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【第一部】真夏にこぼれた夢
夢を離れて
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芽衣は洗面所で手早く身だしなみを整え、何事もなかったかのようにリビングに戻ってきた。
浩一は、床にこぼれた麦茶の最後の一滴まで、雑巾で丁寧に拭き上げていた。
ちょうどその時、子供が「うーん」と声を上げ、目を覚ました。
芽衣はいつもの「母親」の顔に戻り、子供を優しく抱き上げる。
「お邪魔しました。麦茶、ごちそうさまでした」
ベビーカーに子供を乗せながら、彼女は浩一に会釈した。
「……いえ」
「あ、これ回覧板。奥さんによろしくお伝えください」
彼女は玄関で、先程までとは別人のように「ママ友」の笑顔を見せた。
浩一は、あの時間が本当にあったことなのか、一瞬だけ疑わしい感覚に陥った。
ドアが閉まり、一人、リビングに残された。
部屋には、まだ微かに芽衣の匂いと、空になったグラス、そして濡れた雑巾が残っていた。
午後五時過ぎ──。
玄関のドアが開き、「ただいまー」という妻の明るい声と、それに続く幼い娘の「パパー!」という声が響いた。
妻の英恵は回覧板を見て、「あ、芽衣ちゃん来てたんだ。わたしもさっき思い出して」と、外出着のまま子供の上着を脱がせながら言った。
「ああ、さっき寄ったよ。……麦茶こぼして、大変だった」
浩一は、何も知らずに足元に抱き着いてくる娘を、ぎこちなく抱き上げた。
「えー、あの子おっちょこちょいだから」
妻は「楽しかったねー」と子供に笑いかけながら、買ってきたケーキの箱を冷蔵庫に入れている。
日常は、何も変わらずに続いていく。
ただ、浩一だけが、腕の中の子供の無邪気な温もりとは違う生々しい感触と、共有してしまった秘密の熱を、心のうちから消すことができずにいた。
(第一部 了)
浩一は、床にこぼれた麦茶の最後の一滴まで、雑巾で丁寧に拭き上げていた。
ちょうどその時、子供が「うーん」と声を上げ、目を覚ました。
芽衣はいつもの「母親」の顔に戻り、子供を優しく抱き上げる。
「お邪魔しました。麦茶、ごちそうさまでした」
ベビーカーに子供を乗せながら、彼女は浩一に会釈した。
「……いえ」
「あ、これ回覧板。奥さんによろしくお伝えください」
彼女は玄関で、先程までとは別人のように「ママ友」の笑顔を見せた。
浩一は、あの時間が本当にあったことなのか、一瞬だけ疑わしい感覚に陥った。
ドアが閉まり、一人、リビングに残された。
部屋には、まだ微かに芽衣の匂いと、空になったグラス、そして濡れた雑巾が残っていた。
午後五時過ぎ──。
玄関のドアが開き、「ただいまー」という妻の明るい声と、それに続く幼い娘の「パパー!」という声が響いた。
妻の英恵は回覧板を見て、「あ、芽衣ちゃん来てたんだ。わたしもさっき思い出して」と、外出着のまま子供の上着を脱がせながら言った。
「ああ、さっき寄ったよ。……麦茶こぼして、大変だった」
浩一は、何も知らずに足元に抱き着いてくる娘を、ぎこちなく抱き上げた。
「えー、あの子おっちょこちょいだから」
妻は「楽しかったねー」と子供に笑いかけながら、買ってきたケーキの箱を冷蔵庫に入れている。
日常は、何も変わらずに続いていく。
ただ、浩一だけが、腕の中の子供の無邪気な温もりとは違う生々しい感触と、共有してしまった秘密の熱を、心のうちから消すことができずにいた。
(第一部 了)
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