偽りに燃えて

羽翼綾人

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【第一部】真夏にこぼれた夢

ちょっと疲れた二人の時間

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 浩一は麦茶を二つ用意し、ローテーブルに置いた。
 芽衣はベビーカーから子供を下ろし、リビングのラグの上であやしている。
 やがて子供は安心したのか、すうすうと小さな寝息を立て始めた。
 急に訪れた静寂に、二人は少し戸惑う。
 エアコンの音と、冷蔵庫のモーター音。
「……浩一さん、いつもここで描いてるんですね」
 芽衣が、浩一の作業デスクに視線を送った。
 そこには、使い込まれた液晶タブレットと、資料の画集が積まれている。
「ええ、まあ。誰とも喋らない日もありますけど」
 芽衣は麦茶を一口飲み、少し頬を緩めた。
「そうなんですね。私も夫、単身赴任で……最近、大人とまともに喋るの、スーパーの店員さんくらいかも」
 芽衣は自嘲するように笑う。
 疲れは少し引いたように見えたが、色々と思うところはあるように感じられた。
 浩一は、穏やかな顔を返して、何か言おうとしたが、いつのまにか自分の視線が、彼女の顔から身体の輪郭を追っていることに気がついて、苦笑いしながら、静かに口を閉ざした。
 普段、妻や他の母親たちといる時は、快活でしっかりとした「母親」の顔をしている。
 だが今、目の前にいるのは、少し疲れた一人の「女」に見えていた。
 汗で首筋に張り付いた髪。薄いTシャツの生地が、呼吸のたびに胸のラインをかすかに浮かび上がらせている。
 芽衣が立ち上がり、デスクに近づいた。
「わ……これ、季刊誌の『風景画最前線』のキャラクターじゃないですか? え……? もしかして浩一さんが?」
 プリントアウトした浩一のイラスト。
 彼女の目が素直な輝きを放つ。
「ああ、これはちょっと、部外に秘密なんで黙っててほしいんですが、あの本のキャラクターは僕──オイルマン──が描いてるんです。しかし、『風景画最前線』をご存知だなんて、奥さんも何か絵を描いたりなさってるんですか?」
「はい。昔、ちょっとだけ目指してたんです。ここの光の処理、どうなってるんですか? レイヤー……」
 途切れそうな会話が、イラストという共通の話題で、波を得た。芽衣の顔は、先ほどより生気があるように見える。
 一仕事を終えたばかりの浩一も、仲間と趣味を語り合うように、つい話に熱を込めていってしまう。
 タブレットを取り出し、別の下書き画像を見せながら、「ああ、ここは乗算レイヤーを重ねて……」と自分の工夫を伝えていく。
 浩一がペンを動かして説明しようとすると、芽衣も身を乗り出して、「この部分ですか?」と画面を指差す。
 二人の手がデスクの上で不意に触れ合った。
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