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終章 さよならは春の日に

7.魂の浄化

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『一ノ瀬!』

『……全く、図々しい幽霊も居たものだな』

 一ノ瀬は内ポケットから何かを取り出しながら、こちらへと向かって来る。

『来てくれたんだな。恩にきるぜ!』

 俺は昼間の雑木林で、シュンに伝言を頼んでいた。一ノ瀬に今の状況と助力を求める内容を、天太から連絡させるように伝えたのだ。
 奴は月神側の人間であったので、協力して貰えるかは賭けだったが。

 蛮神に取り込まれた魂に呼びかけ浄化する。一ノ瀬であれば、調査対象であった被害者の名簿や個人情報を握っている筈だと考えていた。
 さらに先日の霧との戦いを見た限り、彼ならついでに除霊まで出来そうだと思い、ダメ元で頼んでみたのだ。

『被害者達の魂を浄化して、蛮神の力を弱まらせる事が出来れば、依頼主の希望にも合致する。禍根は元から断つべきだしな。だが、何とも気が抜ける作戦だな』

 蛮神に向かって餅を投げ続ける俺達を一瞥して、一ノ瀬は溜息を吐いた。

『ふざけているように見えるかもしれないが、奇跡を起こせるかもしれないだろ!』

『……奇跡は実現しないから奇跡と言うんだ』

 一ノ瀬は先程取り出したものを広げた。どうやら犠牲者のリストのようだ。

『いや、』

 俺は地面に置いてあった鎌を拾い上げる。

『奇跡の本当に恐ろしいところは、偶に叶っちまうところにあるんだ』

 一ノ瀬は何か呪文のようなものを唱え始めた。そして詠唱される言葉の合間に、人名や地名のような言葉が聞き取れた。
 被害者達の魂に呼びかけ、蛮神から分離しながら浄化しているのだ。



『……グゥ、グガァァ!!』

 玄室内に響く一ノ瀬の声に反応したのか、蛮神が打ち震え出した。よく見ると、びっしりと生えた黒い腕が数本ずつ、空気に溶けるように消えていく。

『効いてるぞ!』
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