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第1章 食いしん坊の幽霊

12.閻魔大王

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 偶然にも旧友との再会を果たした俺達は、裁判を進める一カ月の間、蓮雫と共に例の亡者達について調べたり、食堂の料理に文句を言ったりして過ごしていた。

 亡者達の住所や生い立ちについて改めて聴取し、それぞれの死んだ場所について情報を整理していく。
 俺も彼等と直接話をしたが、亡者達の中にもう知り合いは居なかった。

 蓮雫の執務室で作業しながら、俺はずっと気になっていた事を尋ねた。

『なあ、神様はともかく、何でただの人間である俺や西原に捜査を手伝わせるんだ? 同じ状況の奴は他にもこんなに居るのに?』

 俺は書き上げた住所リストを摘み上げる。蓮雫は筆を走らせながら答えた。

『そうだな。大抵の人間は自分が死んだ直後は、魂が寂しさや悲しみに囚われてしまう事が多い。そんな中、こんなに冷静に死を受け入れている者も珍しかったのでな。お前達なら協力して貰えると思ったんだ』

 そんな風に過ごしていると、すぐに閻魔大王の裁判の日になった。
 その頃には、亡者達のほぼ全員が同じ県内に居住しており、亡くなった場所は皆、星呼山ほしよびやまの周辺である事が確認出来ていた。

(まさか、遺跡の発掘現場がある山だとはね……)

 そして、確かに俺自身もその遺跡で倒れていたのだ。

 奇妙な一致に気味の悪さを感じながらも、俺は自身の裁判のために閻魔庁へと向かった。

(いよいよ、閻魔様のお出ましって訳か……)

 俺が広間に入って行くと、正面に大きな男が座っていた。大きいと一口に言っても、座っていながらニメートル以上の高さがあるので、それだけで明らかに人間の域を超えていた。
 黒々とした長い髭を蓄え、大きな目玉をギョロリとさせてこちらを睨み付けている姿は、まさに閻魔大王そのものだった。

『貴様が護堂友和だな。話は蓮雫から聞いている』

 閻魔は大地を震わせるように低い声を響かせて、ふさふさの髭を一撫ですると、巻物を手に取って広げた。

『これ迄の審判の結果からも、貴様に飛び抜けた功罪は無いと分かっておる。通常なら此処で、今生の生き様の振り返りと反省をした後、転生に向けた案内をする処であるが……』

 そう言うと閻魔は、部屋の外に居るらしい鬼に合図した。

『貴様も本来の死期を待たずして此方に来てしまったそうじゃな。その点については原因を明らかにせねばならない』

 部屋の外から、鬼達が大きな鏡を運んで来た。これが浄玻璃鏡だろうか。鏡面が見たこともない輝きをしている大きな姿見だ。

『鏡の前に立つがよい』

 俺は黙って、鬼達が支え持つ鏡の前に歩み出た。鏡の中では、黒縁眼鏡にトレンチコート姿の中年男性がくたびれた顔をして立っている。
 その象はやがてひとりでに歩き出した。その背景はこの広間ではなく、別の薄暗い通路に変化している。

(星呼遺跡……)

 俺が死ぬ迄に、遺跡は地中深くまで掘り進められていた。石室らしき空間への入り口が見つかり、この時の俺はそこへ続く羨道を歩いていたのだ。

『調査は休みの日だったが、前日に遺跡で手帳を落としてしまったので、許可を貰って取りに行ったんだ……』

 懐中電灯で足元を照らしながら羨道を歩いていた俺は、少しすると手帳を見つけて拾い上げた。その後すぐに、元来た道へ引き返そうとするが、急に顔を上げて振り返ると、石室のある方向へと歩き出す。

 しばらく様子を見ていると、鏡の中に徐々に黒い霧のようなものが立ち込めてきた。それは段々と濃くなり、ついに石室の入り口に立つ俺の姿さえも黒く塗り潰してしまった。
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