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猫編集部には猫がいる
第5話 愛は語らうもの
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すーはー、すーはー。
タロウ編集長を追いかけて十分。
何度も繰り返したものの、深呼吸は役に立たない。
そもそも呼吸を整えたくらいで無になれたら、座禅なんか滅んでいる。
そう、無理なのだ。
私は、奥ゆかしい日本人にはなれない。
グローバルな視点で、愛情をこれでもかと前へ前へ出していきたい。というか、愛を隠すなんて間違っているのだ。
愛は語らうもの。
表現するもの。
毛穴という毛穴から放出するもの。
私は、吉井瀬利奈という存在が近づくことを決して許さない茶トラの猫を凝視する。
好き好きオーラを隠して猫に近づく作戦を実行したが、オーラを隠すことはできず、近づくことができなかった。ならば、オーラ全開で行くしかない。
私は、今までの鬱憤を晴らすようにダッシュする。
「タロウ編集長! 今度こそ、掴まってくださいっ」
「うにゃああああっ」
編集部に、猫の鳴き声が響く。
そして次の瞬間、茶トラの猫がものすごい形相で編集部を駆け回り始め、紙が舞い、机の上の備品が飛ぶ。それは、さっきまでの追いかけっことは比べものにならない勢いだった。
タロウ編集長がサカナさんの頭の上を駆け、乙女の前を突っ切り、私の横をすり抜けていく。編集部は、荒くれどもが我が物顔で闊歩する世紀末よろしく滅亡の時が近かった。
「え、これは、ちょっと」
予想外だ。
ここまで嫌われているなんて。
私は、お茶漬けのようにあっさりとタロウ編集長を追いかけ回すことを諦める。そして、荒れ果てた編集部を片付けてから、椅子に座った。
こんなにも動物から嫌われるなんて、呪われているんじゃなかろうか。
どん、と机に肘をついて頭を抱えていると、隣の席から不満そうな声が聞こえてくる。
「ねー、リナ。編集長と遊ぶの終わったの?」
制服の裾を引っ張られて乙女を見ると、彼女は完全にむくれていた。私は、機嫌を取るようになるべく優しく言う。
「遊んでるんじゃなくて、練習だよ」
「練習でもなんでもいいけど、編集長ばっかりリナと遊んでずるい」
「じゃあ、今度は乙女と遊ぼうかな」
「遊ばなくていい。リナ、編集長の方が好きなんでしょ」
そう言って、乙女が椅子ごと背を向ける。
その姿に、彼女が拗ねていることがわかる。
家でも、これと同じようなことがよくある。私が試験勉強をしたり、ゲームをしていると、構って欲しいのか邪魔をしにくるのだけれど、じゃあ遊ぼうかと準備をするとそっぽを向いてしまう。今までに何度もそんなことがあったから、気まぐれな彼女に付き合わされることには慣れている。
猫は気まぐれなところも魅力の一つだ。
可愛い。とても可愛い。
人間になっても、拗ねている乙女は可愛い。
「ごめん、ごめん。私の一番は乙女だよ」
私は、彼女の髪をゆっくりと撫でながら声をかける。
「ずっと編集長と遊んでたくせに」
「本当にごめんね。こんなにも綺麗で可愛くて、乙女って名前がぴったりな女の子を放っておくなんて、私が全面的に悪い。どうかしてた」
ぱんっと手を合わせて謝ると、乙女がこちらを向く。そして、じっと私を見てから、恨みがましい声で言った。
「リナ、わたしに芋子って名前を付けようとしたくせに。メインクーンってジャガイモの名前みたいだよねーって言って、芋子って名前を付けようとしたくせに。リナ、適当にわたしの名前を付けようとしたくせに」
いや、あれは、その。
そう、ちょっとした過ちで。
メインクーンと聞いた瞬間、私の頭に浮かんだものがメークインだった。丸っこい男爵いもとは違う細長いジャガイモで、頭がいっぱいになってしまったのだ。だから、思わず芋子と名付けようとした。
でも、高貴な雰囲気が漂うメインクーンに芋子は似合わないなと思い直し、最終的にテーブルの上にあったいちご“とちおとめ”から乙女と名付けた。
いちごは可愛いし、乙女も可愛い。
とちおとめから、乙女って名前を付けた私、天才すぎでしょ。
本当に思い直して良かった。
