474 / 754
頼もしいご近所さん
しおりを挟むミネルヴァさんに会いに孤児院へ行ったら留守だった。お留守番役の子が、夕方までには戻る予定だと教えてくれたので時間つぶしに近所の散歩をしていると、
「今日は溝の掃除が追加だ。綺麗にしてくれよ」
「うんっ!!」
「は~い!」
衛兵の詰め所の前で孤児院の子供たちが集まって、衛兵さんたちから掃除道具を手渡されていた。
様子を見ていると、
「16時の鐘が鳴るまでには終わらせてくれ」
「わかりました。皆、始めるよっ!!」
「「「お~!」」」
年長の子供の号令で、子供たちが一斉に動き始める。
詰め所の周りの掃除を元気に始める子供たちと、子供たちを優しく見守る衛兵さんたちの姿をほのぼのとした気分で眺めていると、ふとこちらに気がついた衛兵さんと目が合った。
衛兵さんが一瞬だけ私を不審そうに見たのに気がついたので、ゆっくりと近づいて行くと、
「アリスおねえちゃんだ!」
「アリスちゃん! お仕事が終わったら一緒にあそぼっ!」
「おねえちゃんのごはんおいしかった! 今日も作ってくれるの?」
私に気がついた子供たちが笑顔で話しかけてくれ、衛兵さんの視線も柔らかいものになった。
衛兵さんと挨拶を交わして子供たちの❝仕事❞について聞いてみると、子供たちは週に1度、詰め所や周辺の掃除をすることで賃金を得ているとのことだった。少しでも孤児院の助けになれば、と詰め所の隊長さんが発案したらしい。
詰所のトイレ掃除などもするそうなので、子供を中に入れても大丈夫なのかと聞いてみると「危険があると判断した時は中には入れないようにしているし、俺たちが守るから大丈夫だ」と請け負ってくれたので安心だ。
衛兵さんと一緒に❝お仕事中❞の子供たちを見守っていると、黙ってまじめに掃除する子、楽しそうにおしゃべりをしながらもキッチリと手を動かしている子、……面倒そうにいやいや掃除をしている子など、様々な様子が見られてなかなか面白い。
なんとなく、この子たちのことを衛兵さんたちはどう思っているのかと聞いてみると「皆それぞれだ。それぞれに普通の子供だな」と穏やかな微笑みと共に返事が返ってきた。
まじめな子、明るい子、ちょっと乱暴な子、大人しい子、元気な子、少し気が弱い子。孤児院の子供だからといって、みんなが良い子でもなければみんなが悪い子でもない。と言って、掃除をさぼって箒で遊び始めた子を笑いながら叱りに行く。
……ここの衛兵さんたちに子供たちへの偏見がないことがありがたい。以前会った非番中の衛兵さんの反応を覚えていたから少しだけ不安があったんだけどね。払拭されて良かったよ。
いいご近所さんに恵まれたな。と安心しながら子供たちを見ていると、
「アリスさん!」
孤児院の方からヴァレンテくんが駆けてきた。
職人見習いのヴァレンテくんがこんな時間に戻ってくるのは珍しいらしく、嬉しそうに名前を呼ぶ子供たちに笑顔で「ただいま」を言いながらヴァレンテくんも詰め所の掃除に加わった。
せっせと働くヴァレンテくんに、
「今はまだ工房にいる時間だろう? 何かあったのか?」
「その表情なら心配はいらないか? でも、どうしてこんな時間に帰って来たんだ?」
衛兵さんたちが少し心配そうに聞いてくれて、彼らが子供たちの職場の事情まで気にかけてくれているのがわかり頼もしく思う。職場で理不尽な目に遭ったら相談に乗ってくれそうだ。
ヴァレンテくんも衛兵さんたちの気持ちをちゃんと理解していて、くすぐったそうな表情でトラブルではないから心配はいらないと説明している。
どうやらヴァレンテくんが練習を兼ねて作っていた女神像を取り上げて換金していた兄弟子たちの所業が、親方さんの耳に入ったらしい。
もちろん、反省した彼らが自分で告白した訳ではなく、工房に出入りの商人さんの、
「いや~、親方の所ではいいお弟子たちが育っておりますなぁ。彼らの作る女神像はなかなか好評ですよ」
という、ちょっとした世間話から発覚したようだ。
最近兄弟子たちが女神像を作っていることを知らなかった親方さんが(知っている訳がないよね。彼らが作った物じゃないんだから)❝見習い卒業試験❞として女神像を彫らせたところ、イマイチな出来に首をひねり、親方さんにコレのどこを評価したのかと聞かれた商人さんも首をひねったことから話の雲行きが怪しくなった。そしてヴァレンテくんが廃材で女神像を彫っていたことを知っていた親方さんが事の真相に思い当たり、鬼の形相の親方さんに問い詰められた兄弟子たちが、泣きながら白状した、と。それを聞いた親方さんは、
「見習いが練習作品を売って小遣いを稼ぐのは目を瞑る。俺たち職人のほとんどが通って来た道だからな。
だが、弟弟子の作品を奪って小遣い稼ぎをするとは何事か! お前たちに職人としてのプライドはないのか!? 自分で腕を腐らせるようなことをするんじゃない!!」
と烈火のごとく弟子たちを叱りつけ、兄弟子たちを❝集中して再教育❞する為に、ヴァレンテくんに休暇を与えたらしい。
職人さんたちには基本休暇がないと聞いていた私は「休みが貰えて良かったね!」と喜んだんだけど、ヴァレンテくんは浮かない顔になり、自分よりも小さい子たちを見つめながら「休みの間は稼ぎが一切なくなる。何とかしないと」と呟くように言った。
そうか。有給休暇も休業補償もない見習い職人さんは❝仕事を休む=収入がなくなる❞なんだ。
話を聞いていた衛兵さんたちも、「それは大変だよな。何か仕事を世話してやりたいが……」と悩まし気だったので、
「だったら、私の仕事を引き受けてみない?」
以前から欲しかったものを作ってもらうことにした。
<米>が有って<醤油>もあるんだから、当然あると思っていた<お箸>。でも、今まで見かけたことがないんだよね。自分で作ろうと頑張ってみてもなかなか上手くはいかなかったので、ちょうどいい機会だから発注することにした。でも、
「木の枝じゃダメなのか? 枝なら先も細くなってるし」
私から<お箸>の形状を聞いたヴァレンテくんは不思議そうに首を捻り、
「木を細く切るだけで金は取れんだろう……」
衛兵さんたちも困ったような顔で私を見ている。なので私は、
<お箸>は食物を挟んで口に運ぶものなので木材そのものの安全を考慮したいし、ただの細い棒が欲しいのではなく、私の手に馴染むような長さと太さのものが欲しいのだと力説した。当然ささくれなどがあっては指を怪我してしまうから表面は綺麗になめらかに削って欲しいし、直接手の当たらない所に可愛い彫り物などがあると嬉しいことなど細かい注文をする。
