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【第三部】共鳴と模倣
僕と彼女の作品
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芽衣の受賞を祝った、あの和やかな日曜日の夜。
子供たちが寝静まった後、リビングでは、浩一と英恵がグラスを傾けていた。
「まさか芽衣ちゃんが、あんな大きな賞を取るなんてねえ」
英恵は少しだけ頬を赤らめ、夢見るような瞳で呟いた。
「賞金300万よ。あの子、これで少しは楽になるかな」
「……そうだな」
浩一は曖昧に相槌を打つ。
喜びと、どこか自慢げな妻の姿。
その隣で、浩一は胸中に渦巻く複雑な感情を押し殺していた。
(まさか、あんなものを描いて、あんな賞を取るとはな)
芽衣が自分の技術を吸収し、それを昇華させて結果を出したことへの喜び。
しかし、その「傑作」が自分と彼女の「秘密」の結晶であるという背徳感。
そして、自分のオイルマンではなく、『イグニス』という名で世に認められたことへの、かすかな妬心。
それらが混じり合い、浩一の心を激しく揺さぶっていた。
「ねえ、あなた」
英恵が、浩一の腕にそっと手を絡めてきた。
「今夜は、久しぶりにゆっくり、二人で飲めるね」
その言葉と触れる肌の温もりに、浩一の意識は一気に現実へと引き戻される。
(……そうだったな)
芽衣との秘密の関係が始まってから、英恵との夜の営みは、ほとんどなくなっていた。
いや、正確には浩一自身が避けていた。
妻と愛人。
似て非なる「指導」と「快楽」。
その二つの感覚を、同じ空間、同じ身体で混同させることに、浩一は無意識に抵抗していたのだ。
だが、今夜の英恵は、いつもより積極的だった。
高揚した気分が、彼女をそうさせているのだろう。
浩一は、そんな妻の手をそっと握り返した。
寝室──。
月の光が差し込む中で、二人は互いの服を脱ぎ捨てた。
英恵の身体は、出産を経てもなお、豊満で温かかった。
痩せ型の愛人とは違う、生命力に満ちた柔らかな、官能的な肉体。
その肌に触れるたびに、浩一の記憶の奥から初めて彼女を抱いた日の興奮が蘇ってくる。
「浩一……」
英恵は、浩一の首に腕を回し、熱っぽい吐息を漏らす。
浩一もまた、その情熱に突き動かされるように、妻を深く求めた。
長年の夫婦関係で培われた、互いの身体の癖を知り尽くした営み。
それは安心感と、身体の芯から蕩けるような快感をもたらした。
激しい律動の中。
英恵は、身体を弓なりにしならせ、浩一の動きに合わせて腰を深く捻った。
「ああん……っ!」
それは、浩一が自分に最適化されたと感じていた英恵特有の「癖」だった。
その動きに、彼の局部は熱く刺激される。
(っ……!)
浩一は、以前の芽衣との情事を思い出していた。
あの時、芽衣もまた、無意識にこの「癖」を発動し、浩一を驚愕させたのだ。
浩一は、英恵が経験によって最適化していった反応と、芽衣が瞬時に示した快楽の渦の、耐えきれない愛を放つべく、妻の温もりの中に律動を速め、精を放った。
行為が終わった後──。
英恵は浩一の隣で、幸福そうに寝息を立てていた。
(僕は、妻を愛していないわけじゃない)
浩一は、妻の寝顔を見つめながら思った。
(けれど、この身体は満たされたじゃない。解消しただけなんだ。だから、この身と心の渇きをあの子に求めた)
如月芽衣のどこか寂しげな、自信のない笑顔が思い浮かぶ。
男の庇護欲をくすぐるような、迷いの多い瞳、あの儚げな細い身体。
だが、その彼女は、『生徒』の顔をして、『先生』の業績を一気に超えそうなところに到達していた。
(……あの絵も、あの身体も、僕と彼女の作品だ)
彼は、芽衣の中に、作品を作り出す喜びを味わっていた。
芸術家の端くれとして、他者に感動を与え、それを動かし、変えていく本能を刺激させられた。
自分のそういう側面を引き出す彼女は、彼にとって、かけがいのないインスピレーションの塊にも思えた。
彼は彼女に「自分」を見出し、自分の「コピー」を育て上げてきた。
だが、妻である英恵は、自分の作品には興味を示さず、自分という人間との生活そのものを求めている。
その「違い」は、かつては小さな不満だった。
しかし今、その「違い」が、浩一の心の中で、徐々に大きな隔たりとなっていた。
芽衣が持つ自分の才能への純粋な理解と、それを模倣しようとする貪欲さ。さらには、その先へ進もうとする野心の強さ。ギラギラと輝いている。
それと比べると、英恵の「無関心」は、まるで深い溝のように感じられた。
浩一も、暗闇の中で目を閉じる。
自分の心の中に広がる「孤独」が、水面に落ちて、波紋を広げていく──。
(僕の孤独は、やっぱり如月芽衣を求めている)