「芋子は一時の過ちで、ちゃんと可愛い名前を選んだし、その件に関しては許して欲しいなあ。ねえ、乙女」
そう言って、じとーとした目で私を見ている乙女のほっぺたをつつく。
「仲良くしたいから、機嫌直して。ほら、猫じゃらしで遊ぼうよ? 乙女、猫じゃらし好きでしょ」
アルバイトとして真面目に仕事をする必要があるが、今の状態では獣使いとして役に立たないし、タロウ編集長は人間に変身する様子がなかった。副編集長のサカナさんも小説――宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』を読んでいて仕事をする気配がない。
こんな状況だし、少しくらい乙女と遊んでも良いよね。
私は緩い雰囲気しかない猫編集部の居心地の良さに流されるように、猫じゃらしを乙女の前で振ろうとした。けれど、手を動かす前に猫じゃらしを乙女に奪われてしまう。
「遊びたいけど、今は我慢する」
「え、なんで? 猫じゃらしじゃ、機嫌直らない?」
「違う。猫になったらリナとお話できないもん。リナ、猫語わかんないでしょ」
斜めだったご機嫌がそれなりに戻ってきたのか、甘えたような声で乙女が言った。その声とゴロゴロと喉を鳴らしながらすり寄ってくる猫の乙女のイメージが重なり、私は彼女をむぎゅーと抱きしめて体中撫で回したい衝動に駆られるが、なんとか耐える。
猫ではなく人間の女の子の体を撫で回していたら、ただの変態だ。ここには猫しかいないけれど、人間の形態をとっている生き物に積極的に見せたい姿ではない。
「猫語は、なんとなく予想するくらいしかできない」
体中を撫で回すかわりに乙女の髪を撫で、指に絡ませたりしながら答える。
「だよね。だから、人間になってるときはリナとたくさんお話したい」
「いいよ。私も乙女と話したいから。なんの話しようか?」
乙女と話たいことは、一日では終わらないほどある。
普段何を考えているのかとか、ご飯の量はあれくらいでいいのかとか、好きな遊び道具とか。知りたいことが山ほどあるのだ。仕事が終わってから話そうと思っていたけれど、今はやることもない。乙女と話していても問題ないだろう。
私は、前のめりになって乙女と話す体制を整える。でも、すぐにトゲトゲとした言葉が後頭部に投げつけられた。
「ええい、人間! 乙女といちゃつくな。お前は獣使いとして働けるように訓練しろっ」
いつの間に人間になったのか、それはタロウ編集長の怒鳴り声だった。
「練習相手、タロウ編集長なんですけど良いんですか?」
私は、猫に戻ってもらうのが申し訳なくなるほど疲れた様子のタロウ編集長に一応尋ねる。
「いいわけあるか! 外だ、外に行け! 外の猫で練習してこいっ」
いがぐりのようにツンツンした言葉が編集部に響くと、応戦するように乙女が言った。
「編集長、うるさい。声、大きすぎ。あと、リナはわたしと休憩するの」
「うるさいじゃない。ここは遊ぶところじゃないぞ」
このまま行けば、言い争いが激化する。
そう思ったところに、のんびりとしたサカナさんの声が割って入った。
「まあまあ、編集長。今日はこの辺で終わりにしたらどうですか」
そう言うと、サカナさんはちらりと猫じゃらしを見せる。
「ちょ、ちょっと待て。それをしまえ。じゃれつきたくなる」
タロウ編集長は疲労が滲む声で言い、椅子ごとサカナさんから離れる。
「今、猫になったら俺は死ぬ。そこの人間が怖すぎて死ぬ。そもそも、俺が人間になってるのは人間、お前のためなんだぞ」
酷い言いようだが、それよりも気になる言葉に猫耳がぴくりと反応する。
「私のためって、どういうことですか?」
「人間、お前が言葉を理解できるように、だ! 本当は、猫のままの方が楽なんだからな。……猫になったとき、お前があんなに気持ちが悪いとは思わなかったが」
「最後のは余計です。それにしても、猫の方が楽ってことは、私が猫語を理解できればみんな猫のままでいたいってことですよね?」
「お前が気持ち悪くなければな」
タロウ編集長が冷たく言い放つ。
「そこをどうにかできれば、猫に囲まれて仕事ができるってことなんですよね?」