そして練習用の木材と本番用のトレント材を取り出し、お箸を上手に削れたら次は女神像を作って欲しいとお願いすると、
「お箸の次が女神像?って差が激しすぎるよ! それもトレント材で作れなんて、アリスさんは何を考えてるんだ?」
「いくら知り合いでも、見習い職人にトレント材なんて……。手が震えてまともに動かないんじゃないか?」
ヴァレンテくんの深~いため息と、衛兵さんの呆れたような視線が返ってきた。
219
あなたにおすすめの小説
王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません
きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」
「正直なところ、不安を感じている」
久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー
激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。
アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。
第2幕、連載開始しました!
お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。
以下、1章のあらすじです。
アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。
表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。
常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。
それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。
サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。
しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。
盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。
アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?
魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します
怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。
本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。
彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。
世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。
喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。
公爵家三男に転生しましたが・・・
キルア犬
ファンタジー
前世は27歳の社会人でそこそこ恋愛なども経験済みの水嶋海が主人公ですが…
色々と本当に色々とありまして・・・
転生しました。
前世は女性でしたが異世界では男!
記憶持ち葛藤をご覧下さい。
作者は初投稿で理系人間ですので誤字脱字には寛容頂きたいとお願いします。
転生貴族のスローライフ
マツユキ
ファンタジー
現代の日本で、病気により若くして死んでしまった主人公。気づいたら異世界で貴族の三男として転生していた
しかし、生まれた家は力主義を掲げる辺境伯家。自分の力を上手く使えない主人公は、追放されてしまう事に。しかも、追放先は誰も足を踏み入れようとはしない場所だった
これは、転生者である主人公が最凶の地で、国よりも最強の街を起こす物語である
*基本は1日空けて更新したいと思っています。連日更新をする場合もありますので、よろしくお願いします
今さら言われても・・・私は趣味に生きてますので
sherry
ファンタジー
ある日森に置き去りにされた少女はひょんな事から自分が前世の記憶を持ち、この世界に生まれ変わったことを思い出す。
早々に今世の家族に見切りをつけた少女は色んな出会いもあり、周りに呆れられながらも成長していく。
なのに・・・今更そんなこと言われても・・・出来ればそのまま放置しといてくれません?私は私で気楽にやってますので。
※魔法と剣の世界です。
※所々ご都合設定かもしれません。初ジャンルなので、暖かく見守っていただけたら幸いです。
貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ
凜
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます!
貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。
前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?
はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、
強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。
母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、
その少年に、突然の困難が立ちはだかる。
理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。
一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。
それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。
そんな少年の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる