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治癒士ギルド 1

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「黒髪黒目、猫にスライム。そなたが野良……、いや、【治癒スキル】保持者のアリスであるな? 我が<治癒士>ギルドへ所属することを許可するゆえ、今から教会まで来るがよい」

「え? なんで?」

「アリスさん、中に戻って! マッシモはギルドマスターに報告に行ってくれ!」

「ああ、わかった。詰所にも話を通して行くから、俺らが戻るまでここは任せたぞ!」

「どうしてギルマスに事情説明?」

「説明は後でする! アリスさんは早く中に入ってくれ!」

「ん…。わかった」

 それは、ある晴れた日の午後。

 ヴァレンテ君に頼んでいた組紐の丸台や組玉が仕上がったと連絡を受け、ミネルヴァ家にお邪魔した帰りのことだった。

 門扉の向こう側に停まっている馬車を見て不審に思ったルシアンさんとマッシモに送られながら門扉を出たとたん、馬車の扉が開き、尊大な態度の男性が馬車の中から声を掛けてきた。

 私は<治癒士>になりたいなんて一言も言った覚えはないんだけどな? そんなことを勝手に許可されても迷惑でしかないんだけどな?

 突然やって来た迷惑な話。でも私はすでに<冒険者>であり<商人>だ。今更(元からだけど)<治癒士>になんてなる気はないと一言いえば済む話だと思うんだけど、ルシアンさんたちやミネルヴァ家の皆にはそうではないようで、

「ミネルヴァ! ヤツらが来やがった! 子供たちを中に入れて窓を全て閉めてくれ!」

「まあ! やはりこちらに来たのですね。さあ、みんな! 落ち着いて約束した通りに行動するのですよ? お兄ちゃんとお姉ちゃんは小さい子たちから目を離さないで」

「「「「「は~い!!」」」」」

「アリスさんはこっちで小さい子たちと一緒にいてね? あ、ハクちゃんとライムちゃんもアリスさんから離れちゃだめだよ!」

「ええ?」

「だいじょうぶだよ、アリスちゃん! 僕らはヒトジチになんてならないからあんしんして!」

「ええっ!?」

 即座に一致団結した上で、❝人質❞なんて物騒な単語まで出てくる。

 ❝ギルド加入の勧誘❞に対する対応にしては大袈裟だと思っていたら、珍しく怒っているような表情をしたミネルヴァさんと、真剣な表情の中に❝困ったな❞という色を混ぜたルシアンさんが説明をしてくれた。

 そもそも<治癒士ギルド>と呼ばれるギルドは特権意識が強い人の集まりのギルドらしい。

 ……うん。短い期間だけど、色々なところで聞く噂でもそうだった。ギルド員以外が<治癒士>を名乗るだけでも問題にするような器の小さいギルド。

 その中でもこの街の<治癒士ギルド>は特権意識が強い人たちが集まっているらしい。

 それはギルド長が没落した元・伯爵家令息だということが大きいようだ。

 代々の領地が豊かだったことに加えてご両親の代で興した商売が軌道に乗り、彼は幼少の頃から贅沢な品と伯爵家の資産に擦り寄って来る大人たちのおべっかに囲まれて育ち、自分は女神に愛された子供だと思うようになり……、選民意識の強い少年に成長した。

 そのまま成長を続けてもろくでもない大人になる可能性の高かった少年は、ある日全てを失うことになる。

 伯爵家が国に納めるべき税をごまかしていたことが発覚したのだ。代々豊かな土地だったのに。商売も軌道に乗っていたのに。お金にはこれっぽっちも困っていなかったのに!

 もともとあまり良くない噂があった伯爵家だったので、これを機に王家が密かに調査をさせた結果、彼のご両親が商売の為に後ろ暗い手段を取っていたことが判明した。

 商売関係者への賄賂としてヒトを贈っていたのだ。領内の住人や訪れる人々の中から主に人族、獣人族、エルフ族の若い男女を攫ってはまず自分たちが楽しみ、飽きたら関係者へ下げ渡していたのだ。もちろん秘密裏に。

 元々この国は貴族に有利に出来ている。だから伯爵が平民の彼らを攫っていても、❝借金の形に身売りを希望された❞とでも言えば降爵と税の追加徴収で済んだかもしれない(この国の王さまはモレーノお父さまのお兄さんだから、済まさなかったと思いたい)。だが、彼らが扱った❝賄賂❞中に、遠方の男爵家の嫡男が含まれていたことから言い逃れが出来なくなった。

 男爵家の嫡男くんは王都から領地に戻る際にこの街に立ち寄り、この街を出てから盗賊に襲われ連れ去られていた。その彼がどうして伯爵家の下げ渡し品などになっていたのか。

 もともと伯爵家を不審に思っていた王家はこのことを重く受け止め、伯爵家を取り潰して領地を没収。伯爵夫妻を始めこの件に関わっていた大人たちを処刑した。しかし、当時まだ子供だった伯爵家末子のギルドマスターはお目こぼしとなり、格下の親戚の家に預けられたそうだ。無一文で。

 親戚の家には成人間際の嫡男と優秀な次男がいて彼は当然後継者として迎えられたわけではない。いうなれば居候だ。それまでは甘やかして育てられ、自分を注意する人などほとんどいない狭い世界で生きてきた彼は、随分と肩身の狭い思いをしたらしい。

 ……が、それも初めて【治癒スキル】を発動するまでの短い間のことだった。

 不注意で階段で転びねん挫した。その痛みを何とかしようとして、たまたま治癒スキルを発動することに成功したそうだ。そしてそれを見ていた使用人から男爵家当主に話が通り、彼は厄介な❝居候❞からありがたい❝金の生る木❞に昇格し……。男爵家の人たちの態度がガラリと変わった。

 男爵家の手のひら返しの態度のせいもあり、彼は❝世の中は金だ。金を生み出すスキルを所持している自分はやっぱり女神に選ばれた者なのだ!❞という思いを強くしたらしい。

 うん。なんとなく事情が分かった気がする……。

 蛙の子は蛙。

 彼は自分の地位を固める為に、手段を選ばないんだね? 私の勧誘の為にミネルヴァ家の子供たちを攫う可能性があるってことか……。

 でも、いつまでもこのままここに立てこもっている訳にはいかないし……。どうしようかなぁ。
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