「そうですね。瀬利奈さんが猫語を理解できたら、猫に囲まれた状態で働くこともできると思います。この編集部なら、タロウ編集長以外は瀬利奈さんと仲良くできそうですしね」
サカナさんがさらりと答えて、小説のページをめくる。
どうやら、サカナさんは猫になっても私と仲良くしてくれるらしい。それは嬉しいけれど、夢を叶えるには猫語を習得する必要がある。
「……猫に囲まれて働くの、難易度高いですね」
習得が難しそうな言語に、私は大きく息を吐く。
タロウ編集長のことを考えると、好き好きオーラを抑え込む必要もあるから、さらにハードルが高くなりそうだ。壊滅的な英語の成績と禅の心がわからない私には無理そうだと諦めつつ、乙女を見る。
「乙女も猫の方が楽なの?」
「猫の方が楽だけど、こっちも好きだよ。リナとお話できるし」
にゃあ、という鳴き声が聞こえそうなほど弾んだ声で乙女が言って、私は我慢できずに彼女に抱きつく。
「あー、乙女は可愛いねえ。あ、綺麗だねえ、かな。あー、もう、どっちでもいいか。んー、乙女がうちの子で良かった!」
「わたしも、リナのうちの子で良かった」
「そっかあ。じゃあ、二人でお話しよっか」
「おい、こら、人間。仕事はどうなった。あと、乙女。お前は人間とおしゃべりするためにここにいるんじゃないぞ」
「まあまあ、編集長」
そう言うサカナさんの声は、やけに優しい。
手元を見れば猫じゃらしが握られていて、彼女はそれをゆらりと揺らす。
「おい、やめろ。それ、持ってくるな。く、くるなって――うにゃー!」
鳴き声と同時にぽんっという音が編集部に響いたかと思うと、茶トラの猫が現れ、私から逃げていく。
その逃げようにちょっと傷つくものの、本能なのか嫌がりながらも猫じゃらしに向かっていくタロウ編集長に感心する。
「瀬利奈さん。今日は、時間まで乙女と遊んでいていいですよ」
サカナさんは爽やかそう言うと、タロウ編集長を捕まえる。そして、窓の外へと逃がした。
これから私は週に二回、この猫編集部で乙女とともにアルバイトをする。
給料は成功報酬。
猫、おやつ付き。
ついでに、『キャットサロン ミヨルメント』を無料で利用できる権利付き。
問題は、私が獣使いとして役に立つ日が遠そうなことだった。
タロウ編集長を追いかけて十分。
何度も繰り返したものの、深呼吸は役に立たない。
そもそも呼吸を整えたくらいで無になれたら、座禅なんか滅んでいる。
そう、無理なのだ。
私は、奥ゆかしい日本人にはなれない。
グローバルな視点で、愛情をこれでもかと前へ前へ出していきたい。というか、愛を隠すなんて間違っているのだ。
愛は語らうもの。
表現するもの。
毛穴という毛穴から放出するもの。
私は、吉井瀬利奈という存在が近づくことを決して許さない茶トラの猫を凝視する。
好き好きオーラを隠して猫に近づく作戦を実行したが、オーラを隠すことはできず、近づくことができなかった。ならば、オーラ全開で行くしかない。
私は、今までの鬱憤を晴らすようにダッシュする。
「タロウ編集長! 今度こそ、掴まってくださいっ」
「うにゃああああっ」
編集部に、猫の鳴き声が響く。
そして次の瞬間、茶トラの猫がものすごい形相で編集部を駆け回り始め、紙が舞い、机の上の備品が飛ぶ。それは、さっきまでの追いかけっことは比べものにならない勢いだった。
タロウ編集長がサカナさんの頭の上を駆け、乙女の前を突っ切り、私の横をすり抜けていく。編集部は、荒くれどもが我が物顔で闊歩する世紀末よろしく滅亡の時が近かった。
「え、これは、ちょっと」
予想外だ。
ここまで嫌われているなんて。
私は、お茶漬けのようにあっさりとタロウ編集長を追いかけ回すことを諦める。そして、荒れ果てた編集部を片付けてから、椅子に座った。
こんなにも動物から嫌われるなんて、呪われているんじゃなかろうか。
どん、と机に肘をついて頭を抱えていると、隣の席から不満そうな声が聞こえてくる。
「ねー、リナ。編集長と遊ぶの終わったの?」
制服の裾を引っ張られて乙女を見ると、彼女は完全にむくれていた。私は、機嫌を取るようになるべく優しく言う。
「遊んでるんじゃなくて、練習だよ」
「練習でもなんでもいいけど、編集長ばっかりリナと遊んでずるい」
「じゃあ、今度は乙女と遊ぼうかな」
