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終章 さよならは春の日に

8.救出

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 その時、部屋の壁全体に光の網のようなものが浮かび上がった。

『月詠の第一の術が発動した!』

 神様が叫ぶ。光の網は蛮神を包むように収縮し絡みついた。黒い腕は最初に見た時より動きが鈍くなっていたので、奴は少し暴れはしたが網は破れずに絡まったままだ。

 それを見届けると、俺は鎌を握り締めて蛮神に駆け寄った。

『友和、何をするのじゃ戻って来い! 皆早く部屋から出るのじゃ! 第二の術はこの部屋全体を封じ込めるものじゃ。出られなくなるぞ!』

(まだ、助けなきゃならない奴が居るんだ……)

 俺は構わず蛮神の目の前まで進む。一ノ瀬の浄化術と夏也が投げ続けた餅の効果か、腕の本数は着実に減ってきていた。だが、蛮神の表面ではまだ数多くの腕が光の網目から突き出し、うねっていた。

『アセビ! 聞こえるか!?』

 俺は直接蛮神に呼び掛ける。今日は遺跡に近づいても、彼女の声は聞こえてこなかった。ついに奴に完全に取り込まれてしまったのだろうか。それ以上は考えたくなかった。

『皆は先に脱出してくれ! コイツはもうかなり弱らせる事が出来た筈だ! 後は月神の術で眠らせる事が出来るだろう』

 俺は一度振り返ると、皆に向かって叫んだ。そして直ぐに向き直ると、今一度蛮神に呼びかける。

『アセビ!』

 俺は彼女の記憶を失いながらも、考古学者を目指して、そしてこの遺跡まで辿り着いた。ずっと、何かをしなければならないと感じていた。

 光の網に縛りつけられ、腕は苦しそうにもがいている。

(何も思い出せなくても、死んでも尚、黒い霧の正体に執着し続け、月神に迫ってまで追い求めた……)

 俺は叫んだ。

『俺が追い続けたのは怪物なんかじゃない! アセビ! お前だ!』

 沢山の黒い腕が網目越しに俺の身体を掴み、引き摺り込もうと引っ張った。俺はなんとか踏みとどまり、叫び続ける。

『ずっとお前を助けたかった! 封印を解き、救ってやりたかったんだ。俺は、この時の為に生きてきた……肉体が滅んだって、この魂一つでここまで辿り着いた!』

 彼女の声は聞こえない。だが、この黒い表皮の奥で、彼女の泣き声が聞こえた気がした。

『応えてくれ! アセビ!』

 俺は鎌を振り下ろす。

『グァァ……!』

 鎌は僅かながら、光の網と蛮神の表面を割いた。すると、その中から何か白いものが伸びてくる。
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