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お預け
しおりを挟むびっくりして思わず大きな声を出してしまったことに慌てる私を見て、ドアパーソン改め支配人のおじいさんは好好爺然とした笑顔から一転、いたずらな笑顔でウインクを1つ投げてきた。
「門の前で立っていますと、お客さまの自然な表情が見られてとても楽しいのです」
と言って楽し気に笑う支配人さんだけど、要は、客の本性が垣間見られるポジションがあそこってことだよね?
………支配人さんも、随分と人が悪い。
ほんの少しだけ咎める視線を送ってみても、
「この宿の❝格❞を守るのにも一役買っております」
さらりと流されてしまって手ごたえがない。
「ランクCの冒険者がこの宿に泊まることで、❝格❞を下げるとは思わないの?」
自分を卑下するわけではないけど、冒険者はそこまで上品な人種ではないと思う。 実際、先に様子を見に行った2軒の宿のドアパーソンには失礼な態度を取られたわけだし。
私の前では正直に答えにくい質問だったかな?と思ったんだけど、
「❝格❞を上げ下げするのはお客さまの職業ではございません。わたくし共の❝おもてなしの心❞とそれを形にする❝技術力❞でございます」
支配人は表情を変えることなくあっさりと答える。
でも、門の前で客の選別をしてるでしょ? その基準は何? って、聞いてみたかったんだけど、これ以上は踏み込み過ぎだと判断して声には出さない。
とりあえずは、この宿が❝一見さんお断り❞でなかったことを喜ぼう!
<商業ギルド>の登録プレートを返してもらいながら、私の心はお風呂に入れる嬉しさでいっぱいだった。 その為、
「ほぅ、商業ギルドでもランクC登録とは……。楽しい話が聞けそうだ」
と支配人さんが楽し気に呟き、それを聞いていたフロントの女性が苦笑を漏らしていたことには気が付かなかった。
24時間いつでも入れるお風呂と、朝・夕の2食がついて1泊50万メレ。覚悟はしていたけどやっぱり高額だ。
幸いこれまでのあれこれでお金に余裕があるので3泊分の150万メレを前金で支払ったけど、私の肩の上からじっと見ていたハクも何の文句も言わなかったので、この宿はハク査定で合格ということらしい。
……今度ゆっくりと、査定基準を詳し~く聞いてみよう。 案外ハクの❝勘❞とか❝気分❞なのかもしれないな。だって、守銭奴のハクが一泊で50万メレもの散財に文句ひとつ言わないんだものね?
ベルパーソンさんに部屋まで案内してもらっている途中で16時を知らせる鐘が鳴り響き、いつの間にかそんなに時間が経っていたことに気が付いた私たちは、部屋のドアを開けることなく慌てて踵を返すことになった。
驚くベルパーソンさんに謝り、後でまた案内を頼むことを伝えながらライムをマントの中に入れてやり、走らないように気を付けながらできるだけ速足で歩く。
門の所へ戻っていた支配人さんが「わたくし共が何か粗相を?」と心配そうに眉を寄せたので慌ててそうではないことを説明し、一旦冒険者ギルドへ戻ることを伝えると、馬車の手配を申し出てくれた。
気持ちはありがたかったけど、マップを頼りに抜け道を使いながら自分で走った方が早いと判断して丁重に断る。
衝動的にギルドを出て来て、必要な手続きや支払いなどをしていなかったことを猛烈に反省しながらギルドに向かっていると、どこからともなく香ばしい香りが漂ってきてお腹の虫を刺激した。
時間的に晩ごはんの支度かな? ハクが楽しそうに鼻をクンクンさせ始めたので、私は慌てて駆け出した。
先に用を済ませないとね! お買い物はその後だよ~!
ああ、本当に、どうして衝動的にギルドを出て来てしまったのかなぁ。 お預けになってしまったお風呂とおやつに意識を飛ばしながら街の中を走り抜ける。
ギルドの宿は当日キャンセルできるかな?
2千メレも無駄にすることになったら、今は肩の上でご機嫌なハクがどれだけ怒るかわからない。
私はこの世界に来てから初めてと言ってもいいくらいに、必死に街の中を走り続けた。
応援ありがとうございます!
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