは初見でいきなり攻撃してきたし」

「ああ、やっぱりそうか。 スライムがみんなライムのようなら、従魔にしているヤツがもっと多そうだしな」

「人気ないの?」

 ジャスパーでは従魔を連れている人には合わなかったからわからなかったけど、スライムは不人気なのかな?

「テイマーの最初の練習台としては人気だぞ。 でも、もっと強い魔物をテイムしたら、その魔物の餌になるパターンが多いな。 逃がしてやるヤツは少ないし、そのまま大事にするヤツはもっと少ない」

「!?」

 何気なく聞いたテイマー界の常識に、私は身を固くした。 いったん従魔にした魔物を他の魔物の餌にするなんて、私には考えられないことだ。

(……ぼく、たべられるならはくがいい)

(!? 食べないにゃ!!)
「食べさせないから!!」

 ライムがぽつんと呟くように心話を送って来たので、ハクと私は大慌てでその内容を否定する。

「ライムは大丈夫だぞ! アリスがこんなに可愛がっているしハクとも仲良しじゃないか! ……俺が無神経なことを言ったんだよな。 ごめんな!」

 私とハクの慌てぶりを見て、ライムが何を感じたのか理解したイザックも慌ててライムに謝っている。

 私たちの必死の説明が心に届いたのか、

「ぷきゅ~(わかった~)」

 ライムがいつものようにかわいい声を上げてくれた時にはイザックは安心して脱力し、私とハクも顔を見合わせて安堵のため息を吐いた。

「けっ、たかがスライムに」

 例によって小馬鹿にしたような呟きが耳に届いたけど、私たちは誰も相手にしない。今はライムをなでなでしながら、いかにライムを大切に思っているかを伝える方が大切だったから。
 
 ……ライムをバカにしたことはきっちりと後悔させてやるけどね!









「本当にこれでいいの?」

「ぷきゅ♪」

 馬車が休憩所に着き、さっそくライムにおやつのリクエストを聞くと(アイスボール!)と元気いっぱいに答えたので、手のひら程のアイスボールを3つ作ってライムに渡した。

(おいしい♪)

 ライムはアイスボールを取り込んでご機嫌だけど、私は違うものが食べたいな。

(ハクは何が食べたい?)

(ライムが次に食べたいものでいいのにゃ。 ライムは何が食べたいにゃ?)

(んっとねぇ~。どらいあっぷる!)

 ライムの希望は聞いたから、次はハクだ。と思って聞いてみると、❝肉❞と答えるかと思っていたハクがリクエスト権をライムに譲った。 

(ドライアップルにゃ!)と元気に答えるハクと、嬉しそうにハクに擦り寄っているライムは見ていて実に微笑ましい。

 イザックと2人で、かわいい従魔たちの姿を3つ目のおやつにしながら水を飲んでいると、前から父親の方の御者が近づいてきた。

「お客さんたちにうちの護衛を紹介しておこうと思ってな。 その前にお客さんたちの名前を聞いてもいいか?」

「…俺はイザックでこっちがアリスだ。 従魔たちの紹介は省く。奴らに関わらせるつもりはない」

「わかった。俺は、……俺のことは❝おやっさん❞と呼んでくれ。いいな? ❝ジジィ❞じゃなくて❝オヤジ❞だ!」

「じゃあ、あいつは❝息子❞か?」

「……俺はディエゴで、あいつはクレトだ」

 最初は❝おやっさん❞と呼ばせたがった御者もさすがに無理があると思ったのか、御者のオヤジ改めディエゴと普通に名乗った。 私が❝おじいさん❞と呼んだことがよほどショックだったらしいな。 謝る気はないけど。

 ディエゴが軽く手を振ると、クレトが冒険者風の男女を連れて歩いてくる。 やっぱり彼らが護衛か。

 クレトたちが近づいてくると、イザックの顔がどんどんと険しくなって来た。 どうしたのかと思いながら見ていると、

「やっぱりお前たちがこの馬車の護衛か! だったら客の俺たちに絡むな!!」

 と一喝する。

「チッ!偉そうにしやがって! この馬車と乗客を守ってやっているのは俺たちだ! 次の魔物が出た時に餌になりたくなかったら片隅でおとなしくしてやがれ!」

「ああ!? たかがDとCランクがBランクの俺を守るだと!? 随分とでかい口を利くじゃないか? お前たちが頼りないから、俺たちに手伝って欲しいって話が持ち上がったんだよ!」

「「な……、Bランク…」」

 私が思っていた以上にCランクとBランクには差があるようで、馬車の護衛の男女は黙り込んだ。

 護衛たちがイザックの言葉の真偽を確かめるようにディエゴ親子の顔を見るが、親子が揃って頷くのを見て悔し気に唇を歪める。

「だが、この馬車の正規の護衛は俺たちだ! あんたたちは俺の指示に従え!」

「いや、基本は別行動だ。 この人たちが夜の野営時の護衛を引き受けてくれたから、お前たちは日中だけ気を配ればよくなった。 おかげで夜はゆっくりと休めるぞ!
 お互いが手に負えない襲撃を受けた時は、Bランク冒険者のイザックさんの指示に従ってくれ」

 私たちより優位に立とうとした護衛の男は、ディエゴによってイザックより劣位に立たされた。 依頼主であるディエゴに不服を訴えようとしたようだけど、隣に立っていた女性に止められる。 冒険者間のランク差が物を言ったらしい。

「私はビビアナでDランク。この人はサルでCランクよ。よろしくね!」

 女性の方が理性的らしく、握手を求めてきた。

「イザックだ」
「アリスよ」

 馬車に乗ってから、この女性が私たちに敵意を向けたことはないので、イザックも私もおとなしく握手を受ける。

 でも、

「詳しい話は依頼主から聞いてくれ。俺たちは夜に備えて休憩を取りたいんだ」

 言外に「邪魔をするな」と伝えるイザックは、サルと呼ばれた男を視界に入れずに顎をしゃくって彼らを追い払おうとした。

 状況を理解しているらしい御者親子は素直に移動しようとしたけど、サルはまだ何かを言いたげだ。

 どうするのかと思って様子を見ていると、依頼主のディエゴがサルを引きずって離れて行く。 

 サルも依頼主に逆らう気はないらしいが、この先こんなので大丈夫なのかと、ほんの少しだけ不安になった……。
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