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お礼を辞退、は難しかった
しおりを挟む魔物に止めを刺した冒険者たちは、重傷を負った仲間の元に急いで集まった。
体中を血で染めている男性に、ゴブリンに犯されそうになっていた女性が縋り付いて泣いている。
「チクショウ! ポーションが足りない!! こんな状態の怪我に初級や中級のポーションじゃあ……」
重症の男性はすでに意識がなくて、瀕死の状態になっている。
でも私の【診断】では【ヒール】3回で治癒可能と出ているから、大丈夫。
悲壮な顔の冒険者たちに声をかけようとして、ハクに止められた。
(ちゃんと代金をもらうのにゃ!)
(ん…? うんうん! 大丈夫だよ。ちゃんともらうから!)
調子よく返事を返したのはいいものの、ヒールの相場を確認するのを忘れていたことに今頃気が付いた! リカバーの相場はわかるけど、ヒールの相場は……。
瀕死の男性も今はまだ治癒が間に合うけど、時間を置くごとにどんどん悪くなるばかりだし、あまり考えている時間はない。 高めの金額を言ってから、❝今回だけの特別サービス❞として値下げをしよう。
「あなたたち、お金は持っているの?」
「は!?」
「なんだと?」
「……ポーションを売ってくれるのか!?」
仲間の心配をしている所にいきなり「お金を持っているか?」と聞かれて、理解できなかった人、むっとした顔になった人、この先の展開を推測した人と、なかなかバラエティに富んだパーティーのようだ。
❝おもしろい❞と思ったことは表情に出さずに、ポーションを売ってもらえるのかと希望を顔に乗せた男性に向き合った。
「ポーションじゃなくてヒールだけどね。 そうだなぁ…。100万メレってところかな」
ヒール1回30万メレ。3回で90万メレだけど、高く見積もって100万メレ。不服なら値切ってくるだろうしね。
「なっ…、100万、だと…?」
案の定、私の設定では高かったらしく冒険者たちが絶句する。 時間がないのでこちらから「いくらなら払えるの?」と聞こうとしたら、一瞬早くリーダーらしき男が口を開いた。
「あんたは回復魔法が使えるのか!?
……ヒール1回が100万で、こいつを街に連れて帰れるようにするにはいくら必要なんだ? 気休めのヒールに1回100万は払えん…。 ちゃんと連れて帰れるくらいには回復させられるんだろうな?」
……私は怪我を全回復させるつもりで100万メレと言ったのに、この人たちは1回のヒールが100万メレだと思っている。
ヒール魔法の相場も結構お高いんだな……。
「今回は特別価格だよ。この人を自分で動けるようにするのに100万メレ。 当然、全額前金ね。
どんどん悪くなっているから、手遅れになる前に早く返事して」
値段交渉している間にご臨終なんて笑い話にもならない上に、私が見殺しにしたみたいになるから嫌だ。 さっさと返事をしてほしい。
私の心の声が聞こえたのか、他の冒険者が「そんなことができるのか!?」と疑っている間に、リーダーらしき男がお金を私に向かって突き出した。
「頼む! 助けてやってくれ!」
「わかった」
開いた掌の上にはちょうど100万メレ。手早くお金を受け取ってインベントリに放り込んだ。
男性に覆いかぶさるようにして泣いている女性が少し邪魔だけど、まあ、いいや。
男性の体に軽く手を添えて【ヒール】をトリプルで発動させると、男性の傷はみるみる内に消えていき、
「ヒール1回でこんなに回復を?」
「いや、あれはただのヒールじゃないだろう? ❝トリプル❞って言っていたぞ」
心配そうに男性を見守っていた仲間たちが自分の目を疑っている間に、彼はゆっくりと目を開いた。
「……女神の御許にしては騒がしいな」
「っ!! あんたっ! 生きてるんだねっ!?」
空を見て眩しそうに眼を細める男性を見て、泣きじゃくっていた女性が力いっぱいに抱く。
「い、痛いって! 少し力を抜いてくれ!」
男性が女性に抱きつかれて悲鳴を上げる姿を見て、仲間たちが一斉に笑い出す。 …もう、私にできることはないな。
男性を【診断】して回復していることも確認したし、お金も受け取っている。これ以上ここにいる必要はないのでさっさと離れようとすると、
「ちょっと待ってくれ!!」
リーダーらしい男性に呼び止められた。
「礼くらいきちんと言わせてくれ。
危ない所を助けてもらったばかりか仲間の命まで救ってもらって、本当に感謝している。 ありがとう!」
リーダーがきっちりと腰を折って礼を言うと、他のメンバーも口々に感謝の言葉を口にした。「街に戻ったら酒でも奢らせてくれ」という声も聞こえる。 でも、初対面の人たちとお酒を飲む気はしない。
「どういたしまして。 対価はちゃんともらっているから、これ以上はお気遣いなく」
戦闘で私が倒した魔物はきちんともらったし、ヒールも100万メレで❝販売❞したものだ。これ以上は必要ないと断ると、
「瀕死の重傷の治療が100万メレなんて、破格じゃないか! 何か礼をさせてくれ!」
と頭を下げられた。 自分の治療が100万メレだと聞いた、元・瀕死の男性も驚いて改めて礼を言ってくれる。
「あたいがこいつの目の前でゴブリンに犯られなくてすんだのもあんたのお陰だよ。 礼くらいさせてくれ」
女性がさっきまで泣きじゃくっていた顔に満面の笑顔をのせて「何か礼を」と言うので、なんとなく断わりそびれてしまう。
元・瀕死の男性も貧血で真っ白な顔をしながら女性の言葉に何度も頷くものだから、案の定気を失いかけてるしね。 放ってはおけないよね。
「わかった。 じゃあ、お礼に肉体労働をしてもらおかな。 この近くに泉があるから、そこまで移動しよう」
これ以上断るのも面倒だと判断して、とりあえず、水場まで移動することにした。
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