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街歩き2日目 5

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「ああ、そのりんごは少し大きすぎたわね。食べやすい様に切ってあげるからお皿に乗せて?」

「や! これあたしの!!」

「取り上げたりしないよ~。 ……本当にそのままでいいの? じゃあ、少しずつよ~く噛んで食べるのよ!」

「ぐっ、げほっ!」

「おじいさん、大丈夫!? ゆっくり食べないと喉に詰まるよ? はい、お水!」

「すまなねぇ、娘さん」

「いいえ~。 あ、おばさん! 坊やに食べさせてばかりいないで、自分もちゃんと食べてよ~?」

「ありがたいねぇ……。こんなに美味しいごはんをこの子たちに食べさせてあげられるなんて……。あんたは本物の聖女さまだよ!」

「違うから! それだけは間違えないで!? 私は聖女なんかにならないから!!」

「そうだよ、かあちゃん! ねえちゃんは聖女なんかじゃなくて、女神さまなんだぞ!」

「それ、もっと違うからっ!! 私はただの冒険者だからーっ!!」

 ……いきなりの賑やかな現場で何をしているのか気になる? えっと…、炊き出し(?)中です。

 マッシモの家を覗いていた少年…、私を❝女神さま❞と言った少年は、マッシモのことを心配して様子を見に来てくれた❝心優しいご近所さん❞の1人で、今ここにいる人たちは、寝たきりになっていたマッシモのことを気に掛けてくれていた心優しい人たち。

 今マッシモがゆっくりと齧っている硬いパンも、少年が彼の為に持って来てくれたものだ。

 ……この場所は街の中でも貧しい人たちが集まっている場所で、本来なら他人に食料を分けてあげる余裕なんてないハズなのに、ここにいる人たちは❝他人を思いやる気持ち❞を忘れてはいなかった。

 嬉しそうにりんごを頬張っている少女は寝たきりのマッシモの為に、家の側などに咲く小さな花を摘んで来ては「今日はいい天気」「今日もかわいいお花を見つけた」とお話をして帰るらしい。 ……マッシモが「うん」とか「ああ」しか言わなくても気にせずに!

 おじいさんはお花の少女のおじいさんで、もう先がないと思われていたマッシモの為に体を拭いてやったり、毎日女神ビジューへの祈りを捧げてくれていた。 病のせいで自身が歩くのも大変なくらいに弱っていたのに。

 小さな子供にスプーンでお粥を食べさせている女性は少年のお母さん。ドアだけでなく、色々なところが壊れているせいでほこりや砂が入り込んでしまうマッシモの家を掃除しに来てくれていた。昔、男性に乱暴されそうになった時にたまたま通りかかったマッシモに助けてもらったからそのお礼だ、と言って毎日様子を見に来てくれていたようだ。……元・夫に焼かれた顔を布で覆い隠し、「化け物」と呼ばれる恐怖に怯えながら。

 そうして少年は街の中のお使いなどで稼いだわずかなお金で買う食料を、マッシモに分けてあげていた。お母さんが自分を身ごもっていた時に助けてくれたマッシモは、自分の命の恩人だから、と。

 この人たちのお陰でマッシモは今日まで生き延びていて、この人たちのお陰でイザックが余計な心の傷を負わずに済んだ。

 そう思った私は感謝の気持ちをほんの少し形にするためにおじいさんの病を治し、お母さんの火傷の痕を綺麗に治療した。そして、治癒魔法の❝副作用❞で減ったお腹を満たす為に食事を提供しただけなんだけど……。

「かあちゃん! やっぱり女神さまは俺たちのことも忘れていなかったんだな! 生きてりゃいつかいいことがあるってかあちゃんが言ってたのは今日のことだな?」

 スプーンを握りしめながらキラキラした目で私を見つめる少年の喜びようが胸に痛い。大したことをしたわけじゃないんだけどな。 その反面、

「見ず知らずの俺の為にここまでのことをして、あんたに何の得があるって言うんだ……?」

 と疑いの混じった目で私を見るマッシモにはかなりムカついている。 イザックが言うには、元は大きな声で良く笑う大らかな男性だったらしいんだけどね。 何があってこうなったのかは知らないけど、何かにつけて疑いを持たれるのは正直なところ気分が良くない。 

 だから誤解を解くことにした。

「私はあなたの為には何一つしていないけど?」

「は? 俺を治療してくれた上に、今だってみんなに飯や治療を……」

「あなたを治療したのはイザックの頼みだったし、彼らの治療は、今日まであなたを生かしてくれていたことで、結果的にイザックの心を守ってくれたことへのお礼の気持ちだから。 あなたの為には何もしてないし、今後もしない」

 きっぱりと言い切ると、マッシモはびっくりしたように口を噤んだ。 代わりにイザックが口を開き、

「……アリスらしくない物言いだな? どうした?」

 突っ込んで欲しくない、私の心情に突っ込んできた。

 ……自分でもわかってる。私の中で育ってしまった暗い感情。これは❝嫉妬❞だってことくらい。

 生きることを放棄しようとしていたマッシモを何とか助けようとした❝昔❞の仲間のイザック。

 見返りを期待できる状況ではないのに、マッシモを気にかけ続けてくれた❝ご近所さん❞や❝昔に繋がっていたご縁❞。 

 それは、私が失くしてしまったもの。遠い地球に置いてこざるを得なかったものだから。

 だから、私はマッシモが羨ましかった。 それなのにイザックがここに来たことに喜びを表すこともなく、気にかけてくれる人たちがこんなにたくさん側にいるのに、生きていくことを放棄しようとしていたマッシモに苛立ちを感じていたんだ。

 所々をぼかしながらポツポツと話をすると、

「アリス……。おまえ、今の話をモレーノさまが聞いたらあの人落ち込んじまうぞ? それにマルタの耳に入ったら泣かれるかもしれんな。 噂に聞くマルゴ夫妻だって、アリスを大事に思っているようなのに、怒る…、いや、やっぱり悲しむだろうな。
 ちなみに俺は……、悔しいぞ。 一緒に戦ったり笑ったりしてきた俺たちのことを忘れないでくれよ!」

 イザックは顔を歪めながら私の頭に手を置いた。 そして、私の肩の上では、

(アリスには僕がいるのにゃ! ライムがいるのにゃ! スレイやニールだっているのにゃ! ビジュー様もにゃーっ!)
(ありす! ぼくたち、ずっとそばにいるよ? わすれないでね?)

 私の可愛い従魔たちが、悲しそうに抗議の声を送ってくる。

 ……そうだよね? 失くしたものばかりじゃない。 新たに手に入れたものだってたくさんあるんだ。

 こっちビジューに来てからつながったご縁は意外に多い。

 失くしたものばかりに意識がいって、もう少しで新たに手に入れた大切なご縁をないがしろにするところだったよ。

 肩の上で抗議するように飛び跳ねる2匹を腕にだき、頬を寄せながら小さな声で謝った。

「ごめん。今まで一緒にいてくれてありがとう。 これからもずっとそばにいてね?」

 私の反省と感謝の気持ちが伝わったのか、それまで腕の中で暴れていた2匹が少しだけ大人しくなり、

「んにゃん♪」
「ぷきゃ~♪」

 可愛らしい声で鳴いて、頬にすりすりしてくれる。

 ………この仔たちのお陰でどれだけ心が慰められたか。この異世界を生きて来るのにどれだけ心強かったかを思い出し、改めて感謝の気持ちを込めてすりすりをいっぱい返す。

 ハク! ライム! これからもよろしくね!!
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