彼は、妻と娘を手放さず、これからも芽衣という弱い女を側に置いていたい、触れていたい、と身の丈に合わないことを考えていた。
子供たちが寝静まった後、リビングでは、浩一と英恵がグラスを傾けていた。
「まさか芽衣ちゃんが、あんな大きな賞を取るなんてねえ」
英恵は少しだけ頬を赤らめ、夢見るような瞳で呟いた。
「賞金300万よ。あの子、これで少しは楽になるかな」
「……そうだな」
浩一は曖昧に相槌を打つ。
喜びと、どこか自慢げな妻の姿。
その隣で、浩一は胸中に渦巻く複雑な感情を押し殺していた。
(まさか、あんなものを描いて、あんな賞を取るとはな)
芽衣が自分の技術を吸収し、それを昇華させて結果を出したことへの喜び。
しかし、その「傑作」が自分と彼女の「秘密」の結晶であるという背徳感。
そして、自分のオイルマンではなく、『イグニス』という名で世に認められたことへの、かすかな妬心。
それらが混じり合い、浩一の心を激しく揺さぶっていた。
「ねえ、あなた」
英恵が、浩一の腕にそっと手を絡めてきた。
「今夜は、久しぶりにゆっくり、二人で飲めるね」
その言葉と触れる肌の温もりに、浩一の意識は一気に現実へと引き戻される。
(……そうだったな)
芽衣との秘密の関係が始まってから、英恵との夜の営みは、ほとんどなくなっていた。
いや、正確には浩一自身が避けていた。
妻と愛人。
似て非なる「指導」と「快楽」。
その二つの感覚を、同じ空間、同じ身体で混同させることに、浩一は無意識に抵抗していたのだ。
だが、今夜の英恵は、いつもより積極的だった。
高揚した気分が、彼女をそうさせているのだろう。
浩一は、そんな妻の手をそっと握り返した。
寝室──。
月の光が差し込む中で、二人は互いの服を脱ぎ捨てた。
英恵の身体は、出産を経てもなお、豊満で温かかった。
痩せ型の愛人とは違う、生命力に満ちた柔らかな、官能的な肉体。
その肌に触れるたびに、浩一の記憶の奥から初めて彼女を抱いた日の興奮が蘇ってくる。
「浩一……」
英恵は、浩一の首に腕を回し、熱っぽい吐息を漏らす。
浩一もまた、その情熱に突き動かされるように、妻を深く求めた。
長年の夫婦関係で培われた、互いの身体の癖を知り尽くした営み。
それは安心感と、身体の芯から蕩けるような快感をもたらした。
激しい律動の中。
英恵は、身体を弓なりにしならせ、浩一の動きに合わせて腰を深く捻った。
「ああん……っ!」
それは、浩一が自分に最適化されたと感じていた英恵特有の「癖」だった。
その動きに、彼の局部は熱く刺激される。
(っ……!)
浩一は、以前の芽衣との情事を思い出していた。
あの時、芽衣もまた、無意識にこの「癖」を発動し、浩一を驚愕させたのだ。
浩一は、英恵が経験によって最適化していった反応と、芽衣が瞬時に示した快楽の渦の、耐えきれない愛を放つべく、妻の温もりの中に律動を速め、精を放った。
行為が終わった後──。
英恵は浩一の隣で、幸福そうに寝息を立てていた。
(僕は、妻を愛していないわけじゃない)
浩一は、妻の寝顔を見つめながら思った。
(けれど、この身体は満たされたじゃない。解消しただけなんだ。だから、この身と心の渇きをあの子に求めた)
如月芽衣のどこか寂しげな、自信のない笑顔が思い浮かぶ。
男の庇護欲をくすぐるような、迷いの多い瞳、あの儚げな細い身体。
だが、その彼女は、『生徒』の顔をして、『先生』の業績を一気に超えそうなところに到達していた。
(……あの絵も、あの身体も、僕と彼女の作品だ)
彼は、芽衣の中に、作品を作り出す喜びを味わっていた。
芸術家の端くれとして、他者に感動を与え、それを動かし、変えていく本能を刺激させられた。
自分のそういう側面を引き出す彼女は、彼にとって、かけがいのないインスピレーションの塊にも思えた。
彼は彼女に「自分」を見出し、自分の「コピー」を育て上げてきた。
だが、妻である英恵は、自分の作品には興味を示さず、自分という人間との生活そのものを求めている。
その「違い」は、かつては小さな不満だった。
しかし今、その「違い」が、浩一の心の中で、徐々に大きな隔たりとなっていた。
芽衣が持つ自分の才能への純粋な理解と、それを模倣しようとする貪欲さ。さらには、その先へ進もうとする野心の強さ。ギラギラと輝いている。
それと比べると、英恵の「無関心」は、まるで深い溝のように感じられた。
浩一も、暗闇の中で目を閉じる。
自分の心の中に広がる「孤独」が、水面に落ちて、波紋を広げていく──。
(僕の孤独は、やっぱり如月芽衣を求めている)
彼は、妻と娘を手放さず、これからも芽衣という弱い女を側に置いていたい、触れていたい、と身の丈に合わないことを考えていた。
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