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第九話 小春は悪戯っぽく舌を出した
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旅行から帰ってきたその日の夕方、小春は剛志のアパートを訪れた。
一週間ぶりの彼女は、まるで別人のように発光していた。
肌は艶やかで、表情には一点の曇りもない。
恋人に愛され、その身体を通して得られる喜びを知った女特有の多幸感を全身から放っていた。
「剛志! これ、お土産!」
小春はローテーブルの上に、神社の名前が入ったお守りと、観光地の名前が入った饅頭の箱を置いた。
その明るい声を聞くだけで、剛志はすべてを悟った。
何もかもが、彼女の望み通りに終わったようだ。
「……おう。サンキュ。楽しかったか?」
剛志が尋ねると、小春は満開の花のような、とろける笑顔で頷いた。
「うん! すっごく、すっごく楽しかった! ……凄かったよ」
彼女は身を乗り出し、上気した瞳で剛志を見つめた。
そこにはもう、恥じらいなど微塵もなかった。
あるのは、自分の「成果」を聞いてほしいという、抑えきれない顕示欲だけだ。
「……成功したみたいだね」
剛志の声は軽かったが、その気持ちはとても重かった。
すると、小春は「んふふ」と含み笑いを漏らして、声を輝かせて言った。
「大成功どころじゃないよ。……洋介くん、野獣みたいだった」
彼女は声を潜め、けれど剛志の耳に絡みつくような声で語り始めた。
「最初にお口でしてあげたの。剛志に教えてもらった通り、じらすみたいに舐めて、奥までくわえてあげたら、洋介くん唸っちゃって。『初めてでこんなに上手い女、見たことねぇ』って。頭掴まれて、喉の奥まで突かれて……私、嬉しくて涙出ちゃった」
剛志の胸が軋む。
「でね、我慢できないから入れるって言われて……私、自分から足開いて、おねだりしちゃった。『洋介くんの、欲しい』って」
小春は自慢するように、自分のスカートの裾をぎゅっと握りしめた。
「入った瞬間、練習とは全然違ったの。洋介くんの、すごく熱くて、大きくて……私、剛志の時よりすごい痛くて。でもね、この身体が痛さで痙攣してるのに、途中からその分、考えられないぐらい気持ちよくて……私、剛志の時には出さなかったような声、いっぱい出しちゃった」
彼女の笑顔はどこまでも無邪気だった。
「あのね、『あ、ああっ、すごいっ、洋介くん好きっ、壊れるぅっ!』って、わざと叫んでやったの……そしたら洋介くん、もっと激しくしてきて。そしたら、すごい波がやってきて、初めてイかされちゃった」
彼女の瞳は、回想という名の快楽に浸っている。
目の前にいるのが、初めてを捧げた男であることなど、もう忘れているかのようだった。
それは無意識に「あなたじゃ、こうはならなかった」と突きつけているかのようでもあった。
「最後なんてね、ゴムつける余裕もなくて……『中に出していい?』って聞かれたから、私、しがみついて『いいよ、全部ちょうだい!』って言っちゃった」
「……え?」
剛志が絶句すると、小春は悪戯っぽく舌を出した。
「だって、洋介くんの全部欲しくなって。お腹の中、ドロドロになるくらいたくさん愛されたんだ……その後も二回戦、三回戦って、朝まで離してくれなかったの。今もまだ、股の間がヒリヒリしてて……洋介くんの匂いが残ってる気がするくらい」
小春は自分の下腹部を愛おしそうに撫でた。
そこはもう剛志が守り、整えた場所ではない。
洋介によって開拓され、種を注ぎ込まれた他人の所有地だった。
あの夜の涙も、告白も、キスも、すべてはこの「最高の快楽」を得るための踏み台だったのだ。
彼女は昔から親しい剛志の友情を使って、女として開花し、そして剛志の手の届かない高みへと飛び去ってしまった。
「……そっか。すげぇな、小春」
剛志は、口角を必死に持ち上げ、精一杯の笑顔を作った。
喉の奥から血の味がした。
「あいつをそんなに狂わせるなんて、お前、本当に頑張ったな」
「ううん、剛志のおかげだよ!」
小春は剛志の手を取り、ぎゅっと握りしめた。
その手はあの夜、剛志の剛直を握り、愛を囁いたのと同じ手だ。
だが今の彼女の手は、別の男に快楽を与え、別の男に溺れた「女の手」になっていた。
「剛志が練習してくれなかったら、私、あんな風に乱れられなかったもん。剛志がいてくれて本当によかった。……最高の練習台だったよ」
最高の練習台『だった』──。
その言葉の響きは、感謝というよりも、使い古した道具への労いのように聞こえた。
無意識の復讐。
奪ってくれなかった男への、残酷な当てつけ。
剛志は、握られた手を見つめ、ゆっくりと頷いた。
「……おう。役に立ててよかったよ」
「あ、そうだ! これ、洋介くんとお揃いで買ったんだけど、剛志にも色違い!」
小春は別の袋から、キーホルダーを取り出した。
洋介とお揃い。その「ついで」の色違い。
彼氏とお揃いのものを、練習台だった男に渡す。
その無神経さが、今の彼女の全能感を物語っていた。
「……大事にするよ」
剛志はそれを受け取り、短く答えた。
小春は満足そうに微笑み、「じゃあ、また! 洋介くんと電話する約束だから!」と手を振って帰っていった。
その足取りは、あの夜に剛志の部屋を出ていった時とは比べ物にならないほど軽く、自信に満ち溢れていた。
六畳一間のアパートに、再び静寂が戻る。
剛志は手の中のお守りと、食べかけの饅頭を見つめた。
