偽りに燃えて

羽翼綾人

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【第三部】共鳴と模倣

火の手が上がっていた

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 翌月、月曜日の午後。
 主催企業は『イグニス』の受賞作──『夜明けの雫を浴びる子鹿』──を、公式サイトやSNSアカウントで大々的に公開した。
 新進気鋭の「無名の主婦」による快挙として、そのニュースは瞬く間に拡散されていく。
 浩一も、自分の作業デスクでその企業のポストが流れてくるのを見て、複雑な笑みを浮かべていた。
(何度見ても……これは、僕の最高傑作だ)
 自分の技術が、オイルマンとしてではなく、イグニスという仮面を被って世に出ていく。
 脚光を浴びる彼女の作品、そしてその高評がネットに広がっていく。
 それは彼に、自身の実力が絶賛されているような誇らしさを覚えさせた。
(あれは、共作だと、僕と芽衣だけが知っている)
 ここから、芽衣はしばらく忙しくなり、浩一との接触は二週間ほど途絶えることになった。
 ところが、その雰囲気は、三週間目の火曜日の朝になって一変する。
 浩一が、日課である業界のニュースチェックのため、イラスト専門の匿名掲示板を開くと、あるスレッドが異常な勢いで伸びていることに気づいた。

> 『【公募か】甘露の雫のキャラデザ、プロの「オイルマン」に酷似【ヤラセか】』

「……っ!?」
 浩一は、心臓が冷たい手で掴まれたような感覚に陥った。
 震える手でスレッドを開く。
 そこには、匿名のイラストレーターや愛好家たちの辛辣な書き込みが並んでいた。

> 128 名無しの絵師
> 見た瞬間「あれ?」と思ったわ。これ、完全にオイルマンの描き方だろ。
> 光の処理、輪郭線の抜き方、毛並みの質感。まんまじゃねえか。
> イグニスとかいう新人、オイルマンの信者か?

> 145 名無しの絵師
> 信者っていうか、ただのパクリだろ。
> 主婦が独学でこのレベルとか有り得ん。トレース疑うレベル。

> 255 名無しの絵師
> これAIのコピー作品じゃね?

 浩一は、慌ててSNSを開く。
 そこでも、すでに火の手が上がっていた。
 ある好事家が、浩一の過去作と、イグニスの受賞作を並べた「比較画像」を作成し、ポストしていたのだ。
 並べられると、その類似性は素人目にも明らかだった。

> 『イグニス氏の受賞作、オイルマン先生にそっくりすぎ。
 線の癖、光彩の処理(特に瞳の中のハイライトの入れ方)が一致。
 これは「影響を受けた」とかいうレベルじゃない。
 無名の主婦による、プロからの完全なパクリでは?』

 そのポストは、数時間のうちに数千回もリポストされ、トレンドワードに「オイルマン」「イグニス」「パクリ疑惑」といった不穏な単語が並び始めた。
 非難の矛先は、当然二方向に向かう。
 一つは、イグニスへ。
> 「無名の主婦がプロの絵柄を丸パクして賞金300万までパクってるとか胸糞」
> 「明らかに盗作。受賞は取り消されるべき」

 そして、もう一つは、オイルマンへ。
 浩一の元にも、クライアントや同業者から、問い合わせのDMやメールが届き始めていた。
『先生、あえてイグニスの別名義で応募したんですか?』
『賞金目当てで、ゴーストライターを使ったのでは、と問い合わせメールが複数……』
 さらには、メディアからも『イグニスという方は、どういうご関係で?』という質問が届いていた。
(……まずい)
 浩一は、血の気が引いていくのを感じた。
 イグニスの中の人と「師弟関係」であり、「共犯関係」であることなど、世間に公表できるはずがない。
 自分が「指導」し、「模倣」させたのだから、イグニスの作品がオイルマンに似ているのは当たり前だった。
 二人の秘密の関係が生み出した「共作」が今、世間の目に晒され、「パクリ」という最悪の形で私刑を受けようとしていた。
 浩一は、スマートフォンの秘匿アプリを起動し、芽衣にメッセージを送ろうとして……指を止めた。
(あいつは、今この状況を知っているのか?)
 パニックになっているかもしれない。
 そう思った時、リビングからパートに出かける準備をしていた英恵の不安そうな声が聞こえた。
「ねえ、浩一? なんか……SNS、荒れてない?」
(第三部 了)
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