「遊ばなくていい。リナ、編集長の方が好きなんでしょ」
そう言って、乙女が椅子ごと背を向ける。
その姿に、彼女が拗ねていることがわかる。
家でも、これと同じようなことがよくある。私が試験勉強をしたり、ゲームをしていると、構って欲しいのか邪魔をしにくるのだけれど、じゃあ遊ぼうかと準備をするとそっぽを向いてしまう。今までに何度もそんなことがあったから、気まぐれな彼女に付き合わされることには慣れている。
猫は気まぐれなところも魅力の一つだ。
可愛い。とても可愛い。
人間になっても、拗ねている乙女は可愛い。
「ごめん、ごめん。私の一番は乙女だよ」
私は、彼女の髪をゆっくりと撫でながら声をかける。
「ずっと編集長と遊んでたくせに」
「本当にごめんね。こんなにも綺麗で可愛くて、乙女って名前がぴったりな女の子を放っておくなんて、私が全面的に悪い。どうかしてた」
ぱんっと手を合わせて謝ると、乙女がこちらを向く。そして、じっと私を見てから、恨みがましい声で言った。
「リナ、わたしに芋子って名前を付けようとしたくせに。メインクーンってジャガイモの名前みたいだよねーって言って、芋子って名前を付けようとしたくせに。リナ、適当にわたしの名前を付けようとしたくせに」
いや、あれは、その。
そう、ちょっとした過ちで。
メインクーンと聞いた瞬間、私の頭に浮かんだものがメークインだった。丸っこい男爵いもとは違う細長いジャガイモで、頭がいっぱいになってしまったのだ。だから、思わず芋子と名付けようとした。
でも、高貴な雰囲気が漂うメインクーンに芋子は似合わないなと思い直し、最終的にテーブルの上にあったいちご“とちおとめ”から乙女と名付けた。
いちごは可愛いし、乙女も可愛い。
とちおとめから、乙女って名前を付けた私、天才すぎでしょ。
本当に思い直して良かった。
「芋子は一時の過ちで、ちゃんと可愛い名前を選んだし、その件に関しては許して欲しいなあ。ねえ、乙女」
そう言って、じとーとした目で私を見ている乙女のほっぺたをつつく。
「仲良くしたいから、機嫌直して。ほら、猫じゃらしで遊ぼうよ? 乙女、猫じゃらし好きでしょ」
アルバイトとして真面目に仕事をする必要があるが、今の状態では獣使いとして役に立たないし、タロウ編集長は人間に変身する様子がなかった。副編集長のサカナさんも小説――宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』を読んでいて仕事をする気配がない。
こんな状況だし、少しくらい乙女と遊んでも良いよね。
私は緩い雰囲気しかない猫編集部の居心地の良さに流されるように、猫じゃらしを乙女の前で振ろうとした。けれど、手を動かす前に猫じゃらしを乙女に奪われてしまう。
「遊びたいけど、今は我慢する」
「え、なんで? 猫じゃらしじゃ、機嫌直らない?」
「違う。猫になったらリナとお話できないもん。リナ、猫語わかんないでしょ」
斜めだったご機嫌がそれなりに戻ってきたのか、甘えたような声で乙女が言った。その声とゴロゴロと喉を鳴らしながらすり寄ってくる猫の乙女のイメージが重なり、私は彼女をむぎゅーと抱きしめて体中撫で回したい衝動に駆られるが、なんとか耐える。
猫ではなく人間の女の子の体を撫で回していたら、ただの変態だ。ここには猫しかいないけれど、人間の形態をとっている生き物に積極的に見せたい姿ではない。
「猫語は、なんとなく予想するくらいしかできない」
体中を撫で回すかわりに乙女の髪を撫で、指に絡ませたりしながら答える。
「だよね。だから、人間になってるときはリナとたくさんお話したい」
「いいよ。私も乙女と話したいから。なんの話しようか?」
乙女と話たいことは、一日では終わらないほどある。
普段何を考えているのかとか、ご飯の量はあれくらいでいいのかとか、好きな遊び道具とか。知りたいことが山ほどあるのだ。仕事が終わってから話そうと思っていたけれど、今はやることもない。乙女と話していても問題ないだろう。
私は、前のめりになって乙女と話す体制を整える。でも、すぐにトゲトゲとした言葉が後頭部に投げつけられた。
「ええい、人間! 乙女といちゃつくな。お前は獣使いとして働けるように訓練しろっ」
いつの間に人間になったのか、それはタロウ編集長の怒鳴り声だった。
「練習相手、タロウ編集長なんですけど良いんですか?」
私は、猫に戻ってもらうのが申し訳なくなるほど疲れた様子のタロウ編集長に一応尋ねる。
「いいわけあるか! 外だ、外に行け! 外の猫で練習してこいっ」
いがぐりのようにツンツンした言葉が編集部に響くと、応戦するように乙女が言った。
「編集長、うるさい。声、大きすぎ。あと、リナはわたしと休憩するの」
「うるさいじゃない。ここは遊ぶところじゃないぞ」
このまま行けば、言い争いが激化する。
そう思ったところに、のんびりとしたサカナさんの声が割って入った。
「まあまあ、編集長。今日はこの辺で終わりにしたらどうですか」
そう言うと、サカナさんはちらりと猫じゃらしを見せる。
「ちょ、ちょっと待て。それをしまえ。じゃれつきたくなる」
タロウ編集長は疲労が滲む声で言い、椅子ごとサカナさんから離れる。
「今、猫になったら俺は死ぬ。そこの人間が怖すぎて死ぬ。そもそも、俺が人間になってるのは人間、お前のためなんだぞ」
酷い言いようだが、それよりも気になる言葉に猫耳がぴくりと反応する。
「私のためって、どういうことですか?」
「人間、お前が言葉を理解できるように、だ! 本当は、猫のままの方が楽なんだからな。……猫になったとき、お前があんなに気持ちが悪いとは思わなかったが」
「最後のは余計です。それにしても、猫の方が楽ってことは、私が猫語を理解できればみんな猫のままでいたいってことですよね?」
「お前が気持ち悪くなければな」
タロウ編集長が冷たく言い放つ。
「そこをどうにかできれば、猫に囲まれて仕事ができるってことなんですよね?」
「そうですね。瀬利奈さんが猫語を理解できたら、猫に囲まれた状態で働くこともできると思います。この編集部なら、タロウ編集長以外は瀬利奈さんと仲良くできそうですしね」
サカナさんがさらりと答えて、小説のページをめくる。
どうやら、サカナさんは猫になっても私と仲良くしてくれるらしい。それは嬉しいけれど、夢を叶えるには猫語を習得する必要がある。
「……猫に囲まれて働くの、難易度高いですね」
習得が難しそうな言語に、私は大きく息を吐く。
タロウ編集長のことを考えると、好き好きオーラを抑え込む必要もあるから、さらにハードルが高くなりそうだ。壊滅的な英語の成績と禅の心がわからない私には無理そうだと諦めつつ、乙女を見る。
「乙女も猫の方が楽なの?」
「猫の方が楽だけど、こっちも好きだよ。リナとお話できるし」
にゃあ、という鳴き声が聞こえそうなほど弾んだ声で乙女が言って、私は我慢できずに彼女に抱きつく。
「あー、乙女は可愛いねえ。あ、綺麗だねえ、かな。あー、もう、どっちでもいいか。んー、乙女がうちの子で良かった!」
「わたしも、リナのうちの子で良かった」
「そっかあ。じゃあ、二人でお話しよっか」
「おい、こら、人間。仕事はどうなった。あと、乙女。お前は人間とおしゃべりするためにここにいるんじゃないぞ」
「まあまあ、編集長」
そう言うサカナさんの声は、やけに優しい。
手元を見れば猫じゃらしが握られていて、彼女はそれをゆらりと揺らす。
「おい、やめろ。それ、持ってくるな。く、くるなって――うにゃー!」
鳴き声と同時にぽんっという音が編集部に響いたかと思うと、茶トラの猫が現れ、私から逃げていく。
その逃げようにちょっと傷つくものの、本能なのか嫌がりながらも猫じゃらしに向かっていくタロウ編集長に感心する。
「瀬利奈さん。今日は、時間まで乙女と遊んでいていいですよ」
サカナさんは爽やかそう言うと、タロウ編集長を捕まえる。そして、窓の外へと逃がした。
これから私は週に二回、この猫編集部で乙女とともにアルバイトをする。
給料は成功報酬。
猫、おやつ付き。
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問題は、私が獣使いとして役に立つ日が遠そうなことだった。
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