春が来る前に、決して誰にも語ることのできない初めての春が、終わった。
ただの愛の練習台としての季節が、幕を閉じた。
(了)
一週間ぶりの彼女は、まるで別人のように発光していた。
肌は艶やかで、表情には一点の曇りもない。
恋人に愛され、その身体を通して得られる喜びを知った女特有の多幸感を全身から放っていた。
「剛志! これ、お土産!」
小春はローテーブルの上に、神社の名前が入ったお守りと、観光地の名前が入った饅頭の箱を置いた。
その明るい声を聞くだけで、剛志はすべてを悟った。
何もかもが、彼女の望み通りに終わったようだ。
「……おう。サンキュ。楽しかったか?」
剛志が尋ねると、小春は満開の花のような、とろける笑顔で頷いた。
「うん! すっごく、すっごく楽しかった! ……凄かったよ」
彼女は身を乗り出し、上気した瞳で剛志を見つめた。
そこにはもう、恥じらいなど微塵もなかった。
あるのは、自分の「成果」を聞いてほしいという、抑えきれない顕示欲だけだ。
「……成功したみたいだね」
剛志の声は軽かったが、その気持ちはとても重かった。
すると、小春は「んふふ」と含み笑いを漏らして、声を輝かせて言った。
「大成功どころじゃないよ。……洋介くん、野獣みたいだった」
彼女は声を潜め、けれど剛志の耳に絡みつくような声で語り始めた。
「最初にお口でしてあげたの。剛志に教えてもらった通り、じらすみたいに舐めて、奥までくわえてあげたら、洋介くん唸っちゃって。『初めてでこんなに上手い女、見たことねぇ』って。頭掴まれて、喉の奥まで突かれて……私、嬉しくて涙出ちゃった」
剛志の胸が軋む。
「でね、我慢できないから入れるって言われて……私、自分から足開いて、おねだりしちゃった。『洋介くんの、欲しい』って」
小春は自慢するように、自分のスカートの裾をぎゅっと握りしめた。
「入った瞬間、練習とは全然違ったの。洋介くんの、すごく熱くて、大きくて……私、剛志の時よりすごい痛くて。でもね、この身体が痛さで痙攣してるのに、途中からその分、考えられないぐらい気持ちよくて……私、剛志の時には出さなかったような声、いっぱい出しちゃった」
彼女の笑顔はどこまでも無邪気だった。
「あのね、『あ、ああっ、すごいっ、洋介くん好きっ、壊れるぅっ!』って、わざと叫んでやったの……そしたら洋介くん、もっと激しくしてきて。そしたら、すごい波がやってきて、初めてイかされちゃった」
彼女の瞳は、回想という名の快楽に浸っている。
目の前にいるのが、初めてを捧げた男であることなど、もう忘れているかのようだった。
それは無意識に「あなたじゃ、こうはならなかった」と突きつけているかのようでもあった。
「最後なんてね、ゴムつける余裕もなくて……『中に出していい?』って聞かれたから、私、しがみついて『いいよ、全部ちょうだい!』って言っちゃった」
「……え?」
剛志が絶句すると、小春は悪戯っぽく舌を出した。
「だって、洋介くんの全部欲しくなって。お腹の中、ドロドロになるくらいたくさん愛されたんだ……その後も二回戦、三回戦って、朝まで離してくれなかったの。今もまだ、股の間がヒリヒリしてて……洋介くんの匂いが残ってる気がするくらい」
小春は自分の下腹部を愛おしそうに撫でた。
そこはもう剛志が守り、整えた場所ではない。
洋介によって開拓され、種を注ぎ込まれた他人の所有地だった。
あの夜の涙も、告白も、キスも、すべてはこの「最高の快楽」を得るための踏み台だったのだ。
彼女は昔から親しい剛志の友情を使って、女として開花し、そして剛志の手の届かない高みへと飛び去ってしまった。
「……そっか。すげぇな、小春」
剛志は、口角を必死に持ち上げ、精一杯の笑顔を作った。
喉の奥から血の味がした。
「あいつをそんなに狂わせるなんて、お前、本当に頑張ったな」
「ううん、剛志のおかげだよ!」
小春は剛志の手を取り、ぎゅっと握りしめた。
その手はあの夜、剛志の剛直を握り、愛を囁いたのと同じ手だ。
だが今の彼女の手は、別の男に快楽を与え、別の男に溺れた「女の手」になっていた。
「剛志が練習してくれなかったら、私、あんな風に乱れられなかったもん。剛志がいてくれて本当によかった。……最高の練習台だったよ」
最高の練習台『だった』──。
その言葉の響きは、感謝というよりも、使い古した道具への労いのように聞こえた。
無意識の復讐。
奪ってくれなかった男への、残酷な当てつけ。
剛志は、握られた手を見つめ、ゆっくりと頷いた。
「……おう。役に立ててよかったよ」
「あ、そうだ! これ、洋介くんとお揃いで買ったんだけど、剛志にも色違い!」
小春は別の袋から、キーホルダーを取り出した。
洋介とお揃い。その「ついで」の色違い。
彼氏とお揃いのものを、練習台だった男に渡す。
その無神経さが、今の彼女の全能感を物語っていた。
「……大事にするよ」
剛志はそれを受け取り、短く答えた。
小春は満足そうに微笑み、「じゃあ、また! 洋介くんと電話する約束だから!」と手を振って帰っていった。
その足取りは、あの夜に剛志の部屋を出ていった時とは比べ物にならないほど軽く、自信に満ち溢れていた。
六畳一間のアパートに、再び静寂が戻る。
剛志は手の中のお守りと、食べかけの饅頭を見つめた。
春が来る前に、決して誰にも語ることのできない初めての春が、終わった。
ただの愛の練習台としての季節が、幕を閉じた。
(